あなたは悪魔で運命の人
向井が出て行った後、私は口づけをされた気持ち悪さに唇を手の甲で強く拭っていた。
いくら拭っても気持ち悪く気づけば唇が赤くなるくらい擦っていたようだ。
龍崎部長は、私を落ち着かせるようにゆっくり頭を撫でてくれた。
「鈴木さん、そんなに擦ったら唇が傷ついてしまうよ、落ち着いたらシャワーでも浴びて着替えておいで…気持ち悪いだろ。」
唇以外でも向井が触れたところはすべて気持ちが悪いのは確かだった。
「ありがとうございます。あの…お願いがあります。お風呂から出てくるまで、ここに居てもらえますか?」
龍崎部長は優しく頷き微笑んだ。
「…いいよ。入っておいで。怖いだろ、居てあげるよ。」
私は急いでお風呂に入りシャワーで気持ち悪い所を洗い流した。
しかし、いくら流してもあの気持ち悪い感触は残っている。
お風呂から出て着替えを済ませた私は部屋へと戻った。
「龍崎部長、ありがとうございます。お待たせしました。」
「 … 」
部屋から返事はない。
すると、同時に玄関からドアがパタンと閉まる音がした。
今まで座っていたであろうソファーには温もりと龍崎部長の香が微かにしている。
龍崎部長は私がお風呂から出たのを確認して家から出て行ったようだった。
(…龍崎部長、ありがとうございます。でも…なぜ私が襲われるってわかったのだろう。)
(それに…向井を吹き飛ばす不思議な力。あれが、悪魔の力なの。)
(でも…私を守ってくれた。)
いろいろな事がありすぎて、頭の中で整理がつかない。
その時、ふと携帯電話を見ると着信があった。
それは健斗からの電話だった。
すぐに私は健斗へ連絡した。
しかし、健斗に余計な心配は掛けたくないので、この事件については言わない事にした。
「健斗、電話くれたみたいだね、すぐに出られなくてごめんね。」
「恵美、声が聞けて良かったよ。こっち来てからクライアントに怒られてばかりでさぁ、さすがの俺も凹んでいるよ。でも恵美の声聞いてすこし元気になったよ。」
「大変そうだね、でも健斗なら大丈夫だよ。頑張ってね。」
「おぅ、頑張るよ。恵美、愛しているよ。」
「ありがとう健斗。私も大好き。」
電話を切ったとき、なぜか胸に何かが刺さったような感じがして苦しさを感じた。
健斗を愛していることに嘘はない。
…でも…
翌日、出社すると社内が何故かザワザワとしている。
何かあったのかと思っていると、京子がいち早く情報を仕入れてきた。
「恵美、おはよう!大変な事件だよ。」
「…うん。何があったの?」
「営業部の向井先輩って知っているよね?」
その名前に心臓が大きく跳ねあがった。
「…う…うん。知ってるよ。」
「会社で自殺してたんだって。」
「…えっ、自殺?」
「そうみたい。朝早く出社した人が見つけたらしいよ。」
(…向井が死んだ…自殺…?)
「ねぇ恵美、大丈夫?顔色悪いよ。」
「う…うん…だ…大丈夫。ちょっと驚いただけ。」
「驚くよね、いきなり会社で自殺なんてね…なにがあったのだろうね。」
(…本当に自殺なの…)
(…それとも…まさか…あの人が…)
暫くすると、マネージャーと龍崎部長が何かを話ながら歩いてきた。
マネージャーは営業部の人を集めて説明を始めた。
「もう知っている者もいるかも知れないが、今朝、向井君が自殺した。この事は大事にしたくないので、社外には絶対に口外しないで欲しい。」
マネージャーの話を聞きながら、龍崎部長に目を向けると、わずかに口角が上がり微笑んだように見えた。