“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした ~わたしの夢は、優しい年上男性に夢の国で告白されること~
第6章 前提条件の再設定が必要です

―結婚は二人だけの実験ではありません―・上



大学院に進学して、ますます授業を楽しいと思うようになった。
専門性が増すに連れて、教授の癖も強くなるが、それがまた面白いところだった。

また、研究も軌道に乗って楽しい。
郁人との関係も定義された今、自分は公私ともに輝いていると、ゆめは思っていた。


「結婚願いの挨拶がしたいと思うんだが、ご両親に都合の確認をお願いしたい」

夜。
ローテーブルで二人揃って勉強をしている時に、唐突に彼が切り出す。

その言葉にゆめは少し考えながら答えた。

「……たぶん。
姉夫婦もGWに帰ってくると思うし、そこなら大丈夫だと思うんですけど……確認してみますね」

「ありがとう」

ちらりと郁人の顔を見る。
いつも通り変わらない表情だけど、ちゃんと両親に筋を通そうとしてくれている。

「学校を卒業して、落ち着いてから結婚するとして……
 結構先になっちゃいますね」

ゆめが笑うと、郁人がじっとゆめの顔を見つめてくる。

「俺は、そこまで待つ必要はないと思っている。
 一緒に生活する覚悟は、もうできているつもりだ。
 許可がもらえたら今すぐ結婚してもいいと思っているが、問題があるなら早めに提起して欲しい」

彼の発言に、驚きで目が丸くなる。

この人は、今すぐ結婚したいと思うくらい、自分のことを好きでいてくれている。
そう思うと、くすぐったい。

「……問題、ありません」

「わかった」

結婚の話なのに、相変わらず淡々とした語り口。
だが、その内容に込められた情熱が、嬉しかった。

「許可が下りたら、指輪も用意しないとな。
 好みがあるだろうから、一緒に選んだ方がいいと思っている」

「……はいっ!」

研究の邪魔だから指輪は要らないと言われると思っていた。
一応考えていてくれているのがわかって、ほっとした。


四月の終わり、二人で挨拶用のお土産を選ぶ。

――この時、どこかこれからのことを楽観視していたことを。
後になって思い知らされるのだった。


◇

実家の最寄り駅に着くと、そこには父が迎えに来てくれていた。
郁人は丁寧に頭を下げて、迎えに来てもらったことに感謝を伝えていた。
荷物をワンボックスカーの後ろに積み込むと、二人並んで真ん中のシートに座った。

「郁人くんだっけ?
 会いに来てくれて嬉しいよ!
 実は聞いているかもしれないけれど、君の服とはクローゼットで対面していてね!」

「……その節は。
……すみませんでした」

少しおどけて言う父に、郁人が困ったように言葉を探す。

「もう、お父さん!」

ゆめが怒ると、父は笑いだす。

車内は和やかなムードだった。


玄関に着くと、母が出迎えてくれる。

郁人はそこでも、改めて丁寧に頭を下げた。

「初めまして。
 ゆめさんと同じ学校に通う、沢木郁人と申します。
 今日はご挨拶とお願いがあり伺いました」

「わたしの大学院の、博士課程の先輩なの。
 優秀な研究者だよ」

ゆめが補足をする。

「まぁ、玄関で立ち話もなんだから、中に入って」

「そうそう、ゆっくりリビングで話そうよ。
 郁人くんもそんなに緊張しなくていいからね」

「ありがとうございます。
 お邪魔します」

郁人と共にリビングへ上がると、部屋には先に姉夫婦プラスアルファがいた。

「おお!
 ゆめちゃん久しぶり!」

海がひらりと手を振る。
まなと陸が結婚しても、彼と父の距離は相変わらず近く、仲が良いらしい。

陸は海の兄だから、普通にその輪の中に入れる。
だけど、郁人はどうだろうか。

その疑問が、ゆめの胸に静かに響いた。

「ゆめさん、お久しぶりです」

陸が相変わらず丁寧に頭を下げてくれる。
ゆめもそれに倣って頭を下げた。

「お久しぶりです。
 陸さんもまなちゃんも鹿児島には慣れました?」

まなと軽く笑い合いながら、近況報告をしていたところではっと気が付く。

ゆめの隣では、少し気まずそうな空気を纏いながら郁人が佇んでいた。

「こちら、沢木郁人さん。
 博士課程の先輩で、優秀な研究者だよ」

慌ててゆめが紹介すると、郁人もそれに合わせて頭を下げる。
表情は相変わらず変化に乏しいけれど、誠実さは伝わるような挨拶だった。


「ゆめちゃん大事な話をしに来たんだよね。
 俺ら、ちょっと出かけてくるね」

「え!
 ちょっと待って、海くんがいないと僕がさみしい!」

海が空気を読んで席を外そうとしたところで、父がそれを止める。

「問題ないです。
皆さんも同席されてください」

いつもの淡々さで郁人が伝えると、父はほっとしたように息を吐いた。

冬にはこたつに変わる、大きなテーブルの前に並んで座る。
郁人は正座をして背筋を伸ばして座っていた。
その姿に、ゆめも姿勢が伸びる。

空気は和やかだったはずなのに、胸の奥には理由のわからない緊張感が漂っていた。


母がまなと一緒に紅茶を人数分運んできて、まなが作ったというパウンドケーキをお茶請けに、話が始まった。

まずは郁人が丁寧に手土産を渡す。
桐箱に入った京都限定のお菓子に、みんなの視線が集まった。

「ごめんなさい、気を遣わせてしまって。
 ありがたく後でみんなでいただきましょう」

母が受け取るのを確認すると、今度はゆめがまなにお土産を渡す。

「これ、京都で有名なお店で買ったお菓子とお抹茶。
 まなちゃん茶道していたから好きかなって思って」

まなが嬉しそうに受け取った中身を確認する。
その様子がひと段落したところで、郁人が改めて切り出した。

「……今回は急なお願いに対応してくださり、ありがとうございます。
 ゆめさんとは、結婚を前提に真剣にお付き合いをさせていただいているつもりです。
 ゆめさんとの、結婚を許していただけないでしょうか?」

照れもなく、真面目に言い切る姿に何故か父と陸の顔が赤くなる。

「親として、娘と結婚したいと言ってもらえることはうれしいよ。
 うちの子を、そこまで愛してくれてありがとう」

父と同じように笑顔ではあるが、母はゆっくりと確認するように言葉を紡いだ。

「本当、お父さんの言う通りね。
 それで郁人くんは、いつ頃の結婚を考えているのかしら?」

「お許しがいただけるのなら、今すぐにでもと」

母の疑問に、郁人は即答する。

「あら、そうなのね。
 ……ところで。
ゆめは、家を出るまでは生活能力が全くない子だったの。
 洗濯物の一つも畳まないでしょう?」

今少しは改善していたらいいのだけど、という希望を含んだような母の言葉。
だが二人はそれに気が付けない。

「いえ、合理的で助かります」

「洗濯物畳む時間があったら勉強したいよね」

顔を見合わせて頷きあう。

両親の笑顔が静かに固まったことを、お互いしか見ない二人にはわからなかった。

「……洗い物も、しないでしょう?」

重ねられた母の言葉。
陸とまなが、気まずそうに顔を見合わせる。

「研究室では、使用済みの器具を率先して洗浄、殺菌してくれます。
 家ではできるだけ洗い物を出さない努力を心掛けています」

「生ごみを出さないことが、汚さない秘訣なの」

二人で頷きあう姿を、二人以外が遠い目をして見つめる。


母が、静かだけれどよく響く声で、はっきりと伝えた。

「……ごめんなさいね。
 今すぐの結婚には、反対せざるを得ないわ」

郁人は静かにゆめの母を見つめると、真剣にその言葉に耳を傾けた。

「あなたたちの気持ちは疑っていないわ。
 でも、“生活が成り立たない結婚”をして二人が潰れていくのを、親として見過ごすことはできない」

「……はい」

郁人のためらいながらの静かな頷きが、重たく響いた。

ゆめは静かに握った自分の手元を見つめる。


「……それはね、あなたたちだけの責任ではないの。
 ここまで何もできない子に育てた、私たちの責任でもあるから。
 だからこそ、無責任に許可はできないの」

「……正直に言うよ。
 今の話を聞いていて、“一緒に普通の暮らしをする姿”が全く浮かばなかった」

黙りこくった二人に、静かに父が続ける。

「結婚そのものには反対していないよ。
 僕たちは郁人くんを歓迎したい。
 だからこそ、今のままでは反対なんだ」

母が父の方を見て頷くと、一段階柔らかい口調で、母が話した。

「そう、“今のままでは反対せざるを得ない”だけなの。
 二人が、ちゃんと生活に目を向けられる人になったら。
 その時は、もう一度きちんと話しましょう。
 私たちは、その日が来るのを待っているわ」

「ありがとうございます」

郁人が丁寧に頭を下げる。
ゆめは変わらず、ぼんやりと自分の手を見つめていた。

「……比較するみたいで申し訳ないんだけど。
 陸くんはね、結婚のお願いに来た時に、具体的に納得のいく結婚の時期を示したわ。
私たちが許可を出したにも関わらず、さらなる安心材料として給与明細三か月分まで持ってきたの」

急に矛先が向いた陸が、びくりと肩を揺らす。
この展開に、一番気まずそうかつ痛そうな表情をしているのは彼だった。

「私たちはそこまで望んでいたわけではないのだけれど、まなの人生を引き受ける覚悟とそれに見合う目を持っていると思ったから、時期を早めるよう後押ししたの。
 その違い、わかってもらえたら嬉しいわ」

「はい」

郁人は陸を見つめ、そして頭を下げた。

「さてさて、重たい空気はここまでね!
 まずは、彼氏として歓迎するわ!
 うちは男の子がいないから、お父さんも私も、娘の彼氏は大歓迎なの」

「そうそう!
 まずは親交を深めるためにもバスケなんてどう?
 海くん、なおを呼んできて!」

「よしきた!
 なおちゃん呼んできます!!」

怒涛の展開についていけず、茫然としている郁人を見て、ゆめはやっと笑った。
その笑顔を見ながら、郁人が小さく「ごめん」と呟いた。
それは、自分のふがいなさを責める色合いが強くて、ゆめは言葉が詰まりそうになるのを必死で耐えた。

「わたしの方こそ……ごめんなさい。
 わたしがしっかりしていれば、良かった話だから……」

海が呼んできたなおが元気よく階下へと駆け下りてくる音がした。

二人が言葉少なく固まっているのを見て、仕事を終えた海が軽く郁人の肩を叩いて苦笑する。

「個人最適は、家族最適とは限らない、なんてね」

少し間を置いて、視線を外したまま付け足す。

「……まあ、守りたいもんがあるなら、そこは頑張りどころだと思うけど」

そこまで言い切ると、海はうーんと背伸びをした。

「さて!
 一緒に遊びましょうか、ゆめちゃん、郁人さん!」


「おお、ゆめおっかえり~!
 そしてそこのお兄さんも、遊ぼ!」

海となおが明るく玄関に向かっていく。

ゆめと郁人は、もう一度顔を見合わせると、小さく頷きあって二人に続いた。

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