“ハズレ枠”の私を愛してくれたのは、あなたでした ~わたしの夢は、優しい年上男性に夢の国で告白されること~

―結婚は二人だけの実験ではありません―・下


公園で、海が走る。
それをさせまいと遮るように、なおが素早くボールを奪う。
157センチと182センチ。
体格差を利用した、防ぎにくい位置からの鋭い攻撃に、予想していた海も防ぎきれずに持っていかれた。
なおが、ちょうど良い位置に立っている郁人にボールを投げる。
受け取った郁人は、すぐさま追いかけてくるゆめの父と海の勢いに飲まれ、慌てて陸へとパスを出す。
ボールが来ることを予測していなかった陸の後頭部に、それは見事にぶつかった。

自分で笑っちゃう陸と、爆笑する海となお。
郁人は真っ青になりながら謝った。

見学していたゆめとまなは、顔を見合わせて苦笑いをした。

「……陸くん、運動不足気味だから……」

「それを言うなら、郁人もだよ……」

ぼんやりしていたことを謝る陸と、ぶつけたことを謝る郁人の姿。
二人とも謝っている図に、海と父が気にしない気にしないと二人の肩を叩きに行く。

郁人が、彼にしては珍しく、わかりやすく真っ青になったり慌てたり。
自分の家族と遊びながらそんな姿を見せてくれる彼に、胸の高鳴りが収まらない。


――絶対に、認められたい。


成人した二人なので、本人の意思さえあれば、結婚できないわけではない。

だけど、彼はきちんとゆめとその家族を尊重し、見合う努力をしようとしてくれている。

“バスケをしよう”と提案されたとき、本当は止めようと思った。
郁人も断ると思った。

研究者の手が、指先が、どれだけ繊細なものなのかを、海も父もわかっていない。

もし突き指や骨折でもしてしまったら……とゆめはひやりとした。

でも、郁人は彼にしては珍しく顔を少しだけ緩めて、誘いに乗った。


彼が無責任だと吐き捨てそうな可能性のある行為を、親睦のために選んだ事実が静かに重たかった。


好かれている、なんてものではない。


――確かにわたしは、愛されている。

それに見合う覚悟を、持たなければ。


ぎゅっと両手を握りしめた時、ぽつりと横から声が聞こえた。


「……結婚ってね。
 一人だけの覚悟や、考えじゃダメなんだよ」

陸の方を見ながら零された小さな呟きに、ゆめは思わずまなを見る。

「……私は……ううん、私たちはそこで一度躓いた。
 できたらゆめには……もう一人じゃないって、知ってもらえたら嬉しいな。
 郁人さん、ゆめにぴったりの素敵な人だと思う。
だからこそ……一人で抱え込まないで、二人で分けっこしてね」

照れたように笑うまなに、ゆめも同じ顔で笑った。

「ちょっと!
 二人だけで何笑ってるの!」

その様子を見ていたなおが、二人の間に飛び込んでくる。
三姉妹が同じ顔で仲良く笑う姿を、郁人は眩しいようなものを見るような目で見つめた。

陸も、海も、彼女たちの父も。

みんな同じ顔でその様子を見ていた。


◇

「かわいい……」

聞こえてきた声に驚いた郁人が、思わずその声の主を見る。

「……兄ちゃん、心の声漏れてる」

顔を赤くし、呆けたような様子で思わず言ってしまったであろう陸に、容赦なく海が突っ込んだ。


「郁人くんも、同じこと思ってたでしょ」

ゆめの父が、わかってますと言う表情で笑う。

“彼女の父”からの指摘に、みるみる間に郁人のポーカーフェイスが崩れた。


――自分の育った家とはまた違う空気感。

ここで、彼女は愛されて育った。

だからゆめはあんなに温かいんだな、と、郁人は理解した。

そして。
改めて、彼女と生きていきたいと、強く思った。


◇

GW中は両親に言われるまま、ゆめの実家で過ごした。
学校用のお土産をいくつかと、郁人の実家に持っていくためのお菓子も一緒に購入した。

ゆめとしては、自分の両親に反対されてしまった手前、郁人の実家に行くことには少し引け目がある。
だが、もうすでに約束してしまった後だった。

新幹線の中で、そのことを思い出しながら郁人へと話しかける。

「……本当に、今のまま郁人のおうちに行って……大丈夫なんでしょうか」

郁人も思うことがあるのか、ほんの少しだけ黙った。

「……気持ちはわかる。
 だがもう約束をした。
 あの人は、約束を反故にされることを嫌う」

その言葉に、郁人と同じような厳しさを感じ取ってごくりと生唾を飲む。

「……だけど、理論で話せばわかる人だ。
 きちんと説明して……俺の方だけでも、認めてもらおう」

「……うん」

その言葉に少し希望的な意味合いが込められていることを確かに感じ取りながらも、郁人の覚悟に自分の不安を預けてしまう。

この人がいたら大丈夫だと、どこかで縋ってしまっていた。


「……後は、両親に言われた“宿題”ですね」

ゆめの言葉に、郁人も頷く。


昨夜……滞在中最後の夜。

やさしい口調の母が二人に言ったのは、これからの話だった。

『……最初に話して置くけれど、これは強制ではないわ。
 したくないと思うなら、しなくていいし、他の方法もあるかもしれない。
 私の、一個人の考えだと思って聞いて欲しい』

その言葉に、二人が頷いたのを確認して、母は続けた。

『まずは、二人とも“二拠点”を辞めるべきだと思うの。
 家が二つあるって状況は、おかしい。
 問題があっても見ないふりがしやすいし、見えないふりも上手くなる。
 ……例えば、喧嘩したときに逃げだす“避難先”になったりね』

お互い顔を見合わせて、少しだけ考えてしまった。
自分たちが“効率的”だと思ったことが、そうではないと告げられて。

『どちらかの家に住む、というのも違うと思う。
 二人で住む場所を、二人で条件を考えて探さないといけない。
 そうしたら、いろいろと生活の問題点が見えてくると思うから』

二人は、即答できなかった。
母は、それでいいのと微笑んだ。
即答されてしまうほうが、嘘だからと。


「母は、一緒に住むことを勧めましたが……どう思いましたか?」

ゆめの言葉に、郁人が頷く。

「一理あると思った。
 確かに、効率的と思っていたけれど……それは個人単位の話だ。
 二人で考えたのなら……今のままは……正直、無駄も多い」

素直に認めた郁人に、ゆめも頷く。

「……上手にできていると、思っていたんですけどね。
 水道光熱費も、減って……」

「……俺もだ」

はぁ、と二人でため息をつく。

「……結局、一人分でしか物事が考えられていなかったんですね」

郁人が、ゆめの手をぎゅっと握りしめる。
温かいその温もりが、強張った心をそっと溶かしていく。

「……一度、家に帰ったら。
改めて新居に求める条件を洗い出してみよう。
 ……今は、それで十分だと思う」

「賛成です」


やがて、新幹線が京都駅に着いた。
そこから、電車に乗り換える。

駅に降り立ったとき。
郁人がどちらの家に行くか確認をする前に、ゆめは「郁人の家に行きたい」と告げた。

彼はただ、わかったとだけ頷く。

たくさんの荷物を持っている彼に代わって、ゆめが合鍵で玄関の扉を開ける。


リビングに積み上げられた、すぐには洗わない予定の服。
畳まれないままの洗濯物。
食器や調理器具のほとんどないキッチン。

効率的だと思ったものが、崩れていく。
この生活を、親に見せたいとは思えなかった。

何かを変えないととは思うのに、どこから手を着けていいのかがわからない。

二つ並んだスーツケースを眺めながら、移動疲れも自覚する。

だからその夜は、考えることそのものを明日へと回した。


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