弾け跳ぶアセロラ
10. ただいまエンジン点検中
「アタシ小4までは、男子も女子も下の名前で呼んでたんだけどさ、その⋯⋯好きだった男の子も」
「ゴホッ、ゴホッ、あ、うん」
瑞嶋は、アセロラジュースでむせたのか、急に咳き込んだ。
「ちょ、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫、続けて。はぁ」
咳き込んだあと、深呼吸をしだした。心配になり、話すのをやめて見守ることに。
けど、瑞嶋は『続けて』と手をアタシに向ける。
「う、うん。小4のとき、お母さんがアタシの髪を、三つ編みのハーフアップにしてくれたんだけど、それが嬉しくて。それで、ルンルンで学校に行ったらさ、陰口叩かれてた。『由加梨ちゃんの髪型見た?いつも男っぽいくせにぶりっ子してるよねー。男子を下の名前で呼んでるのも気持ち悪いよね?』ってねー」
「ハーフアップ?でも三つ編みってことは由加梨、髪の毛長かったんだ」
「フフフッ。そこ?まぁ、ハーフアップ分かんないか。そう。髪の毛長かった。ここくらい」
そう言って脇下辺りを手で押さえると、瑞嶋は軽く頷いて、またアタシに手を向ける。
「それで髪の毛すぐ短くして、男子も名字で呼ぶようにした。あの子達は、陰口聞かれてるなんて思ってもないから、アタシの髪と男子の名字呼びにビックリしてたけどね」
喋ったあとに自然とため息が出て、アタシはえりあしを触る。
「あの日、お母さん忙しいのに時間とってくれて⋯⋯。もう、髪なんてずっと伸ばしてないな」
「でも、髪変えただけでそんな言われるの?」
「それはねー、アタシの好きだった男の子が原因かな?人気だったんだーその子。けど、アタシはその子と仲良かったから、気に食わなかったのかも」
ここまでしか話すつもりはなかったのに。しょうもない話のはずなのに、言葉が出てくる。
「アタシ好きな男の子にだけ、名字だけどちょっと呼び方変えて呼んでた。あがき?みたいなもんかな。なぜかその呼び方はオッケーだったみたいだけど。まぁこういうアタシが一番、女々しいけどねー」
「いや、その、由加梨って昔から男っぽかったんだ」
「おい瑞嶋!さんざん話聞いといてよくそんな
こと言え⋯⋯」
喋ってる途中で、瑞嶋の顔つきが変わって前かがみになる。
「ちゃんと、傷ついたんだよね?由加梨は」
「え?」
傷ついた⋯⋯ちゃんと?
言われてみれば、別に髪の毛だって、名前だって、そのまんまにしとけばよかっただけの話。それなのに、今の今でも⋯⋯。
それを、目の前にいる瑞嶋に言われるなんて。このエノキ野郎に。
アタシは、飲んでいたアセロラジュースのキャップを強く閉めて、瑞嶋の頭を軽く叩いた。
「痛っ」
「それなのにどこかのエノキ野郎が、急にアタシを下の名前で呼ぶから、びっくりした」
「そ、それは、ちょっと⋯⋯叩き過ぎ」
言い訳させないように、何度も頭を叩き続ける。
「おまけに、100本目の話も聞いてたし。やっぱりストーカー!って、あ!」
叩いていたアセロラジュースは、瑞嶋に掴まれたまま、下に降ろされた。
「だから!俺はずっとお礼が言いたかったけど話しかけられなかったんだ。1年前から」
瑞嶋の呼吸が荒くなっていく。アタシは怒らせてしまったのかもしれない。
「瑞嶋?」
「ここで、由加梨がアセロラジュースをよく買ってるのを見てた。マドンナさんとよく一緒にいるのも見てた。『由加梨』って呼ばれてたから、そこで名前は知って、俺の中では世良より、由加梨のイメージが強かった。でも、話しかけられなかった。アセロラジュースさえも買うのが恥ずかしかった。奇跡的にやっと同じクラスになれて、今までだったら恥ずかしくて絶対に無理だったけど、自己紹介で頑張ろうって。それなのに失敗して、余計話しかけられなくなって」
突然、早口で喋りだした。勢いがすごすぎて、ただ見守るしかできない。
「プライド捨てて頑張ったつもりだったけど、全然ダメで。そしたらあのとき、アセロラジュースが100本目行くって聞いて、今しかないって思ったんだ。話しかけられなくても、アセロラジュースは飲んでみようって」
まだ、勢いは止まらない。怖すぎる。
「やっぱり見られたくないって思って、急いで買いに行ったら売り切れになって。そしたら由加梨、俺に話しかけてくれて『みんなと仲良くなりたいんでしょ?敬語、辞めたら』って。すごく嬉しくて、それで由加梨って思わず呼んじゃって」
申し訳ないけど、コイツずっとかかりっぱなしで、何を言ってるか全然分からない。
「でも、お礼を言うのが目的だったから、ここまできたら最後まで由加梨って呼び続けることにしようって。お礼言うまで緊張したけど、こんなに恥ずかしい思いしたのは初めてだったけど、俺ずっと一人でいいやって思ってたけど、友達とはしゃいだりしてる奴はカッコ悪いって思ってたけど、由加梨と友達になれてよかった」
かろうじて、最後だけは聞き取れた。
「まさか、そんなに友達になったの喜んでたなんて思わなかった!瑞嶋って変なとこでかかっちゃうんだね」
「え?」
「いや、自己紹介のときとか、初めてここで喋ったときとか」
「だから、それは⋯⋯」
また、かかりそうだったのでアタシは話をかぶせる。
「あああ分かってる、瑞嶋ってエンジンブッ壊れてんだよね」
「⋯⋯もう、それでいいよ」
なんとかエンジンを止めることに成功して、アタシ達は飲み終わったペットボトルをゴミ箱に捨てた。キャップは回収したけど。
「じゃあ、明日はよろしくお願いします。リーダー」
「待って、校外学習って明日?完全に忘れてた」
「気抜いてたら、またみんなに怒られるよ由加梨」
「大丈夫!だって、副リーダーがいるでしょ?」
呆れた顔の瑞嶋の後ろには、アタシを見てる人影が。よく見るとそれはヒロだった。