見積もりには書けないもの

第十話 『壁の意味』

『原澤さん、、』

一瞬の沈黙が、不安をよぎった。

熱く語り過ぎたか……。

また、空気を読めない俺が出たのか……。

氷が溶けて、だいぶ薄まったアイスコーヒーに目をやり、無意識に救いを求めていた。

すると、目に薄っすらと涙を浮かべた森下さんが、笑顔とともに顔を上げた。

そして、ゆっくりと口を開いた。

『ごめんなさいね、急に……』

少し間を置いて、森下さんは続けた。

『ただね、原澤さんのお話の中で……普段は壁の内側の新しい空間で過ごせばいい。でも、微笑ましくも思える場所を、無くさなくてもいいんじゃないかって……』

俺は黙って森下さんを見ていた。

『この壁は、森下さんの今と過去を区切る壁にしませんか?』

そう言った森下さんの目から、涙がこぼれた。

『なんか……凄く色々な感情が湧き出ちゃって……。ごめんなさい』

俯きながら涙を拭い、それでも精一杯の笑顔で森下さんは話してくれた。

なんだか俺まで、目頭が熱くなってきた気がした。

確かに伝えていた。

壁の意味を。

わずかに隙間を開けてから立てる壁だからこそ、閉鎖的にもならない。

息子さんが帰ってきた時、今度はダイニングに座るだろう。

キッチンから声を掛けてくれる母親のために。

そうすることで、今度からはまた新しい空間が、新しい物語を始めてくれる。

そんな光景を思い描きながら、俺は必死に語っていた。

壁を作ることで話はまとまり、クロスや棚の話を煮詰めれば煮詰めるほど、趣味が合うことも分かってきた。

打ち合わせを重ねるたびに、居心地の良さが加速していった。

間仕切り壁は茶色のレザー調の壁に。

カウンターはライトグレー。

全体のクロスは落ち着いたベージュにして、幅木は白へ変更した。

床も、パナソニックの「ウスイータ」を重ね張りすることにした。

ウスイータは1.5mm厚。

床リフォームでは最強の助っ人だ。

色は新色、新デザインのグレーの石張り風。

俺も初めて扱う柄で、楽しみがまた一つ増えた。

ソファーの後ろにあったエコカラットは、全体のバランスを考えてクロスにすることにした。

そして森下さんは、そのエコカラットを貼る予定の場所に、絵を飾ることにした。

打ち合わせもだいぶ進み、少しずつ方向性が見えてきた。

気がつけば、時計は十二時をちょうど指すところだった。

同じように壁の時計へ目を向けた森下さんは、少し慌てたように俺に話しかけてきた。
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