見積もりには書けないもの

第十三話 『無音の車内』

無音の車内。

電子タバコの煙を吐きながら、何かの感情に引っ張られないようにする俺。

事務所からほど近い、次の現場は常連のおばあちゃん、芳江さんの家だ。

森下さんの家から事務所を挟んだ、その先にある。

多分、30〜40分くらい。

少し早く着いた俺は、たとえ慣れた常連さんのところへ行く時でも、親方の教えを守ることにしていた。

いつものコンビニに寄って、気持ちを落ち着かせるために缶コーヒーを買う。

午後二時四十五分。

一服してから、芳江さんの家に向かおう。

そう思いながら、いつものエメラルドマウンテンを手に取り、レジへ向かった。

どこか気持ちが浮ついていたのか。

それとも、まだ余韻を引きずっていたのか。

いつものレジの山崎さんから、

「こんにちは」

と声をかけられて、ふと我に返った。

「……あ、こんにちは」

山崎さんは、この事務所の近くにコンビニができてからだから、もう10年近い付き合いになる。

多分、今では30代後半くらいになったのかな。

出会った頃は、事務所の後輩たちがよく騒いでいた。

「原澤さんっ。
あのコンビニのレジの子、可愛いっすね〜」

「確かにな」

「なんだろう……トイプードル?」

そう。

トイプードルっぽい感じ。

多分、あのクリっとした目に、ふわっとしたカール。

それがトイプードルを連想させたんだと思う。

山崎さんとは、買い物ついでに話をする仲だった。

それももう10年くらいになる。

店員と客というより、もう仲間って感じだった。

そんな山崎さんからの「こんにちは」に、すぐ答えられなかった俺を、山崎さんは見逃さなかった。

俺の顔をじっと見ながら、少しだけ口元を緩める。

そして――

「原澤さん……なんか浮ついてるよ」

山崎さんが、にやりと怪しむ目で俺に話しかけた。
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