異世界北海道で美味しいごはん〜夫に捨てられたけれど農業男子の愛が止まりません〜
第7章 ヴェダー亭のメニュー、いかがですか

第58話 テオ、いももちに感動する

 朝靄が白樺の梢を淡く包み、椎木の葉から朝露がぽたり、ぽたりと地面へ落ちる。

 鶏小屋ではチョボたちが「コケッ、コケッ」と元気よく鳴き、七匹のヴェダーは葉っぱを揺らしながら庭を走り回っていた。茶色のヴェダーは昨夜のスープの残り汁をゴクゴクと飲み、お腹を光らせて肥料を生み出している。

「おはよう、ヴェダー」

「ヴェダー!」

 私が声をかけると、一斉に短い手を挙げて返事をする。

 シマエナガも白樺の枝の上で羽を震わせ、「ジュリッ」と機嫌よく鳴いた。

 窯には朝から火が入っている。

 今日の試作品は、元いた世界の北海道ではおなじみの「いももち」。

 昨日、コーンスターチで何度も配合を試し、ようやく納得のいく食感になった。

 茹でたジャガイモを木べらで丁寧に潰し、塩をひとつまみ。味は濃くしない。素材の風味を損なわないよう、少しずつ岩塩を削り入れた。

 そこへ自家製のコーンスターチを加え、手で何度もこねていく。

「ヴェダー」

 ヴェダーたちは私の手元を真似するように、小さな丸い体をモミモミと押して遊んでいた。

「そうそう、そんな感じ」

 思わず笑みが零れる。

 丸く成形したいももちを、ラードを薄く敷いたフライパンへ並べる。

 ジュワァ……。

 香ばしい音が静かな店内へ広がった。

 焼き色がついたところで裏返す。

 黄金色の焼き目が食欲をそそる。

 最後に醤油と砂糖を合わせた甘辛いタレを回しかけると、ジュッと煙が立ち上り、甘く香ばしい香りが店いっぱいに漂った。

「ヴェダー!」

 ヴェダーたちは歓声を上げるように葉っぱを揺らし、シマエナガまで首を伸ばして覗き込んでいる。

 その時だった。

 コンコン。

 控えめなノックが響いた。

「おはようございます」

 聞き慣れた落ち着いた声だった。

「テオさん、おはようございます!」

 扉を開けると、銀縁眼鏡をかけたテオが朝露を肩に乗せたまま立っていた。

 いつものように、チョボの餌の米糠を入れた麻袋を提げ、穏やかに微笑んでいる。

「畑の様子を見に来ました。それと……何か、とても良い匂いがしまして」

 そう言いながら鼻を僅かに動かす。

「ちょうど良かったです。試作品なんです」

「試作品?」

「はい。食べてみてください」

 焼きたてのいももちを木皿へ盛り付ける。

 表面はこんがり。

 中はふっくら。

 照りのある甘辛いタレがとろりと絡みつく。

「どうぞ」

「いただきます」

 テオはフォークでそっと切り分ける。

 外側はカリッ。

 その音に続いて、中から湯気がふわりと立ち上った。

「……柔らかい」

 一口運ぶ。

 ゆっくりと噛む。

 もちもちとした食感に、思わず動きが止まった。

 さらに噛むたび、ジャガイモの優しい甘みと醤油の香ばしさが口いっぱいに広がっていく。

「……これは」

 もう一口。

 もう一口と、自然にフォークが動く。

 気付けば皿の上には一つも残っていなかった。

「美味しいです」

 眼鏡の奥の瞳が静かに輝く。

「外側は香ばしいのに、中は驚くほどもちもちしています。パンとも違う、麺とも違う……初めての食感です」

「良かったぁ」

 胸を撫で下ろした。

 テオは皿を見つめながら首を傾げる。

「これは何から出来ているのですか?」

「ジャガイモですよ」

「ジャガイモだけでは、この弾力は出ません」

 さすが農業ギルドの職員だ。

 すぐに気付いた。

「コーンスターチを混ぜています」

「……コーンスターチ?」

「デントコーンから作ったんです」

 その瞬間だった。

 テオの手がぴたりと止まった。

「……作った?」

「はい」

 私は市場で買ったすり鉢とすりこぎを使い、デントコーンを細かく砕き、水に晒して沈殿させ、乾燥させたことを説明した。

「白い部分だけを集めて乾かしたら、この粉になったんです」

 テオはしばらく無言だった。

 そして眼鏡を押し上げながら、小さく息を吐く。

「上田さん」

「はい?」

「それは……誰かから教わったのですか?」

「いいえ。私の故郷では普通に使われていたので」

「普通……」

 テオは呆れたように笑った。

「デントコーンは家畜の餌の穀物です。それを精製して、このような粉に変える発想は、この国にはありません」

「そうなんですか?」

「ええ」

 彼は改めて空になった皿を見つめた。

「つまり、この料理も、その粉も、この町では上田さんしか作れないということになります」

 私は思わず苦笑いする。

「そんな大げさな」

「大げさではありません」

 テオは静かに首を振った。

「豚骨ラーメンも、卵麺も、いももちも……上田さんは、この国に今までなかった食文化を一つずつ生み出しています」

 その真っ直ぐな言葉に、思わず照れ臭くなってしまう。

「私は、美味しいものを作っているだけですよ」

 するとヴェダーたちが一斉に葉っぱを揺らした。

「ヴェダー!」

 まるで「その通り!」と言っているようで、テオも思わず吹き出した。

「ふふっ……確かに、その一言に尽きますね」

 朝のヴェダー亭に、穏やかな笑い声が響いた。

「そこで提案なのですが……」

 テオの銀縁眼鏡が鋭く光った。
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