もうブチギレましたので、家出、します!〜なぜか私に迫ってきた妖艶な美女は、変人引きこもりの婚約者(♂)でした!?〜
 殿下は顔を覆ったまま、逃げるように横に顔を伏せる。
 髪の隙間から見える耳は、真っ赤に染まっていた。

「……え? ルイエス殿下……?」

(な、何!? こ、この可愛い生き物は!?)
 まるで小動物のような、庇護欲を誘う仕草だ。

「す、すまない……。私は、見つめられるのが、苦手なんだ……」

 やっぱりこの声はお姉さんに似ている。お姉さんの方がもう少し高かった気もするが。

(ま……まさか……ね……)
 にわかに信じ難いが、お姉さんも引きこもっていたと言っていたし、共通することも多い。
 私は恐る恐る尋ねた。

「もしかして、殿下は……、……お姉さんなんですか……?」

 しばらくの沈黙の後、殿下は顔を隠したまま首を縦に振った。

 やっぱりそうだったんだ。そう思って観察してみると、髪の色も髪形も、身長だって、お姉さんと一緒だ。

「殿下はなぜ、女装して街に?」

「そ、それは……、この間話した通りで……、変装して街に出たんだ。じ、女装だったのは、兄上がこっちの方が似合うと言ったからで……、別に、い、意味があったわけではなく……」

 殿下は必死に弁解している。
(それにしては、結構、ノリノリでしたわよね……)

「だ……黙っていて、すまなかった。決して、君を騙そうとしたわけじゃないんだ……」
 殿下は私の様子を窺うように、指の間から紫の瞳を覗かせる。

 もじもじと自信なさげな殿下の態度は、お姉さんの時とはまるで別人のようだ。

(……好きになっちゃいそう……、って迫ってきたお姉さんと、同一人物とは思えませんわ……。……まぁ殿下も、酔っていたのかもしれませんわね……)

「大丈夫ですわ、殿下。分かっております。あの夜のことは、全て忘れますので、安心なさってください」

 私を救ってくれたお姉さんは、ルイエス殿下だと判明したが、これ以上、彼の秘密を探ることは不敬に値するだろう。
 人が苦手な彼とは、ある程度の距離感は必要だ。
 あの夜のことは、……忘れた方がいい。
   
「あ……、いや、違うんだ……。忘れてほしいわけじゃ……ないんだ……」

 殿下は両手を顔から外すと、意を決したようにこちらを向いた。前髪の隙間から、真剣な瞳が注がれる。

「……あの姿の私は、確かに女性に扮している。しかし、全てが、偽りではない……。……王子の肩書も何もない、ただの、自分でいられる瞬間だったんだ……」

「……殿下……」

「君と、過ごした夜は、楽しくて……、だから、その……、忘れてほしくない」

 殿下はすうっと大きく息を吸った。

「あの時言った言葉は、……本心だから……っ」

(あの時言った言葉……? それって、つまり……っ)
 私の鼓動がどんどんと速くなっていく。

「わ……私は君を、す、好きに……っ、あの……っ、だから……っ」

 殿下は一生懸命に言葉を紡いでくれようとしているが、顔は真っ赤で、震えが止まらないでいる。
 こっちのほうが心配になってしまう。
 
「あの、殿下、落ち着いてください! 大丈夫ですわ。……ありがとうございます」

 私も、私の話を聞いてもらい、頑張りを肯定してもらえて嬉しかった。ずっと女性だと思っていたのだけど。

(殿下も、お姉さんも、優しくて、繊細なところは変わらないですわ……)

「……あの、殿下。よろしかったら、私に教えてくださいませんか? 殿下のことを」

 私が微笑むと、殿下の瞳が開かれる。そして、優しく笑い返してくれた。

「……あぁ、教えるよ。……だから、君のことも……教えてほしい」
「……はい」

 私たちの関係はまだ始まったばかり。
 お互いを知る時間は、まだまだたくさんあるから。

「たまには、お姉さんになってくれます?」
「……え!?」
 殿下は見るからにわたわたとして、慌てた様子だ。

(ふふっ、本当、小動物みたいで可愛いですわ)
「なーんて、冗談ですわっ」
 
 私が笑っていると、突然腕を引かれ、殿下の方へ引き寄せられる。
 顔が近づいて――。

(――!?)

「……もちろん、君だけの、“お姉さん”になってあげる」

 耳元に熱い吐息がかかり、甘く囁かれる。それはあの夜を彷彿とさせた。

「へ!? ……なっ!?」
 思わず耳を押さえて顔を見上げると、殿下は口元を僅かに綻ばせている。

 ……この殿下、やはり一筋縄ではいかないようです。

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