君は黒猫
「ねぇ、そこの君」
気づいたら声をかけていた。
窓枠に両手をついて、少し身を乗り出す形で。
その男子生徒は綾香が声をかけたのが聞こえていたのか、それとも聞こえていなかったのか
返事をすることも、本から顔を上げることもしなかった。
「あれ、無視?おーい」
もう一度声をかけるが、やっぱり反応はない。
ひらひらとその男子生徒の顔の前で手を振ってみる。
すると、やっと顔を上げた。
「…何。しつこい。ってか、あんた誰」
「あれ、やっぱり無視だったんだ。傷つくなぁ」
まったく傷ついてなさそうな声色で綾香が言うと、その男子生徒は怪訝そうに眉をひそめた。
「何言ってんの。というか、なんの用。読書中だから話しかけないでほしいんだけど」
「ひどいねぇ。初対面でそんなこと言われたの初めてだ」
「俺だって初対面でそんな馴れ馴れしく話しかけてくる奴、初めて見た」
「へえ、私が初めて?それは光栄だね」
「本当に何言ってんの。あんたの思考がまったく理解できないんだけど」
彼はそう言いながら本に視線を戻した。
「ねえ、何読んでるの?難しい本?」
「…あんたに関係ない」
本を読みながらも答えてくれるのは、おそらく優しさというより早く会話を終わらせたいという気持ちだからだろう。
「君、名前は?」
会って一分もせずに相手の名前を聞くという、自由人の綾香らしいと言えば綾香らしい行動だった。