黒衣の法官は春花に恋う
「……誰も入っていいなんて言ってないけど。何しに来たの?」
「明日から毎日参りますと、改めてお伝えしに来たのです」
「今朝も聞いたけど」
「本気だと信じていただけなかったかもしれませんから」
「信じたくなかっただけ」
リナリアは机の前まで進むと、鞄から通行許可証を取り出した。
「この度、宰相室で働くことになりました」
セティの目が、差し出された許可証へ向けられる。
「……どうして?」
「皇城に通うためです。エヴァン様も人手が足りず困っていらしたので。勿論、仕事はきちんといたします」
「ふうん。宰相室は本当に人が足りないんだね」
「私が役に立つと判断してくださったのです。褒めてくださってもよいのですよ」
「嫌だよ」
予想通りの返事だったものの、朝ほど腹は立たなかった。
何を言っても素直には認めない人なのだろうと思い、リナリアは気にせず笑顔を浮かべる。
「明日は父に署名を頼んだ商人について調べた結果を持ってまいります」
「結果がなかったら?」
「何も分からなかったとご報告して、また調べます」
「僕は君の教師じゃないんだけど」
「ですが、見つけたものが証拠になるかどうか判断するのはセティ様でしょう?」
「気安く呼ばないでって言ったよね」
「では、理由まできちんと教えてくださった時だけ長官とお呼びいたします。それではまた明日、刑務省長官様」
「来なくていいよ」
リナリアは扉へ向かいかけたものの、朝からずっと頭の片隅に引っ掛かっていたことを思い出し、足を止めた。
「私が持ってくるものが、全部証拠にならなかったらどういたしましょう」
「別のものを探せば」
「それも違ったら?」
セティは本を開いたまま、長い息を吐いた。
「何度でも探せばいいんじゃない」
当然のことを答えただけだと言わんばかりの声音だった。
それでも、その言葉を聞いた途端、リナリアは少しだけ目を見開く。
証拠を探せと言ったのは、この人だ。今は何一つ持っていないと分かっていても、それなら諦めろとは一度も言わなかった。
一度見つけたものが違うのなら別のものを探し、それでも違えば、何度でも探し直せばいい。
「はい。明日も参ります」
「僕の話聞いてた? 探せとは言ったけど、僕のところへ来いとは言ってない」
「証拠かどうか、理由も含めて判断していただかなければなりませんから」
「受付に出して」
「直接お渡しします」
セティは返事をせず、再び本へ視線を戻した。
「では、失礼いたします」
一礼して長官室を出ると、窓の向こうでは、沈みかけた太陽が皇城の屋根を淡い金色へ染め、斜めに差し込む光が回廊の床を長く照らしていた。
鞄の中には、皇城へ入るための通行許可証がある。屋敷に戻れば、父の書斎と帳簿が待っている。
誰が父に近づき、どのような説明をして、何が書かれた書類に署名を求めたのか。何から手をつければよいのか、全て分かったわけではない。それでも、涙を零しながらこの回廊を歩いていた時とは違った。
明日からは宰相室で働き、その合間に父が残した帳簿や手紙を確かめ、見つけたものを持って、またあの黒衣の長官のもとへ行く。
そうして一つずつ事実を拾い上げていけば、今は何も見えないところにも、いつか父を救うための道が見つかるはずだ。
リナリアは今度は俯くことなく、長く続く皇城の回廊を歩いていった。
「明日から毎日参りますと、改めてお伝えしに来たのです」
「今朝も聞いたけど」
「本気だと信じていただけなかったかもしれませんから」
「信じたくなかっただけ」
リナリアは机の前まで進むと、鞄から通行許可証を取り出した。
「この度、宰相室で働くことになりました」
セティの目が、差し出された許可証へ向けられる。
「……どうして?」
「皇城に通うためです。エヴァン様も人手が足りず困っていらしたので。勿論、仕事はきちんといたします」
「ふうん。宰相室は本当に人が足りないんだね」
「私が役に立つと判断してくださったのです。褒めてくださってもよいのですよ」
「嫌だよ」
予想通りの返事だったものの、朝ほど腹は立たなかった。
何を言っても素直には認めない人なのだろうと思い、リナリアは気にせず笑顔を浮かべる。
「明日は父に署名を頼んだ商人について調べた結果を持ってまいります」
「結果がなかったら?」
「何も分からなかったとご報告して、また調べます」
「僕は君の教師じゃないんだけど」
「ですが、見つけたものが証拠になるかどうか判断するのはセティ様でしょう?」
「気安く呼ばないでって言ったよね」
「では、理由まできちんと教えてくださった時だけ長官とお呼びいたします。それではまた明日、刑務省長官様」
「来なくていいよ」
リナリアは扉へ向かいかけたものの、朝からずっと頭の片隅に引っ掛かっていたことを思い出し、足を止めた。
「私が持ってくるものが、全部証拠にならなかったらどういたしましょう」
「別のものを探せば」
「それも違ったら?」
セティは本を開いたまま、長い息を吐いた。
「何度でも探せばいいんじゃない」
当然のことを答えただけだと言わんばかりの声音だった。
それでも、その言葉を聞いた途端、リナリアは少しだけ目を見開く。
証拠を探せと言ったのは、この人だ。今は何一つ持っていないと分かっていても、それなら諦めろとは一度も言わなかった。
一度見つけたものが違うのなら別のものを探し、それでも違えば、何度でも探し直せばいい。
「はい。明日も参ります」
「僕の話聞いてた? 探せとは言ったけど、僕のところへ来いとは言ってない」
「証拠かどうか、理由も含めて判断していただかなければなりませんから」
「受付に出して」
「直接お渡しします」
セティは返事をせず、再び本へ視線を戻した。
「では、失礼いたします」
一礼して長官室を出ると、窓の向こうでは、沈みかけた太陽が皇城の屋根を淡い金色へ染め、斜めに差し込む光が回廊の床を長く照らしていた。
鞄の中には、皇城へ入るための通行許可証がある。屋敷に戻れば、父の書斎と帳簿が待っている。
誰が父に近づき、どのような説明をして、何が書かれた書類に署名を求めたのか。何から手をつければよいのか、全て分かったわけではない。それでも、涙を零しながらこの回廊を歩いていた時とは違った。
明日からは宰相室で働き、その合間に父が残した帳簿や手紙を確かめ、見つけたものを持って、またあの黒衣の長官のもとへ行く。
そうして一つずつ事実を拾い上げていけば、今は何も見えないところにも、いつか父を救うための道が見つかるはずだ。
リナリアは今度は俯くことなく、長く続く皇城の回廊を歩いていった。


