黒衣の法官は春花に恋う
 それからは、書類を種類ごとに分け、日付の古いものから順に並べ、指示された棚に収めていった。すべてを片づけるには一日どころか数日あっても足りそうになかったものの、少なくとも執務机の周囲だけは、人が躓かずに歩ける程度には整っている。

「今日はこの辺りにいたしましょう」
「まだできます」
「初日から働きすぎて、明日来ていただけなくなっては困ります。それに、お父上の書斎も調べるのでしょう?」

 その言葉でリナリアは手を止めたが、皇城へ出入りするための道を得たからといって、それだけで父を助けられるわけではない。屋敷に戻り、父に近づいた商人が誰なのかを調べなければならない。

「ありがとうございます。それでは、今日は失礼いたします」
「ええ。お気をつけて」

 鞄に通行許可証を収め、扉へ向かいかけたところで、リナリアはふと足を止めた。

「エヴァン様。今日のうちに、もう一度セティ様に会いに行ってもよいでしょうか」
「証拠は見つかったのですか?」
「いいえ。ですが、明日から毎日来ると、改めてお伝えしておこうと思いまして」

 エヴァンは一瞬だけ目を丸くしたあと、声を立てずに笑った。

「既に十分伝わっていると思いますよ」
「それでも参ります」
「分かりました。通行許可証はもう有効ですから、誰かに止められたら見せてください」
「はい」

 リナリアは今度こそ一礼し、宰相室を出た。

 長官室の前には、午前中にリナリアを止めようとしていた官が立っていた。再び現れたリナリアを見るなり、気の毒になるほど顔を強張らせている。

「ベルクール伯爵令嬢……」
「先ほどは申し訳ありませんでした」

 リナリアは深く頭を下げ、鞄から許可証を取り出した。

「今度は正式な通行許可証をいただきました。宰相室で働くことになりましたので、これから毎日こちらへ参ります」
「毎日、ですか?」
「はい」

 官の顔から、さっと血の気が引いていく。その反応には少し申し訳なさを覚えたものの、ここで引き下がるつもりはなかった。

「長官にお会いしてもよろしいでしょうか」
「……少々、お待ちください」

 官は覚悟を決めるように息を吸うと、長官室の扉を叩いた。

「長官。ベルクール伯爵令嬢がお見えです」
「即刻帰して」

 間髪を入れず、扉の向こうから声が返ってきた。
 リナリアは困り果てた官に向かって軽く頭を下げ、その横を通り過ぎる。

「失礼いたします」

 扉を開ければ、朝と変わらぬ黒衣の青年が、執務机の向こうで本を読んでいた。

 翠色の瞳だけが頁の上からゆっくりと持ち上がり、リナリアへ向けられる。
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