目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

第30話 紗良が残した、最後の記憶

星と陽向。

そして。

私。

三人で撮った写真。

撮影から数日が経っても。

私は。

何度も。

その写真を見ていた。

画面の真ん中には。

笑っている星。

その隣に。

陽向。

そして。

一ノ瀬紗良の姿をした私。

「……不思議」

どう見ても。

普通の記念写真。

だけど。

私にとっては。

ありえなかったはずの一枚。

前の人生で。

私が大好きだった人。

前の人生で。

私が何より大切にしていた娘。

その二人と。

今の私。

「……宝物だな」

小さく呟く。

すると。

スマートフォンが震えた。

陽向。

『その写真また見てる?』

「……何で分かるの?」

思わず。

声が出る。

『見てる』

と返すと。

すぐに。

『やっぱり』

『昨日も見てたじゃん』

『だって嬉しいんだもん』

送信。

数秒後。

『俺も保存してる』

「……え?」

思わず。

画面を見つめる。

『陽向も?』

『うん』

『なんで?』

返した瞬間。

電話が鳴った。

「もしもし」

『なんでって何?』

「だって」

私は。

ソファに座る。

「陽向には普通の写真でしょ?」

『普通じゃないけど』

「どうして?」

少し。

間があった。

『彼女と』

「うん」

『彼女が一番大事にしてる娘と』

「……」

『初めて三人で撮った写真だろ』

胸が。

きゅっとなる。

「……そういう言い方」

『何?』

「ずるい」

『なんで』

「好きになるから」

言ってから。

気づく。

もう。

好きだった。

電話の向こうで。

陽向が笑う。

『もう好きじゃん』

「……そうだった」

『忘れんなよ』

「ふふっ」

笑う。

その瞬間。

頭の奥に。

チクリと。

小さな痛みが走った。

「……っ」

『美月?』

「え?」

『どうした?』

「ううん」

私は。

こめかみに触れる。

「ちょっと頭痛いだけ」

『大丈夫?』

「うん。これくらいなら――」

言いかけた瞬間。

痛みが。

一気に。

強くなった。

「……っ!」

スマートフォンが。

手から滑り落ちる。

『美月!?』

陽向の声。

遠くなる。

視界が。

白く。

染まっていった。

◇◇◇

雨。

また。

雨だった。

「……ここ」

知っている。

紗良の。

事故の日。

車の中。

ハンドルを握る。

紗良の手。

スピーカーから。

ASTERの曲。

紗良は。

泣いていた。

『もう』

『終わりにしよう』

以前にも。

見た記憶。

『陽向のこと』

『ずっと好きだった』

『でも』

『これで最後』

胸が。

苦しい。

私は。

また。

あの事故を見るの?

そう思った。

でも。

違った。

今度は。

記憶が。

もっと前から始まっていた。

◇◇◇

事故の日。

数時間前。

紗良は。

一人で。

ある神社にいた。

「……神社?」

私は。

紗良の目を通して。

境内を見る。

夕方。

人は。

ほとんどいない。

仕事帰りなのか。

紗良は。

帽子を深くかぶっていた。

賽銭箱の前。

紗良が。

手を合わせる。

『……何お願いしてんだろ、私』

自嘲するような。

心の声。

『もう三十四歳なのに』

『神頼みなんて』

でも。

目を閉じる。

そして。

願った。

『陽向が』

『幸せでありますように』

胸が。

痛んだ。

やっぱり。

最後まで。

自分じゃない。

陽向の幸せ。

でも。

少しして。

紗良は。

もう一度。

ぎゅっと。

手を合わせた。

『……あと』

声にならない。

心の中だけの。

願い。

『もし』

『許されるなら』

『私も』

少し。

幸せになってみたかった。

「……」

その言葉に。

胸が。

震える。

日記と。

同じ。

――自分も幸せになりたい。

紗良は。

最後の日。

本当に。

そう願っていた。

『誰かを好きになって』

『その人に』

『好きって言ってもらって』

『怖がらずに』

『ちゃんと手を伸ばして』

『そういう人生』

『一回くらい』

『生きてみたかったな』

涙が。

紗良の頬を伝う。

『……次があるなら』

『今度は』

一度。

息を吸う。

『自分の気持ちを』

『ちゃんと大事にできますように』

その瞬間。

風が。

吹いた。

神社の木々が。

ざわっと揺れる。

そして。

紗良は。

目を開けた。

◇◇◇

場面が。

変わる。

同じ頃。

別の場所。

「……え?」

今度は。

紗良の記憶じゃない。

見覚えのある。

家。

私の。

前の家。

「どうして……?」

これは。

私の記憶?

その日の。

事故に遭う前。

私は。

洗濯物を畳んでいた。

テレビから。

ASTERの曲が流れている。

星が。

近くにいる。

『ママ』

『ん?』

『また陽向くん見てる』

『いいでしょ』

『好きだねー』

『好きだよ』

私は。

笑っていた。

星も。

笑っている。

そのあと。

子どもたちの声。

家の中。

生活音。

確かに。

幸せだった。

なのに。

ふと。

一人になった瞬間。

私は。

ため息をついた。

『……疲れた』

小さな。

誰にも聞こえない声。

『なんか』

『全部』

『私じゃなくてもいいのかな』

胸が。

締めつけられる。

覚えている。

私は。

何度も。

そう思った。

母親だから。

妻だから。

嫁だから。

やるべきことがある。

求められることがある。

でも。

高瀬美月として。

私は。

誰に。

必要とされているんだろう。

『……一回くらい』

昔の私が。

小さく呟く。

『誰かに』

『美月だから好きって』

『言ってもらいたかったな』

「……っ」

今の私の。

涙が。

溢れた。

覚えていなかった。

こんなこと。

思ってたんだ。

いや。

たぶん。

思った直後。

自分で。

打ち消した。

子どもがいる。

夫もいる。

何を言ってるの。

贅沢。

そんなふうに。

自分の気持ちを。

なかったことにした。

でも。

確かに。

私は願っていた。

役割じゃなく。

私自身を。

見てほしいと。

◇◇◇

再び。

紗良。

車の中。

雨。

事故の直前。

紗良の心に。

さっきの願いが。

残っている。

――次があるなら。

――自分の気持ちを大事に。

そして。

同じ時刻。

私は。

雨の中。

外にいた。

事故。

光。

ブレーキ音。

二つの場所で。

ほとんど同じ瞬間に。

命が。

消えようとしている。

その瞬間。

不思議なことが起きた。

真っ暗な。

何もない場所。

私は。

そこにいた。

身体はない。

ただ。

意識だけ。

「……ここは?」

遠く。

誰かがいる。

女性。

「……紗良さん?」

一ノ瀬紗良。

事故前の。

彼女。

でも。

これは。

記憶?

そんなはずない。

私は。

このとき。

紗良を知らない。

紗良も。

私を知らない。

なのに。

二人は。

向かい合っていた。

紗良が。

私を見る。

とても。

疲れた顔。

でも。

どこか。

優しい。

『あなたも?』

「え?」

『帰りたい?』

その言葉で。

子どもたちが。

浮かぶ。

星。

他の子どもたち。

「帰りたい」

私は。

すぐに答えた。

「子どもがいるの」

「帰らなきゃ」

「私、ママだから」

紗良が。

少し。

悲しそうに笑う。

『そっか』

「あなたは?」

私が聞く。

『私?』

紗良は。

少し考える。

そして。

遠くを見る。

そこには。

陽向の姿が。

見える気がした。

『……会いたい人はいる』

「じゃあ」

『でも』

紗良が。

笑う。

『もういいかな』

「え?」

『いっぱい好きだったから』

涙が。

一滴。

落ちる。

『次は』

『違う誰かに』

『ちゃんと幸せになってほしい』

意味が。

分からない。

「誰?」

紗良が。

私を見る。

そして。

なぜか。

その目が。

とても。

優しかった。

『あなた』

「……私?」

『うん』

『あなた』

『すごく帰りたそうだから』

「待って」

「どういう意味?」

紗良が。

私へ。

手を伸ばす。

『私の身体』

『まだ』

『生きられるかもしれない』

「……」

『もし』

『あなたが使えるなら』

「待って!」

私は。

首を振る。

「そんなのダメ」

「あなたの身体でしょ?」

『うん』

「あなたが戻ればいい」

『……私は』

紗良の表情が。

少し。

寂しくなる。

『もう』

『戻れないみたい』

「そんな……」

『でも』

紗良が。

また笑う。

『お願いがある』

「……何?」

『陽向に』

胸が。

ざわつく。

この時。

私は。

天城陽向を知っている。

最推し。

でも。

なぜ。

紗良から。

その名前が出るの?

『ごめんって』

『言わないで』

「え?」

『私が勝手に好きだっただけだから』

『気づかなかったこと』

『あの人が悪いわけじゃない』

「……」

『それから』

紗良の姿が。

少しずつ。

薄くなる。

「待って!」

『もし』

『あの人が』

『あなたを見てくれる日が来たら』

「……?」

紗良が。

本当に。

幸せそうに。

笑った。

『逃げないで』

「え?」

『私みたいに』

『自分から諦めないで』

「紗良さん!」

私は。

手を伸ばす。

でも。

届かない。

『だって』

最後に。

紗良が言った。

『あなたも』

『幸せになりたかったんでしょ?』

「……っ」

光。

一気に。

視界が。

白くなる。

『だったら』

『今度は』

紗良の声。

『ちゃんと』

『自分のために生きて』

そして。

最後。

とても。

小さな声。

でも。

はっきり。

聞こえた。

『私の分までじゃなくて』

『あなたの人生を』

◇◇◇

「……っ!」

目を開ける。

天井。

リビング。

床。

私は。

倒れていた。

「美月!」

陽向の声。

「……陽向?」

顔を上げる。

玄関のほうから。

ものすごい勢いで。

陽向が入ってくる。

「大丈夫!?」

「なんで……」

「電話!」

そうだ。

通話中だった。

スマートフォン。

床に。

落ちたまま。

「急に返事なくなるから!」

陽向が。

私のそばに。

膝をつく。

「救急車呼ぶ?」

「待って」

「でも!」

「違うの」

私は。

陽向の腕を掴んだ。

「見た」

「何を?」

「紗良さん」

陽向の顔が。

止まる。

「……紗良?」

私は。

何度も。

頷いた。

涙が。

止まらない。

「最後の」

「たぶん」

声が。

震える。

「最後の記憶」

◇◇◇

ソファ。

私は。

陽向の隣で。

さっき見たことを。

全部。

話した。

神社。

紗良の願い。

私自身が。

事故前に願っていたこと。

そして。

あの。

真っ暗な場所。

「紗良が」

陽向が。

呆然と。

呟く。

「美月に」

「身体を?」

「……うん」

「でも」

私は。

首を振る。

「本当にあったことかは分からない」

「……」

「夢かもしれない」

「私の頭が」

「今まで見た記憶を」

「勝手に繋げただけかもしれない」

科学的には。

何も。

説明できない。

でも。

あの感覚。

あの声。

あの表情。

私は。

知っている。

あれは。

紗良だった。

「最後に」

陽向が聞く。

「紗良」

「何て言った?」

私は。

涙を拭う。

「私の分までじゃなくて」

「……」

「あなたの人生を」

陽向が。

下を向いた。

「……紗良らしい」

小さく。

笑う。

でも。

その声は。

震えている。

「最後まで」

「自分のことじゃなく」

「人のこと考えて」

「……うん」

陽向の目から。

涙が落ちた。

私は。

初めて。

陽向が。

紗良のために。

静かに泣くのを見た。

「俺」

「うん」

「一回も」

陽向が。

拳を握る。

「ちゃんと聞いてやれなかった」

「……」

「寂しいとか」

「辛いとか」

「好きだとか」

「何にも」

「気づかなかった」

私は。

陽向の手に。

そっと。

自分の手を重ねた。

「紗良さん」

「陽向を責めてなかったよ」

「……」

「言ってた」

「気づかなかったこと」

「陽向が悪いんじゃないって」

「……」

「だから」

私は。

陽向を見る。

「もう」

「自分を責めなくていいんじゃないかな」

陽向が。

目を閉じる。

涙が。

また。

落ちる。

「……ごめんな」

小さな声。

誰に?

たぶん。

紗良に。

でも。

そのあと。

陽向は。

もう一度。

呟いた。

「ありがとう」

今度は。

少しだけ。

笑っていた。

「美月を」

「ここに残してくれて」

胸が。

大きく。

鳴った。

「……陽向」

「俺」

陽向が。

私を見る。

「紗良に戻ってきてほしいって」

「ずっと思ってた」

「うん」

「美月に」

「返してくれって」

「言ったこともある」

胸が。

少しだけ。

痛む。

でも。

もう。

あの頃とは違う。

「でも今」

陽向の手が。

私の手を。

握る。

「美月が」

「ここにいてくれてよかったって」

「思ってる」

「……」

「それって」

「紗良に悪いのかなって」

「ちょっと思ってた」

私も。

同じ。

陽向と幸せになるたび。

紗良に。

申し訳ないと思っていた。

「でも」

陽向が。

少し笑う。

「紗良が」

「自分の人生を生きろって」

「美月に言ったなら」

「……うん」

「俺たち」

「幸せになってもいいのかな」

涙が。

溢れた。

私は。

何度も。

頷いた。

「……うん」

「なろう」

初めて。

言えた。

「幸せに」

「なりたい」

陽向の目が。

少し。

揺れる。

そして。

柔らかく。

笑った。

「うん」

◇◇◇

しばらくして。

私は。

ふと。

鏡を見た。

そこに。

映っている。

紗良の顔。

今まで。

何度も。

思った。

これは。

借り物。

私は。

この身体を。

奪った人。

でも。

もし。

あの記憶が。

本当に。

最後の紗良の想いなら。

「……紗良さん」

私は。

鏡へ向かって。

小さく呼ぶ。

「ありがとう」

もう。

ごめんなさいではない。

ありがとう。

「私」

胸に。

手を当てる。

「生きるね」

「あなたの代わりじゃなくて」

「私として」

陽向が。

隣に立つ。

鏡の中。

私と。

陽向。

紗良の顔で。

美月として。

陽向の隣にいる。

不思議。

でも。

もう。

それを。

否定しなくていい気がした。

「……陽向」

「何?」

「一つだけ」

「うん」

私は。

少し。

恥ずかしくなりながら。

言った。

「この前」

「うん」

「キス」

陽向が。

固まる。

「……え?」

「しようとしたでしょ」

「……はい」

急に。

敬語。

「私」

頬が。

熱くなる。

「紗良さんの身体だからって」

「止めた」

「……うん」

陽向も。

少し。

顔が赤い。

「でも」

私は。

自分の胸に。

手を置く。

紗良の言葉。

――逃げないで。

――自分のために生きて。

「今は」

「……」

陽向を見る。

「逃げたくない」

陽向の目が。

大きくなる。

「美月」

「でも!」

慌てて。

付け足す。

「今すぐしろって意味じゃなくて!」

「……」

「心の準備とか!」

「……」

「そういうのもあるから!」

陽向が。

下を向く。

肩が。

震えている。

「……笑ってる?」

「あははっ!」

「陽向!」

「だって!」

「私すごい真剣なのに!」

「ごめんごめん!」

陽向が。

笑いながら。

私の手を握る。

「分かった」

「何が?」

「待つ」

少し。

悪戯っぽく笑う。

「美月が」

「キスしていいよって言うまで」

「……」

言葉にされると。

ものすごく。

恥ずかしい。

「やっぱ今のなし」

「なしにはできません」

「陽向!」

笑う。

私も。

結局。

笑ってしまった。

そのとき。

ほんの一瞬。

鏡の中。

私の後ろに。

誰かが。

立っているような気がした。

長い髪。

綺麗な女性。

一ノ瀬紗良。

「……?」

振り返る。

誰もいない。

「どうした?」

陽向が聞く。

私は。

もう一度。

鏡を見る。

そこには。

私と。

陽向だけ。

でも。

不思議と。

怖くなかった。

むしろ。

胸の奥が。

温かい。

「……ううん」

私は。

小さく笑う。

「何でもない」

「本当に?」

「うん」

今度の。

何でもないは。

本当。

そして。

心の中で。

そっと。

言った。

――紗良さん。

――ありがとう。

その瞬間。

どこかで。

笑う声が。

聞こえたような。

気がした。

それが。

一ノ瀬紗良の。

本当に最後の。

『記憶』だった。
< 30 / 60 >

この作品をシェア

pagetop