目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

第32話 トップアイドルの彼女、難易度高すぎます

陽向と。

初めてキスをした翌日。

私は朝から。

とても困っていた。

「……どうしよう」

スマートフォンを持ったまま。

ソファの上で固まる。

画面には。

陽向から届いたメッセージ。

『今日会いたい』

たったそれだけ。

付き合う前なら。

普通に。

『いいよ』

と返していた。

付き合ってからだって。

何度も会っている。

なのに。

昨日。

キスをした。

それだけで。

全部が。

変わってしまった気がする。

「……顔見られない」

思い出す。

頬に触れた手。

近づいてきた顔。

唇の感触。

一回。

そして。

二回目。

「~~~~っ!」

私は。

クッションに顔を埋めた。

無理。

恥ずかしい。

三十四歳にもなって。

何をしているんだろう。

でも。

久しぶりとか。

そういう問題じゃない。

相手が。

陽向だから。

好きになって。

好きだと言われて。

やっと。

自分から。

触れてほしいと思えた人だから。

スマートフォンが。

また震える。

『既読ついてるけど』

「……見てる」

『嫌?』

その二文字に。

私は。

慌てて身体を起こした。

嫌じゃない。

絶対。

そんなふうに。

思ってほしくない。

『違うよ』

『じゃあ会いたい』

「……」

直球。

最近の陽向は。

付き合う前より。

明らかに。

遠慮がない。

『分かった』

送る。

すぐ。

『やった!』

そして。

『昨日の続きしていい?』

「……は!?」

私は。

スマートフォンを落としかけた。

『何の続き!?』

すぐ送る。

数秒後。

『ゲーム』

「……」

私は。

しばらく。

画面を睨んだ。

そのあと。

『何だと思った?』

「陽向ぁぁぁ!」

一人の部屋に。

私の声が響いた。

◇◇◇

午後。

インターホンが鳴る。

私は。

玄関の前で。

深呼吸した。

大丈夫。

普通に。

普通にすればいい。

ドアを開ける。

「よ」

「……お疲れ」

陽向の顔を見た瞬間。

昨日のキスが。

一気に蘇った。

視線が。

反射的に。

唇へ行く。

「あ」

陽向が。

ニヤッとする。

「今どこ見た?」

「見てない」

「口見た」

「見てない!」

「見てたって」

「入るなら早く入って!」

「はいはい」

笑いながら。

陽向が入ってくる。

もう。

絶対。

楽しんでる。

「美月」

「何?」

靴を脱ぎながら。

陽向が。

こちらを見る。

「顔赤い」

「陽向のせい!」

「俺まだ何もしてないけど」

「昨日した!」

言ってから。

私は。

固まった。

陽向も。

固まった。

「……」

「……」

数秒後。

陽向の口元が。

ものすごく。

緩んだ。

「美月」

「何」

「昨日何したっけ?」

「知らない!」

「えー」

「忘れた!」

「じゃあ思い出させよっか」

「陽向!」

陽向が。

声を上げて笑う。

「あはははっ!」

「もう帰って!」

「来たばっか!」

付き合う前と。

何も変わらない。

はずなのに。

やっぱり。

少し違う。

陽向の視線が。

前より。

私を意識している。

そして。

私も。

陽向を。

『男性』として。

前より。

ずっと。

意識している。

◇◇◇

「で」

リビング。

陽向が。

テーブルの上に。

紙袋を置いた。

「何これ?」

「プレゼント」

「え?」

「付き合ってから」

「ちゃんとデートしてないじゃん」

「……うん」

「だから」

袋から。

何かを取り出す。

キャップ。

シンプルな。

黒い帽子。

「これ美月」

「帽子?」

「うん」

もう一つ。

似たデザイン。

こちらは。

陽向が被るらしい。

私は。

二つを見比べる。

「……お揃い?」

「まあ」

陽向が。

少しだけ。

視線を逸らす。

「バレない程度に」

胸が。

跳ねる。

お揃い。

恋人っぽい。

あまりにも。

恋人っぽい。

「……嫌?」

「嫌じゃない」

私は。

すぐに答えた。

「嬉しい」

陽向の顔が。

ぱっと明るくなる。

「マジ?」

「うん」

「よかった」

その笑顔に。

また。

胸が温かくなる。

「でも」

「何?」

「これ」

帽子を持ちながら。

私は聞く。

「どこで使うの?」

「今日」

「今日?」

「今からデート」

「……え?」

陽向が。

満面の笑み。

「出かけよ」

「待って」

「何?」

「陽向」

「うん」

私は。

陽向を指差す。

「トップアイドル」

「そうです」

「私」

自分を指す。

「一ノ瀬紗良」

「人気女優」

「そうです」

「二人で出歩いたら」

「うん」

「大事件じゃない?」

陽向が。

少し考えた。

「だから変装する」

「そんな軽く!?」

「俺、慣れてる」

「何に?」

「バレないやつ」

「怪しい人みたい」

「失礼」

でも。

陽向は。

本気らしい。

「美月」

「何?」

「俺さ」

少しだけ。

真面目な顔になる。

「普通のデートもしたい」

胸が。

ドクン。

「家で会うのも好きだけど」

「……うん」

「一緒に飯食いに行ったり」

「買い物したり」

「歩いたり」

「……」

「そういうの」

少し照れたように。

笑う。

「彼氏としてしたい」

断れるわけが。

なかった。

「……行く」

私が答えると。

陽向が。

嬉しそうに笑った。

「よし」

◇◇◇

三十分後。

私は。

帽子。

眼鏡。

マスク。

陽向も。

似たような格好。

鏡の前。

二人で並ぶ。

「……怪しい」

「大丈夫」

「本当に?」

「美月、姿勢良すぎ」

「え?」

「紗良が芸能人だから」

陽向が。

私の肩を。

少し押す。

「もっと普通に」

「普通って?」

「こう」

陽向が。

少し。

猫背になる。

「それ普通じゃなくて陽向でしょ」

「俺そんな猫背?」

「ご飯食べてるとき結構」

「マジか」

二人で。

小さく笑う。

「あと」

陽向が。

手を差し出した。

「何?」

「手」

「……」

「恋人なんだから」

「外で?」

「ダメ?」

その手を見る。

人に。

見られたら。

怖い。

でも。

繋ぎたい。

私は。

少し迷って。

陽向の手に。

自分の手を重ねた。

「……バレそうになったら離すからね」

「了解」

指が。

絡む。

それだけで。

胸が。

少しだけ。

軽くなる。

◇◇◇

行ったのは。

都心から少し離れた。

大型商業施設。

平日の昼間。

人はいるけれど。

混みすぎてはいない。

「……すごい」

私は。

周りを見る。

「何が?」

「普通に歩いてる」

「そりゃ歩くだろ」

「陽向が」

「俺人間だから」

「そうじゃなくて」

私は。

少し笑う。

テレビの向こうにいた人と。

今。

手を繋いで。

ショッピングモールを歩いている。

「昔の私が見たら」

「うん」

「倒れると思う」

「そんなに?」

「だって」

陽向を見る。

「陽向とデートだよ?」

「はいはい、ファンに戻った」

「今日はちょっと許して」

「じゃ俺も」

「何?」

「一ノ瀬紗良とデート」

「それは……」

少し。

胸が引っかかる。

でも。

陽向は。

すぐに。

首を振った。

「違うな」

「え?」

繋いだ手を。

少し握る。

「美月とデート」

「……うん」

「こっち」

胸が。

温かくなる。

「うん」

私は。

笑った。

◇◇◇

「美月」

「何?」

「これ」

陽向が。

雑貨屋で。

ピンク色の。

小さなぬいぐるみを持っている。

「可愛くない?」

「可愛い」

「買う?」

「陽向が欲しいんでしょ?」

「美月に」

「え?」

「プレゼント」

「何で?」

「可愛いって言ったから」

「それだけで買ってたら」

「家いっぱいになるよ」

「じゃあ一個だけ」

「……」

結局。

買ってもらった。

「ありがとう」

「うん」

陽向が。

嬉しそう。

「陽向」

「何?」

「私に何か買うの」

「好き?」

「好きかも」

「どうして?」

「美月」

少し考える。

「めっちゃ喜ぶから」

胸が。

きゅっとなる。

「昔」

私は。

ぬいぐるみを抱えながら。

言う。

「欲しいもの言うの」

「苦手だった」

「なんで?」

「家計とか」

「子ども優先とか」

「……」

「自分のもの買うなら」

「本当に必要かなって」

「何回も考えてた」

陽向が。

少し黙る。

「だから」

私は。

ぬいぐるみを見る。

「こういう」

「別になくても困らないもの」

「買ってもらうの」

「……」

少し。

笑う。

「嬉しい」

陽向が。

私を見る。

「じゃあ」

「?」

「これから」

「美月の」

「なくても困らないけど欲しいもの」

「いっぱい探そ」

泣きそうになる。

「……うん」

「ただし」

「何?」

「俺の財布死なない範囲で」

「そこ現実的!」

二人で。

笑った。

◇◇◇

昼食。

人目につきにくい。

端の席。

「何食べる?」

陽向が。

メニューを見る。

私は。

迷う。

「これ」

「パスタ?」

「うん」

「じゃ俺ハンバーグ」

「やっぱり肉」

「肉は正義」

料理を待ちながら。

陽向は。

スマートフォンを見る。

「何してるの?」

「連絡」

「仕事?」

「メンバー」

「そっか」

少しして。

陽向が。

吹き出した。

「何?」

「いや」

画面を見せられる。

グループチャット。

『今日どこ?』

『休み』

『女?』

『デート?』

『例の人?』

「……」

私は。

陽向を見る。

「例の人?」

「……」

陽向が。

気まずそうに。

視線を逸らす。

「陽向」

「はい」

「メンバーに」

「はい」

「私のこと話した?」

「……ちょっと」

「ちょっと!?」

「名前は言ってない!」

「そこじゃない!」

「いやでも!」

陽向が。

声を落とす。

「嫉妬バレたときから」

「なんか」

「もう」

「気づかれてる」

「……」

私は。

顔を覆った。

「恥ずかしい……」

「大丈夫」

「何が?」

「俺のほうがめっちゃいじられてるから」

「それ大丈夫じゃない」

「昨日も」

陽向が。

スマホを見る。

「『キスできた?』って」

「ちょっと待って!!」

思わず。

声が大きくなる。

周りを見る。

誰も。

こっちを見ていない。

たぶん。

「陽向!」

「俺言ってないから!」

「じゃあ何で!?」

「顔でバレた」

「……」

私は。

しばらく。

何も言えなかった。

そして。

「陽向」

「何?」

「私に顔に出るって言えないよ」

「……それは」

陽向が。

真顔で頷く。

「認める」

◇◇◇

食事を終えて。

店を出る。

人混み。

私は。

少しだけ。

陽向から離れた。

見つかったら。

どうしよう。

写真を撮られたら。

陽向の。

迷惑になる。

無意識に。

手を離そうとする。

でも。

陽向が。

少し強く。

握った。

「陽向」

「ん?」

「人増えてきたから」

「うん」

「離したほうが」

「嫌?」

「私じゃなくて」

「……」

「陽向に」

少し。

声を落とす。

「迷惑かけたくない」

陽向が。

足を止めた。

「美月」

「何?」

「俺」

「恋愛したら」

「仕事に迷惑かかるかもしれないって」

「分かってる」

「……」

「撮られたら」

「いろいろ言われるのも」

「分かってる」

「うん」

「だから」

陽向は。

周囲を確認して。

人の少ない通路へ。

私を連れていく。

「気をつける」

「……」

「でも」

私を見る。

「迷惑って言わないで」

胸が。

止まりそうになる。

「俺が」

「美月と付き合いたいって」

「決めたから」

「……」

「美月が勝手に」

「俺にくっついてきたわけじゃない」

「うん」

「二人で決めたこと」

「……うん」

「何かあったら」

「二人で考える」

また。

その言葉。

二人で。

「美月だけが」

「俺のために」

「いなくなるとか」

「離れるとか」

「絶対なし」

あの日。

一人で。

いなくなった私。

陽向は。

きっと。

まだ覚えている。

「……うん」

私は。

頷いた。

「分かった」

「本当に?」

「うん」

少し迷って。

私は。

離しかけていた手を。

自分から。

握り直した。

「二人で決める」

陽向が。

笑う。

「そう」

「うん」

「えらい」

「子ども扱い!」

「彼女扱い」

「どこが!」

また。

笑った。

◇◇◇

帰り。

車の中。

私は。

助手席で。

今日買ってもらった。

ぬいぐるみを抱えていた。

「楽しかった?」

陽向が聞く。

「うん」

「何が一番?」

「……」

考える。

買い物。

ご飯。

手を繋いだこと。

全部。

楽しかった。

でも。

「普通に」

「?」

「歩けたこと」

「歩く?」

「うん」

窓の外を見る。

「好きな人と」

「手繋いで」

「お店見て」

「ご飯食べて」

「……」

「それだけ」

陽向が。

静かに聞いている。

「そういうの」

私は。

少し笑う。

「もう」

「私にはないと思ってた」

「……」

「母親になって」

「三十四歳になって」

「恋愛とか」

「デートとか」

「そんなの」

「もう終わったものだと思ってた」

陽向が。

少し。

眉を寄せる。

「三十四で終わりって早くない?」

「そうなんだけど」

「俺ら同い年だよ?」

「うん」

「俺まだアイドルやってるよ?」

「知ってる」

「じゃあ美月も」

赤信号。

車が止まる。

陽向が。

こちらを見る。

「まだまだじゃん」

「……」

「一回人生終わったからって」

「全部終わりじゃない」

胸が。

熱くなる。

「むしろ」

少し笑う。

「二回目なんでしょ?」

「……うん」

「じゃあ」

陽向が。

前を向き直る。

「二回分」

「楽しめばいいじゃん」

私は。

少し笑った。

「欲張り」

「いいじゃん」

「いいの?」

「俺が許す」

「誰目線?」

「彼氏」

「それ便利に使ってない?」

「あははっ!」

陽向が笑う。

私も。

笑った。

◇◇◇

その夜。

部屋に戻る。

私は。

買ってもらったぬいぐるみを。

白いマグカップの近くへ置いた。

ピンクのマグ。

白いマグ。

そして。

今日の。

小さなぬいぐるみ。

少しずつ。

増えていく。

私と。

陽向の思い出。

紗良のものではない。

高瀬美月として。

作っている。

新しい時間。

スマートフォンが震える。

『今日はありがと』

陽向。

私は。

笑う。

『こっちこそありがとう』

少し迷って。

続ける。

『楽しかった』

送信。

すぐに。

『俺も』

そして。

『次どこ行く?』

「もう次?」

でも。

嬉しい。

『考えとく』

数秒後。

『美月』

『何?』

『今日かわいかった』

「……」

私は。

スマートフォンを。

ベッドへ投げた。

「もう!」

頬。

熱い。

でも。

数秒後。

また。

スマートフォンを取る。

返信。

『陽向もかっこよかったよ』

送った瞬間。

既読。

しばらく。

返事がない。

「……?」

そして。

『無理』

「何が?」

『彼女に言われるの破壊力やばい』

私は。

声を出して笑った。

トップアイドル。

何万人ものファンから。

毎日のように。

かっこいいと言われている人。

なのに。

私からの一言で。

こんな反応をする。

「……可愛い」

小さく呟く。

そして。

気づく。

恋人になっても。

陽向は。

陽向だった。

明るくて。

よく笑って。

大きなリアクションをして。

少し甘えん坊で。

でも。

大事なことは。

ちゃんと言葉にしてくれる。

私は。

そんな陽向が。

やっぱり。

好き。

ただ。

その幸せな時間の中で。

一つだけ。

私はまだ。

知らなかった。

一ノ瀬紗良の事故後。

一度だけ。

医師が。

陽向に伝えていた。

ある可能性。

――記憶が戻る過程で。

――人格が大きく揺れることもあります。

そして。

その言葉を。

陽向が。

今まで。

私に言えずにいたことを。

私は。

まだ。

知らなかった。
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