目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~

第33話 もし、私が消えたら

陽向と初めて。

普通のデートをしてから。

数日後。

私は。

久しぶりに。

病院へ来ていた。

事故後の。

定期検診。

身体そのものは。

もう。

ほとんど問題ない。

仕事にも。

少しずつ戻れている。

頭痛も。

紗良の記憶が流れ込んでくることも。

あの最後の日以来。

一度もない。

だから。

私は。

今日も。

簡単な診察だけで終わると。

そう思っていた。

「一ノ瀬さん」

「はい」

医師が。

検査結果を見ながら。

少し笑う。

「身体の状態は、かなり安定していますね」

「よかった……」

ほっと。

息を吐く。

「仕事も復帰されたそうで」

「はい」

「無理はしていませんか?」

「今のところは」

以前だったら。

反射的に。

『大丈夫です』

と言っていた。

でも今は。

少しだけ。

考えてから答えられる。

「疲れたら、ちゃんと休むようにしてます」

「それが一番です」

医師が。

頷く。

「頭痛は?」

「最近はありません」

「記憶の混乱は?」

「……」

一瞬。

言葉に詰まる。

この人に。

本当のことを。

話すことはできない。

私は。

一ノ瀬紗良ではない。

高瀬美月。

でも。

それを話したところで。

信じてもらえるとは。

思えない。

「……落ち着いています」

「そうですか」

医師は。

カルテに。

何かを書き込む。

これで。

終わり。

そう思った。

でも。

「ただ」

その一言に。

私は。

顔を上げた。

「一ノ瀬さん」

医師の表情が。

少しだけ。

真面目になる。

「事故直後に」

「天城さんにも」

「一度お話ししたのですが」

「……陽向に?」

胸が。

ざわついた。

「はい」

「何を……ですか?」

医師は。

少し。

言葉を選ぶ。

「今回の事故では」

「頭部にも大きな衝撃がありました」

「……はい」

「記憶が大きく欠けたり」

「事故前後で」

「性格や行動に変化が出たりするケースもあります」

「……」

それは。

もう。

私たちが。

何度も。

感じてきたこと。

でも。

医師は。

続けた。

「そして」

「記憶が戻る過程で」

「本人の認識や」

「人格のように見える部分が」

「大きく揺れる可能性も」

「完全には否定できません」

心臓が。

嫌な音を立てた。

「……人格?」

「もちろん」

すぐに。

医師が補足する。

「医学的に」

「別の人格が突然消えて」

「元の人格に戻る」

「と断言しているわけではありません」

「……」

「ただ」

「事故後の混乱が強かったこともありますから」

「ご本人が」

「『自分は誰なのか』という感覚で」

「再び不安定になる可能性はあります」

頭の中が。

真っ白になる。

医師は。

医学的な話をしている。

私が。

高瀬美月だなんて。

知らない。

でも。

私には。

違う意味にしか。

聞こえなかった。

――紗良が戻るかもしれない。

――そのとき。

――美月は?

「……もし」

自分でも。

驚くほど。

声が震えた。

「もし」

「事故前の記憶が」

「全部戻ったら」

医師が。

私を見る。

「……はい」

「今の私は」

喉が。

詰まる。

「どうなるんですか?」

「……」

医師は。

少し考える。

「そこは」

「何とも言えません」

「……」

「記憶が戻っても」

「事故後の経験が消えるとは限りません」

「人は」

「新しく経験したことも含めて」

「その後の自分になりますから」

「……」

「ただ」

医師が。

優しく言う。

「今のご自身が」

「完全になくなると決まったわけではありません」

その言葉。

安心させるためのもの。

なのに。

私は。

一つだけ。

引っかかった。

――なくなると決まったわけではない。

つまり。

絶対に。

なくならないとも。

言えない。

「……そうですか」

私は。

どうにか。

それだけ答えた。

◇◇◇

病院を出る。

空は。

晴れていた。

なのに。

私は。

少しも。

外を見られなかった。

スマートフォン。

陽向から。

メッセージが来ている。

『病院終わった?』

いつもなら。

すぐに。

返す。

でも。

今日は。

指が動かない。

陽向は。

知っていた。

事故直後。

医師から。

同じ話を。

聞いていた。

「……なんで」

小さく。

呟く。

「言ってくれなかったの?」

怒っている。

わけじゃない。

でも。

怖い。

もし。

最初から。

陽向が。

いつか紗良が戻るかもしれないと。

思っていたなら。

だったら。

今の私は?

一時的な存在?

陽向は。

それでも。

私を好きになった?

「……」

胸が。

苦しい。

その瞬間。

スマートフォンが。

また鳴った。

今度は。

電話。

陽向。

迷って。

でも。

出た。

「……もしもし」

『美月?』

声を聞いた瞬間。

泣きそうになった。

『終わった?』

「うん」

『どうだった?』

「……」

答えられない。

『美月?』

陽向の声が。

変わる。

『何かあった?』

「陽向」

『うん』

「……知ってた?」

電話の向こう。

沈黙。

その一瞬で。

分かった。

知ってた。

「医者に」

声が。

震える。

「事故のあと」

「記憶が戻る過程で」

「人格が揺れるかもしれないって」

『……』

「言われてたんでしょ?」

しばらく。

返事はなかった。

そして。

陽向が。

小さく。

『……うん』

と言った。

胸が。

ずきんと痛んだ。

「……そっか」

『美月』

「なんで」

涙が。

落ちる。

「なんで言わなかったの?」

『……』

「私に」

『今どこ?』

「質問に答えて」

『答えるから』

陽向の声が。

低くなる。

『今どこにいる?』

「病院の近く」

『一人?』

「うん」

『そこにいて』

「え?」

『行く』

「陽向」

『電話切らないで』

その声。

真剣。

私は。

何も言えなくなった。

◇◇◇

少しして。

見慣れた車が。

止まった。

助手席のドアが。

開く。

「美月」

陽向が。

降りてくる。

帽子。

マスク。

でも。

目だけで。

分かる。

すごく。

心配している。

「車乗ろ」

私は。

黙って。

頷いた。

◇◇◇

車の中。

エンジンは。

かかっていない。

二人。

並んで座る。

でも。

私は。

陽向を見られなかった。

「……ごめん」

先に。

陽向が言った。

私は。

膝の上の手を見る。

「どうして」

「うん」

「言わなかったの?」

陽向は。

少し。

黙る。

「怖かったから」

「……何が?」

「美月に」

陽向が。

息を吐く。

「言うのが」

「……」

「事故直後」

「まだ美月が」

「自分が高瀬美月だって」

「何回も言ってたとき」

「医者から」

「そういう可能性もあるって聞いた」

「うん」

「そのときの俺は」

拳を握る。

「正直」

「……」

「紗良が戻る可能性があるなら」

「戻ってきてほしいって」

「思った」

胸が。

痛い。

でも。

それは。

知っている。

あの頃の陽向。

私は。

まだ。

知らない女性。

紗良は。

三十四年。

一緒にいた。

大切な人。

「……うん」

「だから」

陽向が。

苦しそうに続ける。

「言えなかった」

「俺が」

「その可能性に期待してるって」

「美月に知られるの」

「……」

「最低だと思った」

「陽向……」

「でも」

顔を上げる。

「途中から」

「意味が変わった」

「……え?」

陽向が。

私を見る。

「美月が」

「美月だって」

「分かってきて」

「……」

「俺が美月を」

「好きになって」

「……うん」

「今度は」

声が。

少し震えた。

「紗良が戻るかもしれないって」

「美月に言うのが」

「怖くなった」

「……どうして?」

陽向は。

答えるまで。

少し時間がかかった。

「美月が」

「また」

「いなくなるって言い出しそうだったから」

息が。

止まった。

「……」

「紗良が戻る可能性あるなら」

「私は邪魔だよねとか」

「この身体返さなきゃとか」

「……」

全部。

考えそう。

いや。

今だって。

考えている。

陽向が。

私を見る。

「一人で」

「消える準備しそうだった」

「……」

否定。

できなかった。

「だから」

陽向が。

俯く。

「言えなかった」

「それ」

私は。

小さく言う。

「陽向が」

「一人で決めたんじゃん」

陽向が。

目を見開く。

「……」

「あのとき」

涙を拭う。

「私に言ったよね」

「なんで一人で全部決めるんだって」

「……うん」

「陽向も」

「同じじゃん」

何も。

言えなかった。

陽向が。

ゆっくり。

目を伏せる。

「……ごめん」

今度は。

ちゃんと。

謝った。

私は。

首を振らなかった。

大丈夫とも。

言わなかった。

「……怖かった」

素直に。

言った。

「今日」

「先生に言われて」

「うん」

「一番最初に」

「何思った?」

陽向が聞く。

私は。

少し迷って。

答える。

「消えるのかなって」

陽向の顔が。

強張った。

「私」

自分の胸を。

押さえる。

「紗良さんが戻ってきたら」

「どうなるんだろうって」

「……」

「高瀬美月って」

「どこに行くんだろうって」

涙が。

また。

落ちる。

「怖い」

「うん」

「すごく怖い」

「うん」

「だって」

声が。

崩れる。

「やっと」

「幸せになりたいって」

「思えたのに」

陽向の目が。

揺れる。

「星にも」

「また会えるようになって」

「仕事も」

「少しずつ楽しくなって」

「陽向と」

喉が。

詰まる。

「やっと」

「好きって言えて」

「付き合えて」

「キスして」

「……」

「これから」

涙を。

止められない。

「これからだったのに」

陽向の手が。

伸びてくる。

でも。

途中で。

止まる。

勝手に。

抱きしめない。

私が。

どうしたいかを。

待っている。

私は。

その手を見て。

自分から。

陽向に。

近づいた。

次の瞬間。

強く。

抱きしめられた。

「……消えたくない」

陽向の胸で。

言った。

「うん」

「私」

「消えたくない」

「うん」

「生きたい」

「うん」

「陽向のそばに」

服を。

強く掴む。

「いたい」

陽向の腕に。

力が入った。

「俺も」

声が。

震えている。

「美月に」

「いてほしい」

「……」

「ずっと」

胸が。

痛いほど。

温かくなる。

でも。

怖さは。

消えない。

「でも」

私は。

顔を上げる。

「もし」

「……」

「本当に」

言いたくない。

でも。

言わなきゃ。

「紗良さんが戻ってきたら?」

陽向が。

黙った。

「そのとき」

「私は?」

「……」

「私が消えたら」

声が。

震える。

「陽向は」

その先を。

聞くのが。

怖い。

でも。

聞いた。

「紗良さんが戻ってきたら」

「嬉しい?」

陽向の顔が。

苦しそうに歪んだ。

「美月」

「答えて」

「……」

「今の陽向は」

私は。

涙を拭う。

「どう思うの?」

長い。

沈黙。

そして。

陽向は。

逃げなかった。

「紗良に」

静かに。

言う。

「会いたい気持ちはある」

胸が。

ちくりと痛む。

「……うん」

「一回でいいから」

「話したい」

「うん」

「謝りたいし」

「ありがとうも」

「言いたい」

「……うん」

「でも」

陽向が。

私の肩を。

そっと掴む。

「紗良が戻る代わりに」

「美月が消えるなら」

声が。

震える。

「俺は」

一度。

息を飲む。

「そんなの」

「嫌だ」

涙が。

止まる。

「……」

「今は」

陽向が。

はっきり言った。

「美月にいてほしい」

「……陽向」

「それを」

「紗良に悪いとか」

「俺が薄情だとか」

「言われても」

少し。

苦しそうに。

笑う。

「もう仕方ない」

「……」

「だって」

私を見る。

「好きになっちゃったから」

胸が。

大きく。

鳴った。

「紗良が大切だったことと」

「美月が好きなこと」

「俺の中では」

「両方本当」

「……」

「でも」

陽向の親指が。

私の涙を。

拭う。

「今」

「俺が一緒にいたいのは」

「美月」

涙が。

また。

溢れた。

「……うん」

「だから」

陽向が。

少しだけ。

額を。

私の額に寄せる。

「まだ起きてないことで」

「勝手にいなくなるなよ」

「……」

「もし何か起きたら」

「そのとき」

「一緒に考える」

また。

二人で。

「……うん」

私は。

泣きながら。

頷いた。

「約束する」

「何を?」

「一人で」

「いなくならない」

陽向が。

少し。

笑った。

「うん」

「怖くなったら」

「ちゃんと言う」

「うん」

「大丈夫じゃないって」

「ちゃんと言う」

「……うん」

陽向が。

私の頭を。

優しく撫でる。

「それでいい」

◇◇◇

その夜。

陽向は。

私の部屋にいた。

今日は。

珍しく。

テレビも。

ゲームも。

つけていない。

二人で。

ソファに座って。

手を繋いでいる。

「ねえ」

私が言う。

「何?」

「もし」

「うん」

「明日」

「私が」

陽向の手に。

少し力を込める。

「美月じゃなくなってたら」

陽向の顔が。

曇る。

「美月」

「最後まで聞いて」

「……うん」

「もし」

「私の記憶がなくなって」

「紗良さんになってたら」

「……」

「陽向」

喉が。

苦しい。

「私のこと」

「忘れないでね」

陽向が。

何も言わない。

その目が。

少し。

赤くなる。

「忘れるわけないだろ」

「……」

「美月が」

指を絡める。

「何が好きだったか」

「……」

「チーズケーキ」

「うん」

「ピンク」

「うん」

「歌うの好き」

「……うん」

「ラーメン」

「うん」

「俺の唐揚げじゃなくて」

「私が作った唐揚げでしょ」

「そうそれ」

泣きながら。

笑ってしまう。

「すぐ謝る」

「最近減った」

「『でも』多い」

「それも減った」

「テレビ見て笑うと声でかい」

「それ悪口」

「俺のこと」

陽向が。

少しだけ。

笑う。

「めちゃくちゃ好き」

「……」

顔が。

熱くなる。

「それ」

「忘れないで」

私は。

小さく言った。

「絶対」

陽向が。

私の手を。

強く握る。

「忘れない」

そして。

少しだけ。

声を震わせた。

「だから」

「美月も」

「勝手に最後みたいなこと言うな」

「……ごめん」

「……」

「あ」

また。

謝った。

陽向が。

少し笑う。

「今のは許す」

私は。

陽向の肩へ。

頭を預けた。

怖い。

まだ。

怖い。

でも。

一人ではない。

そのことが。

今日。

何より。

救いだった。

◇◇◇

夜。

陽向が帰ったあと。

私は。

寝室の鏡を見た。

そこには。

いつもの。

紗良の顔。

「……紗良さん」

声をかける。

返事はない。

「もし」

胸に。

手を置く。

「あなたが」

「本当に戻ってくる日が来たら」

少し。

涙が滲む。

「私は」

「どうなるのかな」

分からない。

でも。

一つだけ。

今は。

言える。

「まだ」

鏡の中。

自分を見る。

「渡したくない」

この人生を。

陽向との時間を。

星とまた会えるようになった未来を。

「私」

少し。

震えながら。

言った。

「生きたい」

以前なら。

そんなことを思う自分を。

醜いと思ったかもしれない。

紗良の身体なのに。

私が残りたいなんて。

でも。

今は。

違う。

紗良自身が。

言ってくれた。

――あなたの人生を。

だから。

私は。

自分のために。

願う。

「消えたくない」

「高瀬美月として」

「もっと」

涙を拭う。

「生きたい」

その夜。

私は。

初めて。

未来を失うことを。

心から。

怖いと思った。

それは。

きっと。

今の人生を。

ようやく。

大切だと思えるようになった。

証拠だった。
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