目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~
第47話 プロポーズするなら、高瀬美月に
「……結婚」
その言葉を。
口にしてしまってから。
陽向は。
一人。
固まっていた。
「……」
スマートフォンには。
あの日の写真。
美月。
五人の子どもたち。
その父親。
そして。
自分。
「いや」
誰もいない楽屋で。
陽向は。
小さく首を振る。
「待て待て待て」
付き合って。
まだ。
そんなに長くない。
ようやく。
美月が。
子どもたちと。
もう一度。
繋がれたところ。
熱愛報道だって。
出たばかり。
今。
結婚なんて。
早い。
「……早いよな」
なのに。
写真を。
もう一度見る。
数年後。
この写真の中に。
自分が。
当たり前に。
いたら。
そう思う。
付き合いたい。
だけじゃない。
会いたい。
だけでもない。
帰る場所に。
なりたい。
美月が。
嬉しい日も。
しんどい日も。
子どもたちのことで。
泣いた日も。
仕事で。
悩んだ日も。
全部。
一番近くで。
聞きたい。
「……やっぱ」
陽向は。
額を。
机につけた。
「結婚したいんじゃん、俺」
自覚した瞬間。
余計に。
恥ずかしくなった。
◇◇◇
「陽向」
その日の夜。
私の部屋へ来た陽向は。
明らかに。
おかしかった。
「何?」
「……何が?」
「さっきから」
私は。
陽向を見る。
「私の左手ばっかり見てる」
「え!?」
分かりやすい。
「見てない!」
「見てる」
「見てない!」
「じゃあ」
左手を。
後ろに隠す。
陽向の目が。
追う。
「ほら」
「……」
「何?」
「別に」
怪しい。
ものすごく。
怪しい。
でも。
聞いても。
教えてくれなさそう。
私は。
それ以上。
追及しなかった。
「まあいいけど」
「うん」
陽向が。
妙に。
ほっとする。
本当に。
何なんだろう。
◇◇◇
その日は。
二人で。
夕飯を作った。
「玉ねぎお願い」
「俺?」
「他に誰がいるの?」
「美月」
「私ほかのことしてる」
「俺」
「玉ねぎ苦手なんだけど」
「知ってる」
「目痛い」
「頑張れ」
「彼氏に冷たくない?」
「料理中です」
いつもの。
時間。
くだらない。
やり取り。
でも。
陽向は。
何度も。
私を見ていた。
「……ねえ」
「何?」
「本当にどうしたの?」
「いや」
包丁を。
止める。
少し。
迷っている顔。
「美月って」
「うん」
「これから」
「どうなりたい?」
「え?」
急な。
質問。
「何?」
「人生」
「範囲広すぎない?」
「例えば」
陽向が。
少し。
言いにくそうにする。
「仕事とか」
「子どもたちとか」
「俺とか」
最後だけ。
声が。
小さい。
私は。
火を。
少し弱めた。
「そうだなあ」
考える。
以前だったら。
きっと。
子どもたちが。
幸せなら。
陽向が。
幸せなら。
そう。
答えていた。
でも。
今は。
違う。
「仕事は」
「うん」
「続けたい」
「うん」
「女優として」
「まだ」
「できること」
「いっぱいあると思うから」
陽向が。
嬉しそうに。
頷く。
「子どもたちは?」
「会える関係を」
「続けたい」
「……うん」
「前みたいに」
「毎日一緒には」
「いられないけど」
「それでも」
私は。
少し笑う。
「ママでいたい」
「うん」
「で」
陽向が。
少し。
緊張したように。
聞く。
「俺は?」
思わず。
笑った。
「一番聞きたかったのそこ?」
「違う!」
「顔に書いてある」
「書いてない!」
「ふふっ」
でも。
私は。
ちゃんと。
答える。
「陽向とは」
「うん」
「これからも」
「一緒にいたい」
陽向が。
静かになる。
「ずっと?」
「……」
その言葉。
少し。
重い。
でも。
嫌じゃない。
私は。
陽向を見る。
「うん」
「できれば」
「ずっと」
陽向が。
完全に。
黙った。
「陽向?」
「……ヤバい」
「何が?」
「いや」
玉ねぎを。
切りながら。
「目痛い」
「泣いてる?」
「玉ねぎ!」
「本当に?」
「玉ねぎだから!」
絶対。
違う気がする。
◇◇◇
夕飯のあと。
ソファで。
二人。
並んでいた。
陽向は。
まだ。
何か。
考えている。
「美月」
「何?」
「変なこと」
「聞いていい?」
「内容による」
「もし」
少し。
間。
「俺と」
「結婚するとしたら」
心臓が。
止まった。
「……」
陽向も。
言ったあとで。
固まる。
「いや!」
急に。
両手を振る。
「今のプロポーズじゃないから!」
「分かってる!」
私の顔も。
一気に。
熱くなる。
「仮定!」
「仮定ね!」
「そう!」
「うん!」
二人。
妙に。
大声。
しばらく。
沈黙。
「……で」
私が。
先に。
口を開く。
「何を」
「聞きたかったの?」
陽向が。
少し。
真面目な顔になる。
「名前」
「……名前?」
「もし」
「結婚することになったら」
陽向が。
ゆっくり。
言う。
「戸籍上は」
「一ノ瀬紗良だろ」
胸が。
少し。
痛んだ。
そう。
今。
社会の中に。
存在しているのは。
一ノ瀬紗良。
高瀬美月は。
死んだことに。
なっている。
「うん」
「だから」
陽向は。
言葉を。
選ぶ。
「俺と結婚したら」
「書類には」
「一ノ瀬紗良って」
「書くことになる」
「……うん」
「それ」
「美月は」
一度。
息を吸う。
「嫌じゃない?」
その質問に。
私は。
すぐには。
答えられなかった。
◇◇◇
一ノ瀬紗良。
この身体を。
生きた人。
陽向を。
ずっと好きだった人。
そして。
私に。
この人生を。
託してくれた人。
私は。
紗良を。
嫌いじゃない。
むしろ。
今は。
とても。
大切に思っている。
でも。
もし。
陽向と。
結婚する日が。
来たとして。
書類に。
『一ノ瀬紗良』
と。
書かれたら。
それは。
誰の結婚なんだろう。
「……ちょっと」
私は。
正直に言った。
「怖いかも」
「うん」
「だって」
自分の手を見る。
「陽向が」
「結婚する相手は」
「私なのに」
「うん」
「書類では」
「紗良になる」
「……」
「それ見たら」
「私」
一瞬。
言葉に詰まる。
「また」
「私は誰なんだろうって」
「思うかもしれない」
陽向は。
黙って。
聞いている。
「紗良が嫌だからじゃないよ」
「分かってる」
「うん」
「でも」
私は。
胸に手を置く。
「私は」
「高瀬美月として」
「陽向を好きになった」
「……うん」
「だから」
「もし」
声が。
少し。
震える。
「結婚するなら」
「高瀬美月として」
「結婚したい」
陽向の目が。
揺れた。
「……そっか」
「無理なのは」
「分かってるけど」
「いや」
陽向が。
すぐに。
首を振る。
「無理って」
「決めなくていい」
「でも」
「書類の名前が」
「紗良でも」
陽向が。
私の手を。
握る。
「俺が」
「プロポーズする相手は」
「高瀬美月だよ」
心臓が。
強く。
鳴った。
「……」
「結婚式するとしても」
「指輪渡すとしても」
「誓うとしても」
真っ直ぐ。
私を見る。
「俺が」
「一緒に生きたいって」
「言うのは」
「美月」
涙が。
滲んだ。
「陽向」
「俺」
少し。
笑う。
「そこ」
「絶対」
「間違えないから」
私は。
泣きながら。
笑った。
「……まだ」
「結婚するって」
「決まってないけどね」
「そう!」
陽向が。
一気に。
慌てる。
「仮定だから!」
「うん」
「今日のは」
「絶対」
「プロポーズじゃないからな!」
「分かったって」
「マジで!」
「しつこい」
「だって!」
陽向が。
頭を抱える。
「俺」
「ちゃんと」
「もっと」
「かっこよくしたいんだよ!」
「……」
私は。
止まった。
陽向も。
止まった。
「……何を?」
「……」
「陽向」
「……」
「今」
「ちゃんと」
「もっとかっこよく」
「何をするって?」
陽向が。
顔を。
真っ赤にする。
「知らない!」
「言ったよね?」
「言ってない!」
「言った!」
「美月!」
「何?」
「忘れて!」
「無理!」
「うわあああ!」
ソファへ。
突っ伏した。
私は。
声を上げて。
笑った。
◇◇◇
でも。
笑いながら。
胸の奥は。
ずっと。
温かかった。
結婚。
考えたこと。
なかった。
今の身体になって。
目を覚ましたころは。
今日を。
生きるだけで。
精一杯だった。
自分が。
誰なのか。
子どもたちに。
会えるのか。
陽向のそばに。
いていいのか。
そればかり。
考えていた。
でも。
いつの間にか。
未来を。
考えられるところまで。
来た。
一年後。
五年後。
十年後。
そこに。
陽向が。
いてほしいと。
思っている。
それが。
嬉しくて。
少し。
怖い。
◇◇◇
「ねえ」
しばらくして。
私は。
陽向へ。
声をかけた。
「何?」
まだ。
ソファに。
顔を埋めている。
「もし」
「……」
「いつか」
少し。
緊張する。
「本当に」
「プロポーズしてくれるなら」
陽向が。
ゆっくり。
顔を上げた。
私は。
笑う。
「一個だけ」
「お願いしていい?」
「……何?」
「紗良じゃなくて」
胸に。
手を置く。
「美月に」
陽向の表情が。
柔らかくなる。
「うん」
「高瀬美月に」
「言って」
陽向は。
迷わず。
頷いた。
「分かった」
「……」
「絶対」
「美月に言う」
その返事。
それだけで。
十分だった。
今は。
◇◇◇
数日後。
陽向は。
ASTERのメンバーの一人と。
二人で。
仕事をしていた。
休憩中。
「なあ」
「何?」
陽向が。
妙に。
真剣な顔で。
聞く。
「プロポーズって」
「……」
相手が。
ゆっくり。
陽向を見る。
「誰がするの?」
「一般論!」
「一般論で」
「そんな真顔する?」
「いいから!」
「いつがいいと思う?」
「知らん」
「場所は?」
「知らん」
「指輪は?」
「自分で考えろ」
「冷た!」
そのメンバーは。
ため息をついた。
「お前」
「もう完全に」
「する気じゃん」
「……」
陽向が。
黙る。
「まだ」
「今すぐじゃない」
「うん」
「美月」
「やっと」
「子どもたちと」
「会えるようになったばっかだし」
「……」
「熱愛報道も」
「まだ」
「完全に落ち着いてない」
「うん」
「だから」
陽向は。
スマートフォンの。
写真を見る。
「ちゃんと」
「タイミングは」
「考えたい」
「……」
メンバーが。
少しだけ。
笑う。
「珍しいな」
「何が?」
「お前」
「勢いで」
「行きそうなのに」
「失礼だな!」
「でも」
相手が。
少し。
真面目になる。
「大事なんだろ」
陽向は。
写真の中の。
美月を見る。
「うん」
迷わなかった。
「めちゃくちゃ」
「じゃあ」
「焦んなきゃいい」
「……」
「結婚って」
「プロポーズした瞬間より」
「そのあと」
「長いんだから」
陽向が。
少し。
目を丸くする。
「……いいこと言うじゃん」
「俺を誰だと思ってんの?」
「分かんない」
「おい」
二人で。
笑った。
でも。
陽向の中には。
もう。
一つの。
はっきりした気持ちが。
あった。
いつか。
その日が。
来たら。
一ノ瀬紗良ではなく。
高瀬美月に。
ちゃんと。
言う。
◇◇◇
その夜。
私は。
鏡の前に。
立っていた。
映っているのは。
一ノ瀬紗良。
でも。
もう。
それだけではない。
この顔で。
泣いた。
笑った。
陽向を。
好きになった。
星に。
ママだと。
伝えた。
五人の子どもたちと。
もう一度。
繋がった。
そして。
今。
未来を。
考えている。
私は。
鏡の中の。
自分に。
小さく。
言った。
「高瀬美月」
以前なら。
違和感が。
あったかもしれない。
でも。
今は。
自然だった。
「三十四歳」
少し。
笑う。
「五人の子どものママ」
そして。
もう一つ。
「天城陽向の」
そこまで。
言って。
顔が。
熱くなる。
「……彼女」
まだ。
妻じゃない。
でも。
いつか。
そういう未来が。
来るかもしれない。
その可能性を。
怖がらずに。
想像できる。
それだけで。
私は。
少し。
幸せだった。
スマートフォンが。
震える。
陽向から。
『おやすみ、美月』
私は。
笑う。
『おやすみ、陽向』
送ったあと。
すぐ。
もう一通。
『ずっと一緒にいような』
胸が。
鳴った。
私は。
少しだけ。
迷って。
でも。
ちゃんと。
返した。
『うん。私もそうしたい』
送信。
今は。
それでいい。
約束でも。
契約でも。
ない。
ただ。
二人が。
同じ未来を。
見始めた。
それだけで。
十分。
そして。
陽向は。
まだ。
私に。
言わない。
あの日から。
ひそかに。
プロポーズの方法を。
本気で。
考え始めていることを。
その言葉を。
口にしてしまってから。
陽向は。
一人。
固まっていた。
「……」
スマートフォンには。
あの日の写真。
美月。
五人の子どもたち。
その父親。
そして。
自分。
「いや」
誰もいない楽屋で。
陽向は。
小さく首を振る。
「待て待て待て」
付き合って。
まだ。
そんなに長くない。
ようやく。
美月が。
子どもたちと。
もう一度。
繋がれたところ。
熱愛報道だって。
出たばかり。
今。
結婚なんて。
早い。
「……早いよな」
なのに。
写真を。
もう一度見る。
数年後。
この写真の中に。
自分が。
当たり前に。
いたら。
そう思う。
付き合いたい。
だけじゃない。
会いたい。
だけでもない。
帰る場所に。
なりたい。
美月が。
嬉しい日も。
しんどい日も。
子どもたちのことで。
泣いた日も。
仕事で。
悩んだ日も。
全部。
一番近くで。
聞きたい。
「……やっぱ」
陽向は。
額を。
机につけた。
「結婚したいんじゃん、俺」
自覚した瞬間。
余計に。
恥ずかしくなった。
◇◇◇
「陽向」
その日の夜。
私の部屋へ来た陽向は。
明らかに。
おかしかった。
「何?」
「……何が?」
「さっきから」
私は。
陽向を見る。
「私の左手ばっかり見てる」
「え!?」
分かりやすい。
「見てない!」
「見てる」
「見てない!」
「じゃあ」
左手を。
後ろに隠す。
陽向の目が。
追う。
「ほら」
「……」
「何?」
「別に」
怪しい。
ものすごく。
怪しい。
でも。
聞いても。
教えてくれなさそう。
私は。
それ以上。
追及しなかった。
「まあいいけど」
「うん」
陽向が。
妙に。
ほっとする。
本当に。
何なんだろう。
◇◇◇
その日は。
二人で。
夕飯を作った。
「玉ねぎお願い」
「俺?」
「他に誰がいるの?」
「美月」
「私ほかのことしてる」
「俺」
「玉ねぎ苦手なんだけど」
「知ってる」
「目痛い」
「頑張れ」
「彼氏に冷たくない?」
「料理中です」
いつもの。
時間。
くだらない。
やり取り。
でも。
陽向は。
何度も。
私を見ていた。
「……ねえ」
「何?」
「本当にどうしたの?」
「いや」
包丁を。
止める。
少し。
迷っている顔。
「美月って」
「うん」
「これから」
「どうなりたい?」
「え?」
急な。
質問。
「何?」
「人生」
「範囲広すぎない?」
「例えば」
陽向が。
少し。
言いにくそうにする。
「仕事とか」
「子どもたちとか」
「俺とか」
最後だけ。
声が。
小さい。
私は。
火を。
少し弱めた。
「そうだなあ」
考える。
以前だったら。
きっと。
子どもたちが。
幸せなら。
陽向が。
幸せなら。
そう。
答えていた。
でも。
今は。
違う。
「仕事は」
「うん」
「続けたい」
「うん」
「女優として」
「まだ」
「できること」
「いっぱいあると思うから」
陽向が。
嬉しそうに。
頷く。
「子どもたちは?」
「会える関係を」
「続けたい」
「……うん」
「前みたいに」
「毎日一緒には」
「いられないけど」
「それでも」
私は。
少し笑う。
「ママでいたい」
「うん」
「で」
陽向が。
少し。
緊張したように。
聞く。
「俺は?」
思わず。
笑った。
「一番聞きたかったのそこ?」
「違う!」
「顔に書いてある」
「書いてない!」
「ふふっ」
でも。
私は。
ちゃんと。
答える。
「陽向とは」
「うん」
「これからも」
「一緒にいたい」
陽向が。
静かになる。
「ずっと?」
「……」
その言葉。
少し。
重い。
でも。
嫌じゃない。
私は。
陽向を見る。
「うん」
「できれば」
「ずっと」
陽向が。
完全に。
黙った。
「陽向?」
「……ヤバい」
「何が?」
「いや」
玉ねぎを。
切りながら。
「目痛い」
「泣いてる?」
「玉ねぎ!」
「本当に?」
「玉ねぎだから!」
絶対。
違う気がする。
◇◇◇
夕飯のあと。
ソファで。
二人。
並んでいた。
陽向は。
まだ。
何か。
考えている。
「美月」
「何?」
「変なこと」
「聞いていい?」
「内容による」
「もし」
少し。
間。
「俺と」
「結婚するとしたら」
心臓が。
止まった。
「……」
陽向も。
言ったあとで。
固まる。
「いや!」
急に。
両手を振る。
「今のプロポーズじゃないから!」
「分かってる!」
私の顔も。
一気に。
熱くなる。
「仮定!」
「仮定ね!」
「そう!」
「うん!」
二人。
妙に。
大声。
しばらく。
沈黙。
「……で」
私が。
先に。
口を開く。
「何を」
「聞きたかったの?」
陽向が。
少し。
真面目な顔になる。
「名前」
「……名前?」
「もし」
「結婚することになったら」
陽向が。
ゆっくり。
言う。
「戸籍上は」
「一ノ瀬紗良だろ」
胸が。
少し。
痛んだ。
そう。
今。
社会の中に。
存在しているのは。
一ノ瀬紗良。
高瀬美月は。
死んだことに。
なっている。
「うん」
「だから」
陽向は。
言葉を。
選ぶ。
「俺と結婚したら」
「書類には」
「一ノ瀬紗良って」
「書くことになる」
「……うん」
「それ」
「美月は」
一度。
息を吸う。
「嫌じゃない?」
その質問に。
私は。
すぐには。
答えられなかった。
◇◇◇
一ノ瀬紗良。
この身体を。
生きた人。
陽向を。
ずっと好きだった人。
そして。
私に。
この人生を。
託してくれた人。
私は。
紗良を。
嫌いじゃない。
むしろ。
今は。
とても。
大切に思っている。
でも。
もし。
陽向と。
結婚する日が。
来たとして。
書類に。
『一ノ瀬紗良』
と。
書かれたら。
それは。
誰の結婚なんだろう。
「……ちょっと」
私は。
正直に言った。
「怖いかも」
「うん」
「だって」
自分の手を見る。
「陽向が」
「結婚する相手は」
「私なのに」
「うん」
「書類では」
「紗良になる」
「……」
「それ見たら」
「私」
一瞬。
言葉に詰まる。
「また」
「私は誰なんだろうって」
「思うかもしれない」
陽向は。
黙って。
聞いている。
「紗良が嫌だからじゃないよ」
「分かってる」
「うん」
「でも」
私は。
胸に手を置く。
「私は」
「高瀬美月として」
「陽向を好きになった」
「……うん」
「だから」
「もし」
声が。
少し。
震える。
「結婚するなら」
「高瀬美月として」
「結婚したい」
陽向の目が。
揺れた。
「……そっか」
「無理なのは」
「分かってるけど」
「いや」
陽向が。
すぐに。
首を振る。
「無理って」
「決めなくていい」
「でも」
「書類の名前が」
「紗良でも」
陽向が。
私の手を。
握る。
「俺が」
「プロポーズする相手は」
「高瀬美月だよ」
心臓が。
強く。
鳴った。
「……」
「結婚式するとしても」
「指輪渡すとしても」
「誓うとしても」
真っ直ぐ。
私を見る。
「俺が」
「一緒に生きたいって」
「言うのは」
「美月」
涙が。
滲んだ。
「陽向」
「俺」
少し。
笑う。
「そこ」
「絶対」
「間違えないから」
私は。
泣きながら。
笑った。
「……まだ」
「結婚するって」
「決まってないけどね」
「そう!」
陽向が。
一気に。
慌てる。
「仮定だから!」
「うん」
「今日のは」
「絶対」
「プロポーズじゃないからな!」
「分かったって」
「マジで!」
「しつこい」
「だって!」
陽向が。
頭を抱える。
「俺」
「ちゃんと」
「もっと」
「かっこよくしたいんだよ!」
「……」
私は。
止まった。
陽向も。
止まった。
「……何を?」
「……」
「陽向」
「……」
「今」
「ちゃんと」
「もっとかっこよく」
「何をするって?」
陽向が。
顔を。
真っ赤にする。
「知らない!」
「言ったよね?」
「言ってない!」
「言った!」
「美月!」
「何?」
「忘れて!」
「無理!」
「うわあああ!」
ソファへ。
突っ伏した。
私は。
声を上げて。
笑った。
◇◇◇
でも。
笑いながら。
胸の奥は。
ずっと。
温かかった。
結婚。
考えたこと。
なかった。
今の身体になって。
目を覚ましたころは。
今日を。
生きるだけで。
精一杯だった。
自分が。
誰なのか。
子どもたちに。
会えるのか。
陽向のそばに。
いていいのか。
そればかり。
考えていた。
でも。
いつの間にか。
未来を。
考えられるところまで。
来た。
一年後。
五年後。
十年後。
そこに。
陽向が。
いてほしいと。
思っている。
それが。
嬉しくて。
少し。
怖い。
◇◇◇
「ねえ」
しばらくして。
私は。
陽向へ。
声をかけた。
「何?」
まだ。
ソファに。
顔を埋めている。
「もし」
「……」
「いつか」
少し。
緊張する。
「本当に」
「プロポーズしてくれるなら」
陽向が。
ゆっくり。
顔を上げた。
私は。
笑う。
「一個だけ」
「お願いしていい?」
「……何?」
「紗良じゃなくて」
胸に。
手を置く。
「美月に」
陽向の表情が。
柔らかくなる。
「うん」
「高瀬美月に」
「言って」
陽向は。
迷わず。
頷いた。
「分かった」
「……」
「絶対」
「美月に言う」
その返事。
それだけで。
十分だった。
今は。
◇◇◇
数日後。
陽向は。
ASTERのメンバーの一人と。
二人で。
仕事をしていた。
休憩中。
「なあ」
「何?」
陽向が。
妙に。
真剣な顔で。
聞く。
「プロポーズって」
「……」
相手が。
ゆっくり。
陽向を見る。
「誰がするの?」
「一般論!」
「一般論で」
「そんな真顔する?」
「いいから!」
「いつがいいと思う?」
「知らん」
「場所は?」
「知らん」
「指輪は?」
「自分で考えろ」
「冷た!」
そのメンバーは。
ため息をついた。
「お前」
「もう完全に」
「する気じゃん」
「……」
陽向が。
黙る。
「まだ」
「今すぐじゃない」
「うん」
「美月」
「やっと」
「子どもたちと」
「会えるようになったばっかだし」
「……」
「熱愛報道も」
「まだ」
「完全に落ち着いてない」
「うん」
「だから」
陽向は。
スマートフォンの。
写真を見る。
「ちゃんと」
「タイミングは」
「考えたい」
「……」
メンバーが。
少しだけ。
笑う。
「珍しいな」
「何が?」
「お前」
「勢いで」
「行きそうなのに」
「失礼だな!」
「でも」
相手が。
少し。
真面目になる。
「大事なんだろ」
陽向は。
写真の中の。
美月を見る。
「うん」
迷わなかった。
「めちゃくちゃ」
「じゃあ」
「焦んなきゃいい」
「……」
「結婚って」
「プロポーズした瞬間より」
「そのあと」
「長いんだから」
陽向が。
少し。
目を丸くする。
「……いいこと言うじゃん」
「俺を誰だと思ってんの?」
「分かんない」
「おい」
二人で。
笑った。
でも。
陽向の中には。
もう。
一つの。
はっきりした気持ちが。
あった。
いつか。
その日が。
来たら。
一ノ瀬紗良ではなく。
高瀬美月に。
ちゃんと。
言う。
◇◇◇
その夜。
私は。
鏡の前に。
立っていた。
映っているのは。
一ノ瀬紗良。
でも。
もう。
それだけではない。
この顔で。
泣いた。
笑った。
陽向を。
好きになった。
星に。
ママだと。
伝えた。
五人の子どもたちと。
もう一度。
繋がった。
そして。
今。
未来を。
考えている。
私は。
鏡の中の。
自分に。
小さく。
言った。
「高瀬美月」
以前なら。
違和感が。
あったかもしれない。
でも。
今は。
自然だった。
「三十四歳」
少し。
笑う。
「五人の子どものママ」
そして。
もう一つ。
「天城陽向の」
そこまで。
言って。
顔が。
熱くなる。
「……彼女」
まだ。
妻じゃない。
でも。
いつか。
そういう未来が。
来るかもしれない。
その可能性を。
怖がらずに。
想像できる。
それだけで。
私は。
少し。
幸せだった。
スマートフォンが。
震える。
陽向から。
『おやすみ、美月』
私は。
笑う。
『おやすみ、陽向』
送ったあと。
すぐ。
もう一通。
『ずっと一緒にいような』
胸が。
鳴った。
私は。
少しだけ。
迷って。
でも。
ちゃんと。
返した。
『うん。私もそうしたい』
送信。
今は。
それでいい。
約束でも。
契約でも。
ない。
ただ。
二人が。
同じ未来を。
見始めた。
それだけで。
十分。
そして。
陽向は。
まだ。
私に。
言わない。
あの日から。
ひそかに。
プロポーズの方法を。
本気で。
考え始めていることを。