目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~
第55話 婚約、バレました
それは。
主演ドラマの。
撮影が始まって。
少し経った。
ある朝のことだった。
まだ。
目覚ましが鳴る前。
スマートフォンが。
何度も。
震えていた。
「……ん」
寝ぼけたまま。
手を伸ばす。
着信。
事務所。
その下。
陽向。
マネージャー。
そして。
星。
「……何?」
一気に。
目が覚めた。
こんな時間に。
これだけ。
連絡が来るなんて。
嫌な予感しかしない。
まず。
事務所からの。
着信へ。
折り返す。
「もしもし」
『一ノ瀬さん』
声が。
硬い。
「はい」
『今』
『ご自宅ですか?』
「はい」
『SNSは』
『見ました?』
「……まだ」
一瞬。
間。
『見ないでください』
胸が。
ざわついた。
「何があったんですか?」
『週刊誌から』
『昨日』
『問い合わせが来ました』
「……」
また。
陽向とのこと?
私は。
ベッドの上で。
身体を起こした。
「内容は?」
『天城さんが』
『ジュエリーショップへ』
『出入りしていた件です』
心臓が。
止まった。
「……え?」
『写真を』
『撮られています』
指輪。
頭に。
最初に。
浮かんだ。
陽向が。
私へ。
プロポーズするために。
星と。
選んでくれた。
あの。
婚約指輪。
「それって……」
『記事では』
担当者が。
ゆっくり。
言う。
『婚約指輪を購入したのではないか』
『と』
『書かれる予定です』
「……」
血の気が。
引いていく。
まだ。
公表しない。
そう。
決めたばかりだった。
主演ドラマ。
ASTERの仕事。
一区切りついてから。
ちゃんと。
準備して。
陽向自身の。
言葉で。
伝える。
そのはずだった。
なのに。
『それと』
「……まだあるんですか?」
『天城さんと一緒に』
『若い女性が』
『店へ入った写真もあります』
息が。
止まった。
星。
「顔は!?」
思わず。
声が。
大きくなる。
『落ち着いて』
「星の顔は」
「写ってますか!?」
『……一ノ瀬さん』
もう。
隠せない。
私は。
唇を噛む。
『天城さん側から』
『その女性について』
『一般人に近い立場の方なので』
『絶対に身元を出さないよう』
『すでに申し入れています』
「……」
一般人に。
近い。
星は。
モデル活動を。
始めている。
完全な一般人ではない。
もし。
調べられたら。
私との。
仕事の繋がりも。
出てくる。
さらに。
星の家族。
高瀬家。
そこまで。
辿られたら。
「……嫌」
声が。
震えた。
『一ノ瀬さん』
「子どもたちは」
「関係ないです」
『分かっています』
「絶対」
「出さないでください」
『はい』
「お願いします」
『その件も含めて』
『今日』
『緊急で』
『両事務所と話し合います』
「……はい」
電話が。
切れた。
◇◇◇
私は。
しばらく。
動けなかった。
まだ。
左手には。
昨日。
寝る前につけた。
指輪。
小さな石が。
朝の光を。
反射している。
こんなに。
嬉しかったものが。
突然。
怖いものに。
見えそうになる。
その瞬間。
また。
スマートフォン。
陽向。
私は。
すぐに。
出た。
「陽向」
『美月』
声が。
いつもと違う。
「聞いた」
『うん』
「星は?」
『今』
『俺からも』
『連絡した』
「大丈夫?」
『顔は』
『帽子とマスクで』
『はっきり分かる写真じゃない』
少し。
息が。
戻る。
『でも』
「うん」
『絶対とは』
『言えない』
「……」
『ごめん』
「陽向」
『俺が』
「違う」
すぐに。
止めた。
「謝らないで」
『でも』
「私も」
指輪を見る。
「陽向と」
「一緒に選びに行ってって」
「星に」
「関わってもらった」
『……』
「だから」
一度。
息を吸う。
「陽向一人のせいじゃない」
電話の向こう。
少し。
静かになる。
『……うん』
「一緒に」
「考えよ」
自分で。
言えた。
陽向が。
小さく。
『うん』
と。
返した。
◇◇◇
午前。
会議室。
私。
陽向。
それぞれの。
事務所。
マネージャー。
広報。
前より。
人数が多い。
机の上。
週刊誌から。
送られてきた。
記事の。
ゲラ。
見出し。
――ASTER天城陽向、極秘ジュエリー店訪問。
――一ノ瀬紗良との交際は結婚秒読み?
「……」
写真。
店から。
出てくる。
陽向。
手には。
小さな。
紙袋。
そして。
数分後。
別の出口から。
出る。
星。
顔は。
ほとんど。
見えていない。
でも。
私には。
分かる。
「記事本文では」
広報担当が。
説明する。
「同伴女性については」
「知人女性」
「とだけ」
「書く予定のようです」
陽向が。
すぐに。
言う。
「それも」
「できれば」
「載せてほしくないです」
「申し入れています」
「……お願いします」
陽向の。
声が。
硬い。
「ただ」
広報担当が。
続ける。
「問題は」
「婚約について」
空気が。
重くなる。
「先方から」
「具体的な質問が」
「来ています」
資料。
そこには。
三つ。
質問。
『一ノ瀬紗良さんとの交際は事実か』
『ジュエリーは婚約指輪か』
『結婚の予定はあるか』
私は。
黙って。
文字を見ていた。
前なら。
どうしただろう。
否定して。
守れるなら。
否定したほうがいい。
そう。
思ったかもしれない。
でも。
今は。
それが。
正解とは。
思えない。
「対応案としては」
担当者が。
言う。
「これまで通り」
「プライベートについては」
「本人に任せています」
「で」
「通す方法」
「……」
「あるいは」
「婚約のみ否定」
陽向の顔が。
変わった。
「それは嫌です」
即答。
マネージャーが。
陽向を見る。
「分かってる」
「案として」
「出してるだけだ」
「……」
「三つ目」
担当者が。
一度。
息を吸う。
「予定を」
「前倒しして」
「交際及び婚約を」
「正式に発表する」
胸が。
大きく。
鳴った。
今?
まだ。
早い。
そう。
思っていた。
「ただし」
私の担当者が。
言う。
「発表するとなれば」
「主演ドラマ側」
「スポンサー」
「ASTER関係」
「本日中に」
「かなりの調整が」
「必要になります」
「……はい」
「そして」
「一度発表すれば」
「戻せません」
私は。
膝の上で。
手を握った。
◇◇◇
「俺は」
陽向が。
口を開いた。
「発表したいです」
全員の。
視線が。
集まる。
「陽向」
マネージャーが。
低い声。
「勢いで」
「言ってないな?」
「言ってません」
「……」
「むしろ」
陽向が。
記事を見る。
「これ以上」
「隠して」
「追いかけられるほうが」
「怖いです」
胸が。
揺れた。
「俺と美月だけなら」
「まだ」
「いい」
「……」
「よくないけど」
少し。
言い直す。
「仕事だから」
「ある程度」
「覚悟します」
「でも」
写真の。
星を見る。
「美月の」
「大事な人まで」
「追われる可能性が」
「あるなら」
「……」
「俺たちが」
「何も言わないことで」
「余計に」
「周りを」
「嗅ぎ回られるほうが」
「嫌です」
マネージャーが。
黙る。
理屈は。
分かる。
でも。
公表すれば。
今度は。
私自身が。
もっと。
追われる。
「美月」
陽向が。
私を見る。
「どう思う?」
また。
聞いてくれる。
私は。
すぐには。
答えなかった。
怖い。
ものすごく。
怖い。
でも。
一番。
嫌なのは。
何?
自分に。
聞く。
陽向の。
人気が。
落ちること?
私が。
叩かれること?
主演ドラマへ。
影響が出ること?
全部。
怖い。
でも。
一番。
嫌なのは。
「……子どもたち」
私は。
言った。
「うん」
「子どもたちのことを」
「調べられるのが」
「一番」
「嫌」
陽向が。
頷く。
「うん」
「星も」
「他の子たちも」
「前の夫も」
「……」
「私たちの」
「恋愛とは」
「関係ない」
「うん」
「だから」
私は。
記事を見る。
「私たちが」
「ちゃんと」
「事実を」
「話すことで」
「余計な詮索が」
「減らせるなら」
一度。
息を吸う。
「発表したい」
部屋が。
静かになる。
「ただ」
私は。
続けた。
「条件があります」
「何ですか?」
「家族について」
「一切」
「話さない」
「……」
「私の」
「過去のことも」
「子どもたちのことも」
「公表しない」
陽向も。
すぐ。
頷く。
「それは絶対」
「うん」
「結婚は」
私は。
陽向を見る。
「私と陽向の話として」
「伝えたい」
「うん」
その言葉に。
担当者が。
ゆっくり。
頷いた。
◇◇◇
「もう一つ」
私は。
言った。
「はい」
「発表するなら」
胸が。
少し。
速くなる。
「陽向から」
「ファンの人へ」
「ちゃんと」
「自分の言葉で」
「伝えてほしい」
陽向が。
私を見る。
「……うん」
「この前」
「言ってたでしょ」
「うん」
「変わらず応援してくださいって」
「言いたくないって」
陽向が。
小さく。
笑った。
「覚えてた?」
「覚えてるよ」
「じゃあ」
私は。
少し笑う。
「言って」
「陽向の言葉で」
「……うん」
陽向が。
真っ直ぐ。
頷いた。
「言う」
◇◇◇
話し合いは。
そこから。
何時間も。
続いた。
スポンサー。
放送局。
ASTER。
主演ドラマ。
発表するなら。
いつ。
どこから。
どういう文章で。
そして。
結論。
記事が。
発売される。
前日。
私たち自身から。
公表する。
先に。
ファンクラブ。
そのあと。
双方の。
公式サイト。
SNS。
「……明日」
私は。
呟いた。
早い。
あまりにも。
早い。
昨日まで。
まだ。
秘密だったのに。
明日には。
何万人もの人が。
知る。
「美月」
会議が。
終わったあと。
陽向が。
私の隣へ。
来る。
「怖い?」
「うん」
即答。
「陽向は?」
「めちゃくちゃ」
「……そっか」
二人。
少し。
笑った。
「でも」
陽向が。
言う。
「一緒だな」
「何が?」
「怖いの」
「……うん」
「じゃあ」
陽向が。
手を。
少し。
差し出す。
人のいない。
廊下。
私は。
その手を。
握った。
「一緒に」
「怖がろ」
その言葉。
いつか。
星が。
私に。
言ってくれた。
私は。
笑った。
「うん」
◇◇◇
その夜。
子どもたちにも。
先に。
伝えることにした。
全員。
一緒に。
ビデオ通話。
画面。
にぎやか。
「ママ!」
「何?」
「顔近い!」
「そっちでしょ」
「ママ今日仕事?」
「終わったよ」
そして。
私は。
少し。
真面目な顔になる。
「みんな」
「聞いてほしいことがある」
画面の向こう。
星は。
何となく。
察した顔。
夫も。
少し。
緊張している。
「明日」
「ママと」
「陽向が」
「結婚すること」
「みんなに」
「発表することになった」
「……」
一瞬。
静か。
そして。
「テレビ出る?」
一番小さい子。
やっぱり。
そこ。
「出るかもしれない」
「ひなたも?」
「出るかも」
「ぼくは?」
「出ません」
「なんで!」
「出なくていいの!」
みんなが。
笑う。
でも。
私は。
続ける。
「みんなのことは」
「絶対」
「話さないから」
「……」
「ママが」
「前に」
「どういう人生だったかも」
「子どもがいることも」
「世間には」
「言わない」
一人が。
聞く。
「なんで?」
「守りたいから」
私は。
まっすぐ。
答える。
「みんなは」
「芸能人じゃない」
「……」
「ママと陽向が」
「結婚することと」
「みんなの生活は」
「別だから」
夫が。
静かに。
頷く。
星が。
言う。
「私も?」
「星は」
少し。
考える。
「モデルしてるけど」
「それでも」
「私の娘だってことは」
「今は」
「言わない」
「うん」
「星が」
「自分で」
「言いたいって」
「思う日が来たら」
「また」
「一緒に考えよう」
星が。
少し。
笑った。
「分かった」
◇◇◇
「ママ」
以前。
結婚を。
少し。
複雑だと。
言っていた子が。
聞く。
「うん」
「明日」
「怖い?」
「……うん」
私は。
正直に。
答えた。
「すごく」
「じゃあ」
「やめる?」
「……」
以前なら。
この質問で。
心が。
揺れたかもしれない。
でも。
今は。
違う。
「やめない」
私は。
笑った。
「怖いけど」
「結婚したいから」
「……」
「陽向と」
「一緒にいたいから」
その子は。
少し。
考える。
そして。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
小さく。
笑う。
「頑張って」
胸が。
いっぱいになる。
「ありがとう」
◇◇◇
通話の最後。
一番小さい子が。
言った。
「ママ」
「何?」
「けっこんしたら」
「うん」
「ひなたと」
「ゲームいっぱいする?」
「それは」
「陽向に聞いて」
「じゃあ」
突然。
画面へ。
顔を。
近づける。
「ひなたー!」
「今日いないよ!」
「なんで!」
また。
みんなが。
笑った。
こんな。
普通の。
笑い声。
明日。
世間が。
何を言っても。
ここは。
守りたい。
強く。
そう思った。
◇◇◇
翌朝。
発表の日。
私は。
仕事へ行く前。
家で。
一人。
文章を。
読み返していた。
事務所と。
何度も。
確認した。
私の。
コメント。
『私事ではございますが、このたび天城陽向さんと将来を共に歩んでいくことを決めました。』
そのあと。
仕事への。
感謝。
これからも。
女優として。
作品へ。
向き合うこと。
でも。
一ヶ所だけ。
私が。
入れたいと。
お願いした。
文章。
『これからも、自分自身の人生を大切にしながら、周囲の大切な方々への感謝を忘れず、一歩ずつ歩んでまいります。』
一ノ瀬紗良として。
出す。
文章。
でも。
この言葉を。
書いたのは。
高瀬美月。
それでいい。
「……よし」
送信時刻。
午前十時。
あと。
五分。
スマートフォンが。
震える。
陽向。
『生きてる?』
私は。
思わず笑う。
『ギリギリ』
『俺も』
『文章読んだ?』
『何回も』
『俺のも?』
『読んだ』
陽向の。
ファン向けの。
言葉。
何度。
読んでも。
胸が。
熱くなった。
◇◇◇
午前十時。
まず。
ASTERの。
ファンクラブ。
陽向の。
文章が。
公開された。
私は。
画面を。
開く。
『いつも応援してくださっている皆さんへ』
その一行。
胸が。
鳴る。
『今日は、俺の言葉で伝えたいことがあります。』
『このたび、大切な人とこれからの人生を一緒に歩いていくことを決めました。』
『突然の報告で、驚かせてしまうと思います。』
『嬉しいと思ってくださる方も、寂しいと思う方も、ショックを受ける方もいると思います。』
涙が。
滲む。
陽向らしい。
『どんな気持ちになるかを、俺が決めることはできません。』
『だから、変わらず応援してくださいとは言いません。』
「……陽向」
その先。
『ただ、今まで俺を見つけて、応援して、一緒にたくさんの景色を見てくれたことに、本当に感謝しています。』
『これからも応援してくださる方には、これからも楽しんでもらえるよう全力で届けます。』
『そして、もし今回のことで距離を置こうと思う方にも、今まで本当にありがとうと伝えたいです。』
涙が。
一滴。
落ちた。
『俺は、アイドルでいることも、大切な人と生きることも、どちらも自分で選びました。』
『どちらかを適当にするつもりはありません。』
『ASTERの天城陽向として、これからも全力でステージに立ちます。』
最後。
『本当に、いつもありがとう。』
私は。
しばらく。
動けなかった。
ファンだった。
私だから。
余計に。
分かる。
これは。
陽向が。
ファンを。
手放す文章じゃない。
縛る文章でもない。
ただ。
ありがとう。
と。
伝える文章。
「……好き」
思わず。
呟いた。
◇◇◇
そして。
私の。
発表も。
公開された。
数分。
スマートフォンが。
震え始める。
通知。
通知。
通知。
怖い。
見ない。
そう。
決めていたのに。
画面の。
一部が。
目に入る。
『え!?』
『本当に結婚するの?』
『おめでとう』
『無理』
『ショック』
『泣いてる』
『でも陽向の文章読んだら何も言えない』
『幸せになって』
『まだ受け止められない』
いろんな。
言葉。
胸が。
ぎゅっとなる。
喜びだけじゃない。
当然。
でも。
陽向が。
言っていた。
どんな気持ちになるかは。
俺が。
決められない。
その通り。
「……うん」
私は。
スマートフォンを。
伏せた。
全部。
受け止めようと。
しなくていい。
今。
やること。
撮影。
私は。
立ち上がった。
◇◇◇
現場へ。
到着。
スタッフから。
「おめでとうございます」
と。
言われる。
「ありがとうございます」
何度も。
頭を下げる。
神崎も。
楽屋前で。
私を見るなり。
「おめでとう」
と。
言った。
「ありがとう」
「ついに」
少し。
笑う。
「天城さん」
「勝った顔してそう」
「何に?」
「知らない」
私は。
笑った。
すると。
神崎が。
少し。
真面目になる。
「大丈夫?」
「……」
私は。
考える。
「怖い」
「うん」
「でも」
少し笑う。
「嬉しい」
「なら」
神崎も。
笑った。
「いいんじゃない」
「うん」
◇◇◇
撮影を。
終えたころ。
陽向から。
メッセージ。
『終わった?』
『今終わった』
『俺も』
『会える?』
私は。
迷わなかった。
『会いたい』
◇◇◇
夜。
いつもの。
私の部屋。
玄関を。
開ける。
陽向。
「……」
「……」
二人。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
同時に。
「疲れた」
言った。
「ふふっ」
「あはは」
笑う。
それだけで。
力が。
抜けた。
「美月」
「うん」
「怖かった?」
「うん」
「俺も」
「反応」
「見た?」
「ちょっと」
「俺も」
陽向が。
少し。
寂しそうに。
笑う。
「やっぱ」
「離れるって」
「言ってる人」
「いる」
「……うん」
「悲しい?」
「悲しい」
即答。
「そっか」
「でも」
陽向が。
少し。
息を吐く。
「仕方ない」
「……」
「その人が」
「悪いわけでもない」
「うん」
「俺が」
「悪いとも」
「思ってない」
「うん」
「ただ」
「そういうことも」
「ある」
「……」
私は。
陽向の。
手を握った。
「でも」
「何?」
「私は」
少し。
笑う。
「今日の文章」
「すごく好きだった」
陽向の顔が。
少し。
赤くなる。
「本当?」
「うん」
「ファンだった私にも」
「ちゃんと」
「届いた」
「……」
「ありがとうって」
「言われた気がした」
陽向が。
目を。
潤ませる。
「美月」
「何?」
「俺」
「今」
「美月が」
「元ファンで」
「よかったって」
「めっちゃ思ってる」
「元じゃないよ」
「え?」
私は。
笑った。
「今も」
「天城陽向の」
「ファン」
「……」
「ただ」
陽向の。
手を。
握る。
「一番近くで」
「応援するファンになっただけ」
「……無理」
「何が?」
「今日」
「泣かせないで」
「もう泣いてるじゃん」
陽向が。
笑いながら。
私を。
抱きしめた。
◇◇◇
少しして。
私は。
婚約指輪を。
ケースから。
出した。
今日まで。
家でしか。
つけられなかった。
左手。
薬指へ。
通す。
陽向が。
じっと。
見ている。
「……美月」
「何?」
「明日」
「それ」
「つけて出る?」
心臓が。
鳴った。
今まで。
外では。
隠していた。
でも。
もう。
婚約は。
公表した。
私は。
指輪を見る。
怖い。
写真を。
撮られるかもしれない。
記事に。
なるかもしれない。
でも。
これは。
隠さなければ。
いけないものでは。
もう。
ない。
私は。
ゆっくり。
頷いた。
「うん」
陽向の。
顔が。
ぱっと。
明るくなる。
「つける」
「……マジ?」
「うん」
私は。
リングを。
光へ。
かざす。
「明日から」
少し。
笑う。
「外でも」
「つけたい」
陽向が。
本当に。
嬉しそうに。
笑った。
「似合う」
「知ってる」
「強くなったな」
「誰のおかげ?」
「俺?」
「それだけじゃない」
「えー」
私は。
笑った。
子どもたち。
星。
陽向。
夫だった人。
紗良。
仕事。
いろんな人と。
いろんな時間。
全部が。
今の。
私を。
作っている。
◇◇◇
翌朝。
撮影現場。
私は。
車を降りた。
左手。
薬指。
指輪。
スタッフの。
視線が。
一瞬。
そこへ。
向く。
でも。
私は。
隠さなかった。
「おはようございます」
いつも通り。
笑う。
「おはようございます!」
歩き出す。
怖い。
まだ。
少し。
でも。
嬉しい。
私は。
高瀬美月。
世間には。
一ノ瀬紗良。
その矛盾は。
これからも。
消えない。
それでも。
今日。
この指輪を。
つけて歩いているのは。
間違いなく。
私。
誰かに。
選ばれたからじゃない。
私も。
この未来を。
選んだから。
そして。
公表という。
大きな山を。
越えた私たちには。
次に。
もっと。
現実的な。
問題が。
待っていた。
――入籍するとき。
――私は、何という名前で。
――陽向の隣に立つのか。
戸籍の上では。
一ノ瀬紗良。
心は。
高瀬美月。
結婚を。
公表したことで。
その矛盾と。
向き合う日は。
とうとう。
避けられなくなっていた。
主演ドラマの。
撮影が始まって。
少し経った。
ある朝のことだった。
まだ。
目覚ましが鳴る前。
スマートフォンが。
何度も。
震えていた。
「……ん」
寝ぼけたまま。
手を伸ばす。
着信。
事務所。
その下。
陽向。
マネージャー。
そして。
星。
「……何?」
一気に。
目が覚めた。
こんな時間に。
これだけ。
連絡が来るなんて。
嫌な予感しかしない。
まず。
事務所からの。
着信へ。
折り返す。
「もしもし」
『一ノ瀬さん』
声が。
硬い。
「はい」
『今』
『ご自宅ですか?』
「はい」
『SNSは』
『見ました?』
「……まだ」
一瞬。
間。
『見ないでください』
胸が。
ざわついた。
「何があったんですか?」
『週刊誌から』
『昨日』
『問い合わせが来ました』
「……」
また。
陽向とのこと?
私は。
ベッドの上で。
身体を起こした。
「内容は?」
『天城さんが』
『ジュエリーショップへ』
『出入りしていた件です』
心臓が。
止まった。
「……え?」
『写真を』
『撮られています』
指輪。
頭に。
最初に。
浮かんだ。
陽向が。
私へ。
プロポーズするために。
星と。
選んでくれた。
あの。
婚約指輪。
「それって……」
『記事では』
担当者が。
ゆっくり。
言う。
『婚約指輪を購入したのではないか』
『と』
『書かれる予定です』
「……」
血の気が。
引いていく。
まだ。
公表しない。
そう。
決めたばかりだった。
主演ドラマ。
ASTERの仕事。
一区切りついてから。
ちゃんと。
準備して。
陽向自身の。
言葉で。
伝える。
そのはずだった。
なのに。
『それと』
「……まだあるんですか?」
『天城さんと一緒に』
『若い女性が』
『店へ入った写真もあります』
息が。
止まった。
星。
「顔は!?」
思わず。
声が。
大きくなる。
『落ち着いて』
「星の顔は」
「写ってますか!?」
『……一ノ瀬さん』
もう。
隠せない。
私は。
唇を噛む。
『天城さん側から』
『その女性について』
『一般人に近い立場の方なので』
『絶対に身元を出さないよう』
『すでに申し入れています』
「……」
一般人に。
近い。
星は。
モデル活動を。
始めている。
完全な一般人ではない。
もし。
調べられたら。
私との。
仕事の繋がりも。
出てくる。
さらに。
星の家族。
高瀬家。
そこまで。
辿られたら。
「……嫌」
声が。
震えた。
『一ノ瀬さん』
「子どもたちは」
「関係ないです」
『分かっています』
「絶対」
「出さないでください」
『はい』
「お願いします」
『その件も含めて』
『今日』
『緊急で』
『両事務所と話し合います』
「……はい」
電話が。
切れた。
◇◇◇
私は。
しばらく。
動けなかった。
まだ。
左手には。
昨日。
寝る前につけた。
指輪。
小さな石が。
朝の光を。
反射している。
こんなに。
嬉しかったものが。
突然。
怖いものに。
見えそうになる。
その瞬間。
また。
スマートフォン。
陽向。
私は。
すぐに。
出た。
「陽向」
『美月』
声が。
いつもと違う。
「聞いた」
『うん』
「星は?」
『今』
『俺からも』
『連絡した』
「大丈夫?」
『顔は』
『帽子とマスクで』
『はっきり分かる写真じゃない』
少し。
息が。
戻る。
『でも』
「うん」
『絶対とは』
『言えない』
「……」
『ごめん』
「陽向」
『俺が』
「違う」
すぐに。
止めた。
「謝らないで」
『でも』
「私も」
指輪を見る。
「陽向と」
「一緒に選びに行ってって」
「星に」
「関わってもらった」
『……』
「だから」
一度。
息を吸う。
「陽向一人のせいじゃない」
電話の向こう。
少し。
静かになる。
『……うん』
「一緒に」
「考えよ」
自分で。
言えた。
陽向が。
小さく。
『うん』
と。
返した。
◇◇◇
午前。
会議室。
私。
陽向。
それぞれの。
事務所。
マネージャー。
広報。
前より。
人数が多い。
机の上。
週刊誌から。
送られてきた。
記事の。
ゲラ。
見出し。
――ASTER天城陽向、極秘ジュエリー店訪問。
――一ノ瀬紗良との交際は結婚秒読み?
「……」
写真。
店から。
出てくる。
陽向。
手には。
小さな。
紙袋。
そして。
数分後。
別の出口から。
出る。
星。
顔は。
ほとんど。
見えていない。
でも。
私には。
分かる。
「記事本文では」
広報担当が。
説明する。
「同伴女性については」
「知人女性」
「とだけ」
「書く予定のようです」
陽向が。
すぐに。
言う。
「それも」
「できれば」
「載せてほしくないです」
「申し入れています」
「……お願いします」
陽向の。
声が。
硬い。
「ただ」
広報担当が。
続ける。
「問題は」
「婚約について」
空気が。
重くなる。
「先方から」
「具体的な質問が」
「来ています」
資料。
そこには。
三つ。
質問。
『一ノ瀬紗良さんとの交際は事実か』
『ジュエリーは婚約指輪か』
『結婚の予定はあるか』
私は。
黙って。
文字を見ていた。
前なら。
どうしただろう。
否定して。
守れるなら。
否定したほうがいい。
そう。
思ったかもしれない。
でも。
今は。
それが。
正解とは。
思えない。
「対応案としては」
担当者が。
言う。
「これまで通り」
「プライベートについては」
「本人に任せています」
「で」
「通す方法」
「……」
「あるいは」
「婚約のみ否定」
陽向の顔が。
変わった。
「それは嫌です」
即答。
マネージャーが。
陽向を見る。
「分かってる」
「案として」
「出してるだけだ」
「……」
「三つ目」
担当者が。
一度。
息を吸う。
「予定を」
「前倒しして」
「交際及び婚約を」
「正式に発表する」
胸が。
大きく。
鳴った。
今?
まだ。
早い。
そう。
思っていた。
「ただし」
私の担当者が。
言う。
「発表するとなれば」
「主演ドラマ側」
「スポンサー」
「ASTER関係」
「本日中に」
「かなりの調整が」
「必要になります」
「……はい」
「そして」
「一度発表すれば」
「戻せません」
私は。
膝の上で。
手を握った。
◇◇◇
「俺は」
陽向が。
口を開いた。
「発表したいです」
全員の。
視線が。
集まる。
「陽向」
マネージャーが。
低い声。
「勢いで」
「言ってないな?」
「言ってません」
「……」
「むしろ」
陽向が。
記事を見る。
「これ以上」
「隠して」
「追いかけられるほうが」
「怖いです」
胸が。
揺れた。
「俺と美月だけなら」
「まだ」
「いい」
「……」
「よくないけど」
少し。
言い直す。
「仕事だから」
「ある程度」
「覚悟します」
「でも」
写真の。
星を見る。
「美月の」
「大事な人まで」
「追われる可能性が」
「あるなら」
「……」
「俺たちが」
「何も言わないことで」
「余計に」
「周りを」
「嗅ぎ回られるほうが」
「嫌です」
マネージャーが。
黙る。
理屈は。
分かる。
でも。
公表すれば。
今度は。
私自身が。
もっと。
追われる。
「美月」
陽向が。
私を見る。
「どう思う?」
また。
聞いてくれる。
私は。
すぐには。
答えなかった。
怖い。
ものすごく。
怖い。
でも。
一番。
嫌なのは。
何?
自分に。
聞く。
陽向の。
人気が。
落ちること?
私が。
叩かれること?
主演ドラマへ。
影響が出ること?
全部。
怖い。
でも。
一番。
嫌なのは。
「……子どもたち」
私は。
言った。
「うん」
「子どもたちのことを」
「調べられるのが」
「一番」
「嫌」
陽向が。
頷く。
「うん」
「星も」
「他の子たちも」
「前の夫も」
「……」
「私たちの」
「恋愛とは」
「関係ない」
「うん」
「だから」
私は。
記事を見る。
「私たちが」
「ちゃんと」
「事実を」
「話すことで」
「余計な詮索が」
「減らせるなら」
一度。
息を吸う。
「発表したい」
部屋が。
静かになる。
「ただ」
私は。
続けた。
「条件があります」
「何ですか?」
「家族について」
「一切」
「話さない」
「……」
「私の」
「過去のことも」
「子どもたちのことも」
「公表しない」
陽向も。
すぐ。
頷く。
「それは絶対」
「うん」
「結婚は」
私は。
陽向を見る。
「私と陽向の話として」
「伝えたい」
「うん」
その言葉に。
担当者が。
ゆっくり。
頷いた。
◇◇◇
「もう一つ」
私は。
言った。
「はい」
「発表するなら」
胸が。
少し。
速くなる。
「陽向から」
「ファンの人へ」
「ちゃんと」
「自分の言葉で」
「伝えてほしい」
陽向が。
私を見る。
「……うん」
「この前」
「言ってたでしょ」
「うん」
「変わらず応援してくださいって」
「言いたくないって」
陽向が。
小さく。
笑った。
「覚えてた?」
「覚えてるよ」
「じゃあ」
私は。
少し笑う。
「言って」
「陽向の言葉で」
「……うん」
陽向が。
真っ直ぐ。
頷いた。
「言う」
◇◇◇
話し合いは。
そこから。
何時間も。
続いた。
スポンサー。
放送局。
ASTER。
主演ドラマ。
発表するなら。
いつ。
どこから。
どういう文章で。
そして。
結論。
記事が。
発売される。
前日。
私たち自身から。
公表する。
先に。
ファンクラブ。
そのあと。
双方の。
公式サイト。
SNS。
「……明日」
私は。
呟いた。
早い。
あまりにも。
早い。
昨日まで。
まだ。
秘密だったのに。
明日には。
何万人もの人が。
知る。
「美月」
会議が。
終わったあと。
陽向が。
私の隣へ。
来る。
「怖い?」
「うん」
即答。
「陽向は?」
「めちゃくちゃ」
「……そっか」
二人。
少し。
笑った。
「でも」
陽向が。
言う。
「一緒だな」
「何が?」
「怖いの」
「……うん」
「じゃあ」
陽向が。
手を。
少し。
差し出す。
人のいない。
廊下。
私は。
その手を。
握った。
「一緒に」
「怖がろ」
その言葉。
いつか。
星が。
私に。
言ってくれた。
私は。
笑った。
「うん」
◇◇◇
その夜。
子どもたちにも。
先に。
伝えることにした。
全員。
一緒に。
ビデオ通話。
画面。
にぎやか。
「ママ!」
「何?」
「顔近い!」
「そっちでしょ」
「ママ今日仕事?」
「終わったよ」
そして。
私は。
少し。
真面目な顔になる。
「みんな」
「聞いてほしいことがある」
画面の向こう。
星は。
何となく。
察した顔。
夫も。
少し。
緊張している。
「明日」
「ママと」
「陽向が」
「結婚すること」
「みんなに」
「発表することになった」
「……」
一瞬。
静か。
そして。
「テレビ出る?」
一番小さい子。
やっぱり。
そこ。
「出るかもしれない」
「ひなたも?」
「出るかも」
「ぼくは?」
「出ません」
「なんで!」
「出なくていいの!」
みんなが。
笑う。
でも。
私は。
続ける。
「みんなのことは」
「絶対」
「話さないから」
「……」
「ママが」
「前に」
「どういう人生だったかも」
「子どもがいることも」
「世間には」
「言わない」
一人が。
聞く。
「なんで?」
「守りたいから」
私は。
まっすぐ。
答える。
「みんなは」
「芸能人じゃない」
「……」
「ママと陽向が」
「結婚することと」
「みんなの生活は」
「別だから」
夫が。
静かに。
頷く。
星が。
言う。
「私も?」
「星は」
少し。
考える。
「モデルしてるけど」
「それでも」
「私の娘だってことは」
「今は」
「言わない」
「うん」
「星が」
「自分で」
「言いたいって」
「思う日が来たら」
「また」
「一緒に考えよう」
星が。
少し。
笑った。
「分かった」
◇◇◇
「ママ」
以前。
結婚を。
少し。
複雑だと。
言っていた子が。
聞く。
「うん」
「明日」
「怖い?」
「……うん」
私は。
正直に。
答えた。
「すごく」
「じゃあ」
「やめる?」
「……」
以前なら。
この質問で。
心が。
揺れたかもしれない。
でも。
今は。
違う。
「やめない」
私は。
笑った。
「怖いけど」
「結婚したいから」
「……」
「陽向と」
「一緒にいたいから」
その子は。
少し。
考える。
そして。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
小さく。
笑う。
「頑張って」
胸が。
いっぱいになる。
「ありがとう」
◇◇◇
通話の最後。
一番小さい子が。
言った。
「ママ」
「何?」
「けっこんしたら」
「うん」
「ひなたと」
「ゲームいっぱいする?」
「それは」
「陽向に聞いて」
「じゃあ」
突然。
画面へ。
顔を。
近づける。
「ひなたー!」
「今日いないよ!」
「なんで!」
また。
みんなが。
笑った。
こんな。
普通の。
笑い声。
明日。
世間が。
何を言っても。
ここは。
守りたい。
強く。
そう思った。
◇◇◇
翌朝。
発表の日。
私は。
仕事へ行く前。
家で。
一人。
文章を。
読み返していた。
事務所と。
何度も。
確認した。
私の。
コメント。
『私事ではございますが、このたび天城陽向さんと将来を共に歩んでいくことを決めました。』
そのあと。
仕事への。
感謝。
これからも。
女優として。
作品へ。
向き合うこと。
でも。
一ヶ所だけ。
私が。
入れたいと。
お願いした。
文章。
『これからも、自分自身の人生を大切にしながら、周囲の大切な方々への感謝を忘れず、一歩ずつ歩んでまいります。』
一ノ瀬紗良として。
出す。
文章。
でも。
この言葉を。
書いたのは。
高瀬美月。
それでいい。
「……よし」
送信時刻。
午前十時。
あと。
五分。
スマートフォンが。
震える。
陽向。
『生きてる?』
私は。
思わず笑う。
『ギリギリ』
『俺も』
『文章読んだ?』
『何回も』
『俺のも?』
『読んだ』
陽向の。
ファン向けの。
言葉。
何度。
読んでも。
胸が。
熱くなった。
◇◇◇
午前十時。
まず。
ASTERの。
ファンクラブ。
陽向の。
文章が。
公開された。
私は。
画面を。
開く。
『いつも応援してくださっている皆さんへ』
その一行。
胸が。
鳴る。
『今日は、俺の言葉で伝えたいことがあります。』
『このたび、大切な人とこれからの人生を一緒に歩いていくことを決めました。』
『突然の報告で、驚かせてしまうと思います。』
『嬉しいと思ってくださる方も、寂しいと思う方も、ショックを受ける方もいると思います。』
涙が。
滲む。
陽向らしい。
『どんな気持ちになるかを、俺が決めることはできません。』
『だから、変わらず応援してくださいとは言いません。』
「……陽向」
その先。
『ただ、今まで俺を見つけて、応援して、一緒にたくさんの景色を見てくれたことに、本当に感謝しています。』
『これからも応援してくださる方には、これからも楽しんでもらえるよう全力で届けます。』
『そして、もし今回のことで距離を置こうと思う方にも、今まで本当にありがとうと伝えたいです。』
涙が。
一滴。
落ちた。
『俺は、アイドルでいることも、大切な人と生きることも、どちらも自分で選びました。』
『どちらかを適当にするつもりはありません。』
『ASTERの天城陽向として、これからも全力でステージに立ちます。』
最後。
『本当に、いつもありがとう。』
私は。
しばらく。
動けなかった。
ファンだった。
私だから。
余計に。
分かる。
これは。
陽向が。
ファンを。
手放す文章じゃない。
縛る文章でもない。
ただ。
ありがとう。
と。
伝える文章。
「……好き」
思わず。
呟いた。
◇◇◇
そして。
私の。
発表も。
公開された。
数分。
スマートフォンが。
震え始める。
通知。
通知。
通知。
怖い。
見ない。
そう。
決めていたのに。
画面の。
一部が。
目に入る。
『え!?』
『本当に結婚するの?』
『おめでとう』
『無理』
『ショック』
『泣いてる』
『でも陽向の文章読んだら何も言えない』
『幸せになって』
『まだ受け止められない』
いろんな。
言葉。
胸が。
ぎゅっとなる。
喜びだけじゃない。
当然。
でも。
陽向が。
言っていた。
どんな気持ちになるかは。
俺が。
決められない。
その通り。
「……うん」
私は。
スマートフォンを。
伏せた。
全部。
受け止めようと。
しなくていい。
今。
やること。
撮影。
私は。
立ち上がった。
◇◇◇
現場へ。
到着。
スタッフから。
「おめでとうございます」
と。
言われる。
「ありがとうございます」
何度も。
頭を下げる。
神崎も。
楽屋前で。
私を見るなり。
「おめでとう」
と。
言った。
「ありがとう」
「ついに」
少し。
笑う。
「天城さん」
「勝った顔してそう」
「何に?」
「知らない」
私は。
笑った。
すると。
神崎が。
少し。
真面目になる。
「大丈夫?」
「……」
私は。
考える。
「怖い」
「うん」
「でも」
少し笑う。
「嬉しい」
「なら」
神崎も。
笑った。
「いいんじゃない」
「うん」
◇◇◇
撮影を。
終えたころ。
陽向から。
メッセージ。
『終わった?』
『今終わった』
『俺も』
『会える?』
私は。
迷わなかった。
『会いたい』
◇◇◇
夜。
いつもの。
私の部屋。
玄関を。
開ける。
陽向。
「……」
「……」
二人。
しばらく。
何も言わなかった。
そして。
同時に。
「疲れた」
言った。
「ふふっ」
「あはは」
笑う。
それだけで。
力が。
抜けた。
「美月」
「うん」
「怖かった?」
「うん」
「俺も」
「反応」
「見た?」
「ちょっと」
「俺も」
陽向が。
少し。
寂しそうに。
笑う。
「やっぱ」
「離れるって」
「言ってる人」
「いる」
「……うん」
「悲しい?」
「悲しい」
即答。
「そっか」
「でも」
陽向が。
少し。
息を吐く。
「仕方ない」
「……」
「その人が」
「悪いわけでもない」
「うん」
「俺が」
「悪いとも」
「思ってない」
「うん」
「ただ」
「そういうことも」
「ある」
「……」
私は。
陽向の。
手を握った。
「でも」
「何?」
「私は」
少し。
笑う。
「今日の文章」
「すごく好きだった」
陽向の顔が。
少し。
赤くなる。
「本当?」
「うん」
「ファンだった私にも」
「ちゃんと」
「届いた」
「……」
「ありがとうって」
「言われた気がした」
陽向が。
目を。
潤ませる。
「美月」
「何?」
「俺」
「今」
「美月が」
「元ファンで」
「よかったって」
「めっちゃ思ってる」
「元じゃないよ」
「え?」
私は。
笑った。
「今も」
「天城陽向の」
「ファン」
「……」
「ただ」
陽向の。
手を。
握る。
「一番近くで」
「応援するファンになっただけ」
「……無理」
「何が?」
「今日」
「泣かせないで」
「もう泣いてるじゃん」
陽向が。
笑いながら。
私を。
抱きしめた。
◇◇◇
少しして。
私は。
婚約指輪を。
ケースから。
出した。
今日まで。
家でしか。
つけられなかった。
左手。
薬指へ。
通す。
陽向が。
じっと。
見ている。
「……美月」
「何?」
「明日」
「それ」
「つけて出る?」
心臓が。
鳴った。
今まで。
外では。
隠していた。
でも。
もう。
婚約は。
公表した。
私は。
指輪を見る。
怖い。
写真を。
撮られるかもしれない。
記事に。
なるかもしれない。
でも。
これは。
隠さなければ。
いけないものでは。
もう。
ない。
私は。
ゆっくり。
頷いた。
「うん」
陽向の。
顔が。
ぱっと。
明るくなる。
「つける」
「……マジ?」
「うん」
私は。
リングを。
光へ。
かざす。
「明日から」
少し。
笑う。
「外でも」
「つけたい」
陽向が。
本当に。
嬉しそうに。
笑った。
「似合う」
「知ってる」
「強くなったな」
「誰のおかげ?」
「俺?」
「それだけじゃない」
「えー」
私は。
笑った。
子どもたち。
星。
陽向。
夫だった人。
紗良。
仕事。
いろんな人と。
いろんな時間。
全部が。
今の。
私を。
作っている。
◇◇◇
翌朝。
撮影現場。
私は。
車を降りた。
左手。
薬指。
指輪。
スタッフの。
視線が。
一瞬。
そこへ。
向く。
でも。
私は。
隠さなかった。
「おはようございます」
いつも通り。
笑う。
「おはようございます!」
歩き出す。
怖い。
まだ。
少し。
でも。
嬉しい。
私は。
高瀬美月。
世間には。
一ノ瀬紗良。
その矛盾は。
これからも。
消えない。
それでも。
今日。
この指輪を。
つけて歩いているのは。
間違いなく。
私。
誰かに。
選ばれたからじゃない。
私も。
この未来を。
選んだから。
そして。
公表という。
大きな山を。
越えた私たちには。
次に。
もっと。
現実的な。
問題が。
待っていた。
――入籍するとき。
――私は、何という名前で。
――陽向の隣に立つのか。
戸籍の上では。
一ノ瀬紗良。
心は。
高瀬美月。
結婚を。
公表したことで。
その矛盾と。
向き合う日は。
とうとう。
避けられなくなっていた。