目覚めたら、最推しの腕の中でした~1度終わった私の人生、もう一度恋をしました。~
第54話 ファンに、嘘はつきたくない
『公表するかどうか』
その言葉を。
見てから。
私は。
しばらく。
スマートフォンを。
置けなかった。
陽向と。
結婚したい。
その気持ちは。
変わらない。
でも。
公表する。
となれば。
話は。
全然。
違う。
私は。
女優。
陽向は。
トップアイドル。
しかも。
ASTERの。
人気メンバー。
私たちの。
結婚を。
知ったとき。
ファンの人は。
どう思うんだろう。
祝ってくれる人。
驚く人。
悲しむ人。
怒る人。
離れていく人。
きっと。
全部。
いる。
「……怖いな」
私は。
左手の。
薬指を見る。
今は。
部屋の中でだけ。
つけている。
婚約指輪。
これを。
隠さず。
つけられる未来。
それは。
欲しい。
でも。
そのために。
誰かを。
傷つけるかもしれない。
そう思うと。
また。
昔の癖が。
顔を出す。
――だったら。
――私が我慢すれば。
「……ダメ」
私は。
すぐに。
首を振った。
今。
それを。
一人で。
決めちゃいけない。
陽向と。
話す。
事務所とも。
話す。
ASTERとも。
話す。
一つずつ。
◇◇◇
翌日。
私と陽向。
それぞれの。
事務所の担当者。
マネージャー。
数人。
会議室へ。
集まっていた。
空気は。
かなり。
重い。
「まず」
陽向の事務所側から。
話が始まる。
「現状ですが」
「熱愛報道以降」
「大きな仕事の」
「キャンセル等は」
「出ていません」
私は。
少しだけ。
息を吐いた。
「ただし」
続く言葉に。
また。
背筋が伸びる。
「結婚となれば」
「影響は」
「別です」
「……はい」
陽向も。
静かに。
頷く。
「スポンサー」
「テレビ局」
「広告契約」
「ファンクラブ」
「グループ活動」
「さまざまな調整が」
「必要になります」
「はい」
「また」
私の担当者が。
資料を開く。
「一ノ瀬さん側も」
「主演ドラマが」
「始まったばかりです」
「はい」
「作品そのものより」
「結婚報道ばかりが」
「注目される可能性も」
「あります」
私は。
資料を見る。
主演。
ようやく。
自分から。
やりたい。
と。
言えた仕事。
それを。
大切にしたい。
陽向との。
未来も。
大切にしたい。
どちらか。
じゃない。
「そこで」
担当者が。
言う。
「考えられるのは」
「いくつかあります」
一つ目。
婚約は。
公表しない。
正式な入籍まで。
何も言わない。
二つ目。
交際のみ。
認める。
結婚については。
触れない。
三つ目。
結婚の意思まで。
含めて。
公表する。
そして。
四つ目。
入籍したあと。
事後報告。
私は。
一つずつ。
聞きながら。
考えていた。
◇◇◇
「美月は?」
陽向が。
私を見る。
また。
ちゃんと。
聞いてくれる。
「どうしたい?」
部屋の中。
全員の視線が。
私へ。
怖い。
でも。
言う。
「私は」
一度。
息を吸う。
「今すぐ」
「婚約を」
「大きく発表したいとは」
「思ってません」
陽向が。
黙って。
聞いている。
「主演ドラマも」
「始まったばかりで」
「……」
「陽向の仕事も」
「ASTERも」
「大事だから」
「うん」
「でも」
私は。
少し。
手を握る。
「嘘は」
「つきたくないです」
担当者が。
私を見る。
「嘘?」
「はい」
「もし」
「聞かれたときに」
「付き合ってません」
「何もありませんって」
「言うのは」
「……」
私は。
首を振る。
「嫌です」
陽向の目が。
少し。
柔らかくなる。
「私たち」
「付き合ってるし」
「……」
「結婚したいって」
「決めてる」
「はい」
「それを」
「仕事のために」
「全部」
「なかったことみたいに」
「するのは」
「したくないです」
静かだった。
そして。
陽向が。
すぐに。
頷いた。
「俺も」
「……」
「美月と」
「同じ」
「今すぐ」
「結婚します!」
「って」
「発表する必要は」
「ないと思う」
「うん」
「でも」
「交際自体を」
「否定するのは」
「嫌です」
マネージャーが。
腕を組む。
「つまり」
「プライベートについて」
「詳細は話さない」
「ただ」
「明確な否定もしない」
「はい」
陽向が。
答える。
「それなら」
「現状と」
「大きくは変わらない」
「……はい」
「ただし」
マネージャーが。
陽向を見る。
「次に」
「決定的な写真が出たとき」
「もう」
「同じ対応では」
「難しいかもしれない」
陽向は。
一瞬。
黙る。
「分かってます」
◇◇◇
会議は。
まだ。
続いた。
入籍するなら。
いつ。
発表するなら。
どのタイミング。
主演ドラマ終了後。
ASTERの。
大きな活動。
スポンサー契約。
どれも。
簡単じゃない。
「……」
私は。
途中から。
少し。
息が苦しくなっていた。
結婚って。
こんなに。
たくさんの人に。
関係するんだ。
前の人生では。
もっと。
個人的なものだった。
家族。
親族。
それくらい。
でも。
今は。
違う。
陽向には。
何万人もの。
ファンがいる。
その人たちに。
夢を。
届ける仕事。
それを。
私の存在が。
壊すんじゃないか。
また。
そんな考えが。
出てくる。
「美月」
隣から。
小さな声。
「ん?」
陽向が。
机の下で。
ほんの少し。
私の指へ。
触れる。
「今」
「何考えてる?」
「……」
ばれてる。
「私」
私は。
小さな声で。
言った。
「邪魔にならないかなって」
陽向の眉が。
少し。
寄る。
「また」
「うん」
「出てきた」
「……」
「それ」
少し。
強い声。
でも。
怒ってはいない。
「あとで」
「ちゃんと話そう」
私は。
頷いた。
「うん」
◇◇◇
会議が。
終わったあと。
二人で。
車へ。
乗った。
ドアが。
閉まる。
まだ。
エンジンは。
かけない。
陽向が。
私を見る。
「言って」
「……」
「何考えてた?」
私は。
少し。
俯いた。
「陽向って」
「うん」
「ずっと」
「アイドルとして」
「ファンの人に」
「夢を見せてきたでしょ」
「うん」
「その夢の中に」
「私が」
「急に」
「現実として」
「入ってきたら」
「……」
「嫌な人」
「いるだろうなって」
陽向は。
黙っている。
「私も」
「ファンだったから」
「うん」
「もし」
「昔」
「陽向が」
「結婚するって」
「聞いたら」
私は。
考える。
「ショック」
「だったと思う」
「……うん」
「もしかしたら」
「泣いたかも」
陽向の顔が。
少し。
申し訳なさそうになる。
「だから」
「私」
「ファンの人に」
「ごめんなさいって」
「思って」
「……」
「美月」
陽向が。
止める。
「それ」
「違うと思う」
「え?」
「悲しい人が」
「いるのは」
「分かる」
「うん」
「ショックな人も」
「いる」
「うん」
「でも」
陽向が。
真っ直ぐ。
私を見る。
「美月が」
「謝ることじゃない」
「……」
「俺が」
「自分で」
「選んだことだから」
「でも」
「俺」
少し。
笑う。
「三十四歳だよ」
「……」
「恋愛するかどうかも」
「結婚するかどうかも」
「俺が決める」
「うん」
「ファンを」
「大事にしてないって」
「意味じゃない」
「……」
「むしろ」
陽向が。
少し。
遠くを見る。
「ちゃんと」
「向き合いたい」
◇◇◇
「俺さ」
陽向が。
言った。
「アイドルになって」
「ずっと」
「応援してくれる人に」
「もらってばっかだった」
「そんなことないよ」
「あるよ」
「……」
「ライブ来てくれて」
「CD買って」
「テレビ見て」
「俺が」
「しんどいときも」
「頑張れって」
「言ってくれて」
「……」
「だから」
「結婚するなら」
少し。
真剣な顔。
「俺の言葉で」
「ちゃんと」
「伝えたい」
胸が。
鳴った。
「事務所の」
「テンプレだけじゃなく?」
「うん」
「もちろん」
「文章は」
「相談するし」
「勝手には出さない」
「……」
「でも」
「俺の言葉」
「入れたい」
「何て?」
私は。
聞いた。
陽向は。
少し。
考える。
「まだ」
「決めてない」
「うん」
「でも」
「一つだけ」
「絶対」
「言いたくないことは」
「決まってる」
「何?」
「これからも」
少し。
苦笑する。
「何も変わらず」
「応援してください」
私は。
目を丸くした。
「どうして?」
「だって」
陽向が。
言う。
「変わるかもしれないじゃん」
「……」
「ファンの人の気持ち」
「俺が」
「決められない」
胸に。
小さく。
響く。
「ショックで」
「離れる人も」
「いると思う」
「うん」
「それを」
「変わらず」
「応援してくださいって」
「お願いするの」
「違う気する」
「……」
「だから」
陽向が。
少し。
笑う。
「ありがとう」
「って」
「言いたい」
「……」
「今まで」
「応援してくれたこと」
「ありがとう」
「これからも」
「応援してくれる人には」
「ありがとう」
「……」
「でも」
「離れる人にも」
少し。
寂しそうに。
笑う。
「今まで」
「ありがとうって」
「言いたい」
私は。
何も。
言えなかった。
陽向は。
ファンを。
一括りに。
していない。
好きで。
い続けることを。
要求しない。
それぞれの。
気持ちを。
選ぶ権利が。
あると。
思っている。
「……陽向」
「何?」
「私」
「それ」
「すごく好き」
「え?」
「その考え方」
陽向が。
少し。
照れる。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
「美月も」
「ファンの一人として」
「聞いて」
「え?」
陽向が。
少し。
姿勢を。
正す。
ふざけて。
言うのかと。
思った。
でも。
顔は。
真剣だった。
「高瀬美月さん」
「……はい」
「十年以上」
「天城陽向を」
「応援してくれて」
「ありがとうございました」
胸が。
一気に。
熱くなる。
「……」
「そして」
陽向が。
少し。
笑う。
「今は」
「ファンじゃなく」
「俺の隣に」
「いてくれて」
「ありがとう」
涙が。
溢れた。
「陽向……」
「俺」
「美月が」
「昔」
「ファンだったこと」
「めっちゃ嬉しい」
「うん」
「でも」
「もっと嬉しいのは」
私を見る。
「今」
「俺のこと」
「一人の男として」
「好きでいてくれること」
「……うん」
「だから」
「美月」
「ファンの人に」
「申し訳ないって」
「思わないで」
「……」
「一緒に」
「感謝しよ」
私は。
泣きながら。
頷いた。
「うん」
◇◇◇
数日後。
主演ドラマの。
取材。
私は。
記者から。
聞かれた。
「一ノ瀬さん」
「最近」
「プライベートでも」
「注目が集まっていますが」
一瞬。
空気が。
変わる。
事前に。
恋愛関係の質問は。
控えるよう。
お願いしていた。
でも。
ぼかした形で。
来た。
「今」
「ご自身にとって」
「幸せとは」
「何でしょうか?」
「……」
私は。
少し。
驚いた。
でも。
逃げる質問じゃない。
私は。
考えた。
そして。
答える。
「昔は」
「幸せって」
「周りの人が」
「笑っていることだと」
「思っていました」
記者が。
黙って。
聞く。
「もちろん」
「今も」
「大切な人が」
「幸せなのは」
「嬉しいです」
「でも」
私は。
少し。
笑う。
「最近は」
「その中に」
「自分も」
「入れていいんだって」
「思うようになりました」
「自分も?」
「はい」
「誰かだけが」
「我慢して」
「成り立つ幸せじゃなくて」
「……」
「みんなで」
「どうしたら」
「少しずつ」
「幸せになれるか」
「考えること」
「それが」
「今の私にとっての」
「幸せかもしれません」
答えたあと。
自分でも。
少し。
驚いた。
これは。
ドラマの役だけじゃない。
今の。
私自身の。
答えだった。
◇◇◇
そのインタビューが。
公開された日。
陽向から。
すぐに。
メッセージ。
『読んだ』
『早い』
『幸せのとこ』
少しして。
『俺、入ってる?』
私は。
思わず。
笑う。
『入ってる』
『よっしゃ』
『子どもたちも』
『うん』
『仕事も』
『うん』
『美月自身も』
その一文。
胸が。
温かくなる。
『うん』
私は。
返した。
『全部』
すると。
すぐ。
『それがいい』
◇◇◇
そして。
さらに。
数日後。
私たちは。
もう一度。
両事務所と。
話し合った。
結論は。
今すぐ。
婚約を。
発表しない。
主演ドラマ。
そして。
ASTERの。
大きな仕事。
それぞれの。
一区切りまで。
待つ。
その間。
交際について。
明確な否定は。
しない。
嘘も。
つかない。
でも。
自分たちから。
婚約を。
匂わせるようなことも。
しない。
「これで」
担当者が。
言う。
「いいですね?」
私は。
陽向を見る。
陽向も。
私を見る。
「はい」
二人。
同時。
少し。
笑った。
「それと」
マネージャーが。
陽向を見る。
「公表する日が来たら」
「本人の言葉を」
「入れたいんだろ?」
「はい」
「文章」
「考え始めとけ」
「……はい」
陽向が。
少し。
緊張した顔。
私は。
その横顔を。
見ていた。
いつか。
この人が。
ファンの人へ。
自分の言葉で。
結婚を。
伝える日。
そのとき。
私は。
どこにいるんだろう。
隣?
それとも。
別々の場所で。
発表を。
見ている?
まだ。
分からない。
でも。
今は。
逃げたいとは。
思わなかった。
◇◇◇
帰り道。
私は。
陽向へ。
聞いた。
「怖い?」
「何が?」
「公表」
陽向が。
少し。
考える。
「怖い」
即答。
「やっぱり?」
「うん」
「めっちゃ」
「……」
「ファンが」
「どう思うか」
「怖いし」
「仕事が」
「どうなるかも」
「怖い」
「うん」
「でも」
陽向が。
私を見る。
「怖いから」
「やめようとは」
「思ってない」
「……うん」
「美月は?」
私も。
考える。
「怖い」
「うん」
「でも」
左手。
今は。
指輪がない。
それでも。
私は。
笑った。
「陽向と」
「結婚したい」
陽向の。
顔が。
ぱっと。
明るくなる。
「俺も!」
「知ってる」
「でも」
「何回聞いても」
「嬉しい」
「ふふっ」
◇◇◇
家に。
帰ってから。
私は。
ケースの中の。
指輪を。
左手へ。
戻した。
外では。
まだ。
隠している。
でも。
これは。
後ろめたいから。
隠しているんじゃない。
大切に。
進むため。
準備を。
しているだけ。
鏡の中。
一ノ瀬紗良の。
顔。
薬指には。
陽向が。
高瀬美月へ。
くれた。
リング。
私は。
鏡に。
笑う。
「もう少し」
「待っててね」
いつか。
堂々と。
これを。
つけられる日まで。
陽向と。
一緒に。
一つずつ。
進んでいく。
そして。
その日。
私たちは。
まだ知らなかった。
待つ。
と。
決めたはずの。
結婚公表が。
想定より。
ずっと早く。
動き出すことになるなんて。
そのきっかけは。
またしても。
一本の。
週刊誌の記事だった。
その言葉を。
見てから。
私は。
しばらく。
スマートフォンを。
置けなかった。
陽向と。
結婚したい。
その気持ちは。
変わらない。
でも。
公表する。
となれば。
話は。
全然。
違う。
私は。
女優。
陽向は。
トップアイドル。
しかも。
ASTERの。
人気メンバー。
私たちの。
結婚を。
知ったとき。
ファンの人は。
どう思うんだろう。
祝ってくれる人。
驚く人。
悲しむ人。
怒る人。
離れていく人。
きっと。
全部。
いる。
「……怖いな」
私は。
左手の。
薬指を見る。
今は。
部屋の中でだけ。
つけている。
婚約指輪。
これを。
隠さず。
つけられる未来。
それは。
欲しい。
でも。
そのために。
誰かを。
傷つけるかもしれない。
そう思うと。
また。
昔の癖が。
顔を出す。
――だったら。
――私が我慢すれば。
「……ダメ」
私は。
すぐに。
首を振った。
今。
それを。
一人で。
決めちゃいけない。
陽向と。
話す。
事務所とも。
話す。
ASTERとも。
話す。
一つずつ。
◇◇◇
翌日。
私と陽向。
それぞれの。
事務所の担当者。
マネージャー。
数人。
会議室へ。
集まっていた。
空気は。
かなり。
重い。
「まず」
陽向の事務所側から。
話が始まる。
「現状ですが」
「熱愛報道以降」
「大きな仕事の」
「キャンセル等は」
「出ていません」
私は。
少しだけ。
息を吐いた。
「ただし」
続く言葉に。
また。
背筋が伸びる。
「結婚となれば」
「影響は」
「別です」
「……はい」
陽向も。
静かに。
頷く。
「スポンサー」
「テレビ局」
「広告契約」
「ファンクラブ」
「グループ活動」
「さまざまな調整が」
「必要になります」
「はい」
「また」
私の担当者が。
資料を開く。
「一ノ瀬さん側も」
「主演ドラマが」
「始まったばかりです」
「はい」
「作品そのものより」
「結婚報道ばかりが」
「注目される可能性も」
「あります」
私は。
資料を見る。
主演。
ようやく。
自分から。
やりたい。
と。
言えた仕事。
それを。
大切にしたい。
陽向との。
未来も。
大切にしたい。
どちらか。
じゃない。
「そこで」
担当者が。
言う。
「考えられるのは」
「いくつかあります」
一つ目。
婚約は。
公表しない。
正式な入籍まで。
何も言わない。
二つ目。
交際のみ。
認める。
結婚については。
触れない。
三つ目。
結婚の意思まで。
含めて。
公表する。
そして。
四つ目。
入籍したあと。
事後報告。
私は。
一つずつ。
聞きながら。
考えていた。
◇◇◇
「美月は?」
陽向が。
私を見る。
また。
ちゃんと。
聞いてくれる。
「どうしたい?」
部屋の中。
全員の視線が。
私へ。
怖い。
でも。
言う。
「私は」
一度。
息を吸う。
「今すぐ」
「婚約を」
「大きく発表したいとは」
「思ってません」
陽向が。
黙って。
聞いている。
「主演ドラマも」
「始まったばかりで」
「……」
「陽向の仕事も」
「ASTERも」
「大事だから」
「うん」
「でも」
私は。
少し。
手を握る。
「嘘は」
「つきたくないです」
担当者が。
私を見る。
「嘘?」
「はい」
「もし」
「聞かれたときに」
「付き合ってません」
「何もありませんって」
「言うのは」
「……」
私は。
首を振る。
「嫌です」
陽向の目が。
少し。
柔らかくなる。
「私たち」
「付き合ってるし」
「……」
「結婚したいって」
「決めてる」
「はい」
「それを」
「仕事のために」
「全部」
「なかったことみたいに」
「するのは」
「したくないです」
静かだった。
そして。
陽向が。
すぐに。
頷いた。
「俺も」
「……」
「美月と」
「同じ」
「今すぐ」
「結婚します!」
「って」
「発表する必要は」
「ないと思う」
「うん」
「でも」
「交際自体を」
「否定するのは」
「嫌です」
マネージャーが。
腕を組む。
「つまり」
「プライベートについて」
「詳細は話さない」
「ただ」
「明確な否定もしない」
「はい」
陽向が。
答える。
「それなら」
「現状と」
「大きくは変わらない」
「……はい」
「ただし」
マネージャーが。
陽向を見る。
「次に」
「決定的な写真が出たとき」
「もう」
「同じ対応では」
「難しいかもしれない」
陽向は。
一瞬。
黙る。
「分かってます」
◇◇◇
会議は。
まだ。
続いた。
入籍するなら。
いつ。
発表するなら。
どのタイミング。
主演ドラマ終了後。
ASTERの。
大きな活動。
スポンサー契約。
どれも。
簡単じゃない。
「……」
私は。
途中から。
少し。
息が苦しくなっていた。
結婚って。
こんなに。
たくさんの人に。
関係するんだ。
前の人生では。
もっと。
個人的なものだった。
家族。
親族。
それくらい。
でも。
今は。
違う。
陽向には。
何万人もの。
ファンがいる。
その人たちに。
夢を。
届ける仕事。
それを。
私の存在が。
壊すんじゃないか。
また。
そんな考えが。
出てくる。
「美月」
隣から。
小さな声。
「ん?」
陽向が。
机の下で。
ほんの少し。
私の指へ。
触れる。
「今」
「何考えてる?」
「……」
ばれてる。
「私」
私は。
小さな声で。
言った。
「邪魔にならないかなって」
陽向の眉が。
少し。
寄る。
「また」
「うん」
「出てきた」
「……」
「それ」
少し。
強い声。
でも。
怒ってはいない。
「あとで」
「ちゃんと話そう」
私は。
頷いた。
「うん」
◇◇◇
会議が。
終わったあと。
二人で。
車へ。
乗った。
ドアが。
閉まる。
まだ。
エンジンは。
かけない。
陽向が。
私を見る。
「言って」
「……」
「何考えてた?」
私は。
少し。
俯いた。
「陽向って」
「うん」
「ずっと」
「アイドルとして」
「ファンの人に」
「夢を見せてきたでしょ」
「うん」
「その夢の中に」
「私が」
「急に」
「現実として」
「入ってきたら」
「……」
「嫌な人」
「いるだろうなって」
陽向は。
黙っている。
「私も」
「ファンだったから」
「うん」
「もし」
「昔」
「陽向が」
「結婚するって」
「聞いたら」
私は。
考える。
「ショック」
「だったと思う」
「……うん」
「もしかしたら」
「泣いたかも」
陽向の顔が。
少し。
申し訳なさそうになる。
「だから」
「私」
「ファンの人に」
「ごめんなさいって」
「思って」
「……」
「美月」
陽向が。
止める。
「それ」
「違うと思う」
「え?」
「悲しい人が」
「いるのは」
「分かる」
「うん」
「ショックな人も」
「いる」
「うん」
「でも」
陽向が。
真っ直ぐ。
私を見る。
「美月が」
「謝ることじゃない」
「……」
「俺が」
「自分で」
「選んだことだから」
「でも」
「俺」
少し。
笑う。
「三十四歳だよ」
「……」
「恋愛するかどうかも」
「結婚するかどうかも」
「俺が決める」
「うん」
「ファンを」
「大事にしてないって」
「意味じゃない」
「……」
「むしろ」
陽向が。
少し。
遠くを見る。
「ちゃんと」
「向き合いたい」
◇◇◇
「俺さ」
陽向が。
言った。
「アイドルになって」
「ずっと」
「応援してくれる人に」
「もらってばっかだった」
「そんなことないよ」
「あるよ」
「……」
「ライブ来てくれて」
「CD買って」
「テレビ見て」
「俺が」
「しんどいときも」
「頑張れって」
「言ってくれて」
「……」
「だから」
「結婚するなら」
少し。
真剣な顔。
「俺の言葉で」
「ちゃんと」
「伝えたい」
胸が。
鳴った。
「事務所の」
「テンプレだけじゃなく?」
「うん」
「もちろん」
「文章は」
「相談するし」
「勝手には出さない」
「……」
「でも」
「俺の言葉」
「入れたい」
「何て?」
私は。
聞いた。
陽向は。
少し。
考える。
「まだ」
「決めてない」
「うん」
「でも」
「一つだけ」
「絶対」
「言いたくないことは」
「決まってる」
「何?」
「これからも」
少し。
苦笑する。
「何も変わらず」
「応援してください」
私は。
目を丸くした。
「どうして?」
「だって」
陽向が。
言う。
「変わるかもしれないじゃん」
「……」
「ファンの人の気持ち」
「俺が」
「決められない」
胸に。
小さく。
響く。
「ショックで」
「離れる人も」
「いると思う」
「うん」
「それを」
「変わらず」
「応援してくださいって」
「お願いするの」
「違う気する」
「……」
「だから」
陽向が。
少し。
笑う。
「ありがとう」
「って」
「言いたい」
「……」
「今まで」
「応援してくれたこと」
「ありがとう」
「これからも」
「応援してくれる人には」
「ありがとう」
「……」
「でも」
「離れる人にも」
少し。
寂しそうに。
笑う。
「今まで」
「ありがとうって」
「言いたい」
私は。
何も。
言えなかった。
陽向は。
ファンを。
一括りに。
していない。
好きで。
い続けることを。
要求しない。
それぞれの。
気持ちを。
選ぶ権利が。
あると。
思っている。
「……陽向」
「何?」
「私」
「それ」
「すごく好き」
「え?」
「その考え方」
陽向が。
少し。
照れる。
「そっか」
「うん」
「じゃあ」
「美月も」
「ファンの一人として」
「聞いて」
「え?」
陽向が。
少し。
姿勢を。
正す。
ふざけて。
言うのかと。
思った。
でも。
顔は。
真剣だった。
「高瀬美月さん」
「……はい」
「十年以上」
「天城陽向を」
「応援してくれて」
「ありがとうございました」
胸が。
一気に。
熱くなる。
「……」
「そして」
陽向が。
少し。
笑う。
「今は」
「ファンじゃなく」
「俺の隣に」
「いてくれて」
「ありがとう」
涙が。
溢れた。
「陽向……」
「俺」
「美月が」
「昔」
「ファンだったこと」
「めっちゃ嬉しい」
「うん」
「でも」
「もっと嬉しいのは」
私を見る。
「今」
「俺のこと」
「一人の男として」
「好きでいてくれること」
「……うん」
「だから」
「美月」
「ファンの人に」
「申し訳ないって」
「思わないで」
「……」
「一緒に」
「感謝しよ」
私は。
泣きながら。
頷いた。
「うん」
◇◇◇
数日後。
主演ドラマの。
取材。
私は。
記者から。
聞かれた。
「一ノ瀬さん」
「最近」
「プライベートでも」
「注目が集まっていますが」
一瞬。
空気が。
変わる。
事前に。
恋愛関係の質問は。
控えるよう。
お願いしていた。
でも。
ぼかした形で。
来た。
「今」
「ご自身にとって」
「幸せとは」
「何でしょうか?」
「……」
私は。
少し。
驚いた。
でも。
逃げる質問じゃない。
私は。
考えた。
そして。
答える。
「昔は」
「幸せって」
「周りの人が」
「笑っていることだと」
「思っていました」
記者が。
黙って。
聞く。
「もちろん」
「今も」
「大切な人が」
「幸せなのは」
「嬉しいです」
「でも」
私は。
少し。
笑う。
「最近は」
「その中に」
「自分も」
「入れていいんだって」
「思うようになりました」
「自分も?」
「はい」
「誰かだけが」
「我慢して」
「成り立つ幸せじゃなくて」
「……」
「みんなで」
「どうしたら」
「少しずつ」
「幸せになれるか」
「考えること」
「それが」
「今の私にとっての」
「幸せかもしれません」
答えたあと。
自分でも。
少し。
驚いた。
これは。
ドラマの役だけじゃない。
今の。
私自身の。
答えだった。
◇◇◇
そのインタビューが。
公開された日。
陽向から。
すぐに。
メッセージ。
『読んだ』
『早い』
『幸せのとこ』
少しして。
『俺、入ってる?』
私は。
思わず。
笑う。
『入ってる』
『よっしゃ』
『子どもたちも』
『うん』
『仕事も』
『うん』
『美月自身も』
その一文。
胸が。
温かくなる。
『うん』
私は。
返した。
『全部』
すると。
すぐ。
『それがいい』
◇◇◇
そして。
さらに。
数日後。
私たちは。
もう一度。
両事務所と。
話し合った。
結論は。
今すぐ。
婚約を。
発表しない。
主演ドラマ。
そして。
ASTERの。
大きな仕事。
それぞれの。
一区切りまで。
待つ。
その間。
交際について。
明確な否定は。
しない。
嘘も。
つかない。
でも。
自分たちから。
婚約を。
匂わせるようなことも。
しない。
「これで」
担当者が。
言う。
「いいですね?」
私は。
陽向を見る。
陽向も。
私を見る。
「はい」
二人。
同時。
少し。
笑った。
「それと」
マネージャーが。
陽向を見る。
「公表する日が来たら」
「本人の言葉を」
「入れたいんだろ?」
「はい」
「文章」
「考え始めとけ」
「……はい」
陽向が。
少し。
緊張した顔。
私は。
その横顔を。
見ていた。
いつか。
この人が。
ファンの人へ。
自分の言葉で。
結婚を。
伝える日。
そのとき。
私は。
どこにいるんだろう。
隣?
それとも。
別々の場所で。
発表を。
見ている?
まだ。
分からない。
でも。
今は。
逃げたいとは。
思わなかった。
◇◇◇
帰り道。
私は。
陽向へ。
聞いた。
「怖い?」
「何が?」
「公表」
陽向が。
少し。
考える。
「怖い」
即答。
「やっぱり?」
「うん」
「めっちゃ」
「……」
「ファンが」
「どう思うか」
「怖いし」
「仕事が」
「どうなるかも」
「怖い」
「うん」
「でも」
陽向が。
私を見る。
「怖いから」
「やめようとは」
「思ってない」
「……うん」
「美月は?」
私も。
考える。
「怖い」
「うん」
「でも」
左手。
今は。
指輪がない。
それでも。
私は。
笑った。
「陽向と」
「結婚したい」
陽向の。
顔が。
ぱっと。
明るくなる。
「俺も!」
「知ってる」
「でも」
「何回聞いても」
「嬉しい」
「ふふっ」
◇◇◇
家に。
帰ってから。
私は。
ケースの中の。
指輪を。
左手へ。
戻した。
外では。
まだ。
隠している。
でも。
これは。
後ろめたいから。
隠しているんじゃない。
大切に。
進むため。
準備を。
しているだけ。
鏡の中。
一ノ瀬紗良の。
顔。
薬指には。
陽向が。
高瀬美月へ。
くれた。
リング。
私は。
鏡に。
笑う。
「もう少し」
「待っててね」
いつか。
堂々と。
これを。
つけられる日まで。
陽向と。
一緒に。
一つずつ。
進んでいく。
そして。
その日。
私たちは。
まだ知らなかった。
待つ。
と。
決めたはずの。
結婚公表が。
想定より。
ずっと早く。
動き出すことになるなんて。
そのきっかけは。
またしても。
一本の。
週刊誌の記事だった。