『十五年越しの願いは、歪んだ家族に砕かれて――身ごもり秘書は幼馴染CEOの重すぎる執着愛から逃げられない』


「八時半では?」

『入館手続きを考えれば、そのくらい必要だ』

もっともらしい。

でも。

何か納得できない。

「分かりました。地下三階へ着いたら連絡します」

『ああ』

「それでは、運転中ですので失礼します」

『綾乃』

切ろうとしたところで。

また名前を呼ばれる。

「まだ何か?」

『今、どこだ』

「もうすぐ自宅です」

『着いたら連絡しろ』

「そのための連絡を、今しているんですけど」

『これは明日の確認だ』

「……」

『到着の連絡とは別だ』

意味が分からない。

同じ電話。

同じ私。

同じ相手。

「今、無事だと分かったでしょう?」

『まだ着いていない』

「あと少しです」

『着いていないことに変わりはない』

面倒くさい。

本当に。

面倒くさい。

「……分かりました。到着したら改めて連絡します」

『待っている』

通話が切れた。

車内に静けさが戻る。

明日の出勤方法を確認したかっただけなのに。

結局。

連絡する約束が、また一つ増えた。

明日の朝も。

家へ着いてからも。

「やっぱり、絶対狙ってたでしょ……」

誰も答えない車内で呟く。

十三年ぶりに再会した幼馴染は。

どうやら、昔よりずっと手強くなっている。

仕事。

個人の連絡先。

明日の出勤時間。

気づけば再会したその日のうちに、私の予定には次々と彼が入り込んでいた。

そして明日の朝八時二十分。

私は再び、彼の待つ職場へ向かわなければならない。

どうやら。

逃げ道は、もう完全に塞がれているらしい。
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