【第2部】 エモパレ ~舞踏会編~ ―偽装夫婦になった私が、オジさま副局長に本当に選ばれるまで―
第4章

第37話 くねくねする朝


◆◇◆ ※第1部のあらすじ ◆◇◆


 感情色の魔眼「エモパレ」を持つ、ぽっちゃり看板娘ハルネ。
 明るく前向きな彼女だったが、体型への劣等感から、恋愛にはどこか臆病だった。

 ある日、異様な薬<ノクセリウム>で暴走した男が香房を襲う。
 絶体絶命の窮地を、灰銀髪のオジさま――第二調査局副局長ヴァルグレイに救われる。
 一目で恋に落ちたハルネだったが、不思議なことに彼の感情色だけは「エモパレ」で視る事が適わなかった。

 さらに、なぜか香房の営業停止まで彼に告げられ、二人は衝突。
 それでもハルネは、持ち前の行動力で事件捜査に乗り出す。
 成り行きでヴァルグレイと共に捜査を進めることになり、少しずつ仲を深めていく。

 しかし、ハルネが単身乗り込んだ違法薬店で、ヴァルグレイのとある秘密と冷酷な一面を知る。
 教会での信念の衝突の果て……
 悪意に飲み込まれてきたヴァルグレイの弱さを、ハルネは受け容れ、赦し、抱きしめた。

 二人の間には確かな絆が生まれたが、想いを伝えるには、まだ遠い。

 そして、事件はまだ終わっていない――


◆◇◆ ※あらすじ、ここまで ◆◇◆
◆◇◆ 本編ここから ◆◇◆


 高価で古めかしい燭台に照らされた食卓。
 壁に掛けられた装飾の数々は、どこか過ぎ去った時代の名残を感じさせる。

 ノスタルジックで、上質で、静かな部屋。

 中央には夫婦が一組、向かい合って座っている。
 重厚な家具に負けじと、食卓の空気は重い。

 いや、重いのは夫だけであろうか。
 妻の口元には、涼しげな笑みが浮かんでいる。

 夫は、一度だけ咳払いをし、小さな箱を取り出した。

「君に、似合うと思って……」

 受け取った妻は、箱を開ける。
 真っ赤なルビーが装飾された指輪だった。

「まあ、ステキ」

 妻はそう告げると、箱をそのまま部屋の隅へと放り投げた。
 カタンッと乾いた音を立てて、指輪が絨毯へと転がり落ちた。

 夫の喉が鳴った。
 言葉を探すように目が泳ぐ。

 結局、言葉は出てこず、どうしたら良いか分からないまま顔を上げる。
 困惑と絶望の顔が、妻の方へ向いた。

「ああ、その顔」

 妻は、静かに息を吐く。


「それが見たかったの。 愛していますわ、エドリック」


 熱を帯びた頬のまま、夫をじっと見つめる妻の姿。
 夫は顔を伏せ、悔しそうに拳を握る。

「君は、どうして…………リセリーナ……」

 その疑問に彼女は答えず、
 ただ満足そうに、微笑んでいた。



―――――――



「くねくねしてないで、働いてよ。 ハルネお姉ちゃん」


 朝食後、サフラン香房を掃除中、妹のシャリエナから呆れた声で怒られる。

 あたしは昨夜の出来事を上手く消化できず、気持ちを持て余して踊りくねっていた。
 ……正確には、昨夜からずっと、頭の中だけは大変なことになっていた。

「だってさ……」
「だっても何も無いよ。 掃除は習慣が大事って言ってたのはお姉ちゃんじゃん」

 ぐうの音も出ない正論にたじろぐ。

 悔しい……

「ど、どうせ、営業出来ないし!」
「あ~~、お姉ちゃんがそんな事言うんだ? ず~っとお店一筋だったのに」
「う、ごめん。 ……失言だった」

 もにょもにょした気持ちを整理できず、思わず言い訳してしまった。
 営業停止が続いてるからって、サボるのは違うよね……

「……そうよね。 毎朝の掃除もあたしが言い出した事だし。 ちょっとたるんでたのかも」
「ま、無理ないなとは思うけど。 恋人になったんでしょ? ヴァルグレイさんと」
「な、な、何でよっ! ち、違うわよ! そんなワケないでしょ!」

 どこでそうなったのよ!

「だってお姉ちゃん、あんなふにゃっとした顔でヴァルグレイさんを抱きかかえて。 いっぱいヨシヨシしてたじゃん」
「あ、あ、あ、アンタっ、見てたの!?」 

 あわわわわわっ……

「とろーんとした表情でさ。 あんなに甘い空気、恋人でもないと出せないよ」
「あ、あ、アレは……そんなんじゃ、ないわよ」

 昨夜の事を思い出す。

 ちょっとでも、少しでも、オジさまの悩みをなんとかしたかった。

 正直、頭を抱きしめたのは衝動的な行動だった。
 今はちょっとだけ後悔している。 やり過ぎちゃった、と。

 でも……

 オジさまの体温、髪の感触、匂い、全てを鮮明に思い出す事が出来る。
 あったかい記憶と共に、かつてないほどの恥ずかしさも同時に覚える。

 あ~~~、あたしは、なんてことを……

「顔赤いよ、お姉ちゃん」
「うっさいわね! しかも何しれっと覗いてんのよ!」
「だって気になったんだもん」

 うぐ~、恥ずかしいけど、もう見られてしまったものは仕方ない。

「でも、仕事一筋だったお姉ちゃんが、お店を後回しにするみたいなこと言うなんて思わなかった」
「別に、後回しにしたワケじゃぁ……」
「うーん、くねくねお姉ちゃんも見てて面白いけど……わたし、ちょっと怖くなってきちゃったな」

 そんなに変わったのかな? あたし……

 オジさまに恋して良かったのか。
 それとも、困ったことになっちゃったのか。
 まだ、よくわからない。

 でも、自然と心がそっちに向かっちゃうの。

 初めてオジさまに抱きしめられた時の、全身がふわっと浮いてしまうような幸せ。
 昨夜オジさまを抱きしめた時の、どこかくすぐったい温もり。

 もう、忘れられないの。

 どうしようもなく、求めてしまうの。 止められないの。

「たしかに気持ちはふわふわしてるけど……シャリエナにも分かる時が来るよ」
「あ~、すっごい先輩面!」
「な、なにさ! アンタが怖いとか言うから!」

 こ、こいつ!

「あ~、でも良かった事、一個あるよ」
「……何よ」
「そうやって恋に悩んでるお姉ちゃんは、かわいいってコト」
「……妹に言われてもねぇ」
「あはは、そうだよねー」

 どうせなら、少しくらいオジさまにもそう思ってもらえたらいいのに。
 でも、そういう事、言ってくれる人じゃないか。

 あたしは本当に、オジさまの悩みを解決出来たんだろうか?
 ……ううん、きっとダメね。

 オジさまはずっとそうやって生きてきた。
 あたしが、ちょっと慰めたくらいで解消されるモノなら、もうとっくに楽になってると思う。

 でも、ほんの少しでも、あたしが受け皿になれたのなら……嬉しいな、んふふ。

「お姉ちゃーん?」
「……」

 やり過ぎたって何度も思った。

 けれど、オジさまの心のモヤが少しでも晴れるんならさ。
 あたしも、恥ずかしい思いをしたかいがあるってものよ!

 ……もう少し踏み込んでもいいのかな?

「あ、ダメだこりゃ。 全然聞いてないや」
「……」

 もう一度撫でたい。
 また、触れたいよ……

 ううん、それはダメ。
 昨日は特別だったんだ。
 やっぱりあたしなんかがさ。

 でも……ぅあ~~~~っ!


「くねくねしてないで、働いてよお姉ちゃん」

 さっきと同じ注意が飛んできた。

「分かってるわよ!」

 何度も何度も、昨夜の出来事と気持ちがループする。

 多分これはアレだ。
 ヒマなせいだ。

 やる事がないもんだから、心がオジさまの方へばっかり走り出すんだ。

「……お店、開けられないかなぁ。 忙しければ、何にも考えずにすむと思うのよね」
「それはそうだね。 いつ開けられるか、ヴァルグレイさんから聞いてないの?」
「近いうち、みたいな事は言ってた気がするけど。 シャリエナこそレルガさんから何か聞いてたりしないの?」
「ヴァルグレイさんの意向次第だって」
「……そうよねぇ」

 また、あたし自身が事件捜査に乗り出してやろうかな。

 そう思ったけど、昨日の薬草店でかなり懲りた。

 きっと、あたしが動けばオジさまは付いてきてくれる。
 また一緒にいられるかもしれないって目算はあるけれど、それでオジさまに迷惑をかけるのはちょっと違う。

 オジさま……
 今日も来るのかな?
 昨日みたいに朝から来てくれたら、またご飯をご馳走出来たのに、今朝は来なかった。

 もしかしたら、オジさまの方も気まずかったり?
 それはあり得る。

 ……って、全然考えてなかったけど、オジさまと会って、何話せばいいの?

 昨夜の事なんてあたしは絶対切り出せないし、オジさまの方だって忘れてるはずがない。


――ガランガランっ


「ひくっ!」
「いらっしゃいませー」

 急に鳴ったドアベルに思わず変な声が出た。

 ……ちょっと待って。

 シャリエナは流れでいらっしゃいませとか言っちゃってるけど、よく考えたら今は営業停止中。
 張り紙だってしてある。

 なのに、今、堂々と正面の入り口から来る人なんて……


「……邪魔をする」


 懸念の通り、それはオジさま――第二調査局副局長ヴァルグレイ・ゼオファルド、ご本人様に間違いなかった。

「オジさま……」

 気まずい気持ちよりも、顔を見れて嬉しい気持ちが先に湧いた。

 ……良かった。

 昨日より顔色は良さそうな気がする。

 気になっていた。

 あの後、別れの挨拶もそこそこに帰ってしまったから。
 もしも元気がなかったらどうしよう、って。

 大丈夫そうで安心した。

「…………」
「…………」

 オジさまと見つめ合う。

 相変わらず、魔眼を封じるとかいう眼帯をしているから、今も感情色は読めない。

 ……何をしゃべればいいんだろう?

 気軽に挨拶?
 あの後大丈夫だった?
 あたし、オジさまに寄りかかられて、嬉しかったよ?

 ダメだ。
 どれも言えない。 言えるワケがない。

 ……あれ? あたしってば、そもそもオジさまとどうやって話してたっけ?

 わ、わかんなくなってきちゃった!


「いつまで黙ってるの? 二人とも」


 助け船を出してくれたのはやっぱりシャリエナだった。

 さすエナだ。
 頼りになるぅ。

「……あの」「……実は」

 前のめりに話そうとしたあたしと、オジさまの言葉が被った。

「……ハルネ嬢の方から」
「いやいやいや! オジさまの方からどうぞ!」

 あたしの方は、何を話そうかも何も決めていなかった。

 オジさまの方からお話があるなら助かる。

「……実は、キミたちに知らせがあり、こちらへ伺った」
「知らせ?」

 オジさまの表情はちょっと分かるようになってきたけど、今は読めない。

 一体何だろう?

 知らせ?という事は、お店の事だろうか。

 ……あたしに会いに来てくれたのかな、なんて。

 ほんの少しだけ都合の良い事を考えて、胸がチクリと痛んだ。


「……サフラン香房の営業停止の解除が決まった。 近いうちにギルドから通達も来るだろう」

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