【第2部】 エモパレ ~舞踏会編~ ―偽装夫婦になった私が、オジさま副局長に本当に選ばれるまで―

第46話 挨拶回りと、ビュッフェ!



 ローレンツ・エスタラン侯爵は、随分気さくな人だった。

「久しいな、ゼオファルド卿。 相変わらず忙しないな、貴殿は」
「……はっ、侯爵閣下も、ご健勝のことと存じます」

 一目で主催と分かる豪奢なミッドナイトブルーの正装。

 ナイスミドルなエスタラン侯爵は、あたしの枯れセンサーにも反応する、ステキなオジさま紳士だった。
 しかし、威厳がありすぎて恐縮が勝つ。
 それにあたしとしてはもう少し若い方が……オジさまくらいが好み。

「参加を捻じ込んで来た時は驚いたが、例の子爵の愚息の件か?」
「……いえ、今回は別の件です。 詳細は控えさせて頂きたく存じます」
「ああ、分かっている。 往来での婚約破棄というのはなかなか耳目を集める出来事だったものでな。 そちらについては、いずれセーヴランにでも聞くとしよう」
「……はっ。 お気遣い痛み入ります」

 オジさまが畏まっている姿を見るのは新鮮だ。
 セーヴランって誰だっけ?

 前にレストランでのオジさまとの雑談で聞いたような……
 あ、そうだ。 第二調査局の局長さんだったかな。

 あたしは、オジさまの少し後ろで大人しくしていたが、ふいに視線を感じた。

 視線の元は、ナイスミドルなエスタラン侯爵の、斜め後ろに立つお兄さん。

 エスタラン侯爵と同じ正装を身に纏った、涼しげな目元をした優しそうな男性。

 侯爵とは色違いのチャコールグレーの正装に、アスコットタイを付けている。
 同じ髪色だし、きっと侯爵の息子さんだろう。

 背も高くて細身で華やか。
 立っているだけで育ちの良さが分かる。

 明るい金髪で、笑うと一気に場が晴れるような、可愛らしさも感じる。
 歳は、あたしよりちょっと上くらい?
 絶対、若い令嬢たちにキャーキャー言われてると思う。

 イケメンだ。

 視線を追ったあたしに気付き、ニコっと笑顔を返してくれた。
 ……ドキっとはしないぞ? あたしはオジさま一筋なのだ。

「ところでゼオファルド卿、後ろのお嬢さんを紹介してはくれんのか?」
「……遅れました。 ハルネ。 こちらへ」

 急にオジさまに名前を呼び捨てにされてびっくりしたが、幸い態度に出る事はなかった。
 ドレスという武装のおかげかもしれない。

 さ、気合を入れて……


「初めまして、侯爵さま。 ゼオファルドの妻、ハルネと申します」


 ドレスの裾を両手で軽く広げ、そのまま滑らかに上体を沈める。
 見よう見まねのカーテシーだ。

 前世でちょっとロマンス小説をかじっていて良かった。
 接客には自信あるし、変ではないと思う。

 カーテシーよりも、「妻」と名乗ってしまった事に動揺が走った。

 あくまで任務だぞ、任務!

「ほう……」

 値踏みするような侯爵さまの目線。

 うおー、耐えろー。

 ちょっと緊張はするが、あたしに出来る事は限られてる。

 耐えていると、あたしの前に影が出来た。
 オジさまが自然と前に割り込んでくれたようだ。

 優しい…………好き。

「水臭いではないか、ゼオファルド卿。 こんな素敵なご令嬢と婚姻を結んでいたのを隠していたとは」
「……はっ、恐縮です。 申し訳ございません」
「ハッハッハ! 冗談だ。 ハルネ嬢、顔を上げなさい。 大丈夫だ」

 言われた通り顔を上げると、破顔した侯爵さまが、気が良さそうに笑っていた。

「任務というのは分かっている。 仮初の夫婦だという事もな」
「…………」

 オジさまは無言。
 おそらく見透かされたとしても、認めるワケには行かないんだと思う。

「しかし、あの女嫌いのゼオファルド卿が、な。 礼の取り方も堂に入っていたし、気に入ったぞ、ハルネ嬢」
「は、はい、恐縮です侯爵さま。 ありがとうございます!」

 機嫌が良さそうで何よりだ。

 こういう時は乗っかるのが一番だ。



……………



 オジさまと侯爵さまが何かよく分からない政治的な話をしている。

 それをあたしは、後ろでぼーっと聞いていた。
 誰それの派閥がどうのという、あたしが聞いても関係なさそうな話だったからだ。

 とりあえず、行儀よくニコニコしていればいいだろう、と、じっとしていると……

 ……また、視線を感じた。

 視線の正体は、またしても侯爵の息子さんだった。
 イケメン息子さんも、あたしと同じように侯爵さまの後ろでじっと黙ってニコニコしていた。

 視線が絡み、今度はあたしの方がニコっと笑顔で返す。
 向こうも再び笑顔で返してくれた。

 ちょっとかわいい。
 ……おっといかん! あたしはオジさま一筋だぞ、と。

 気さくな反応だったが、なんとなく気になって感情色を視てみる。


――マットなドピンクが見えた。 これは、異性への熱っぽい興味。


 あたしだって女性の一人ではあるので、男性からそういう視線を受ける事は、ある。

 体型がアレだからって、そういう対象から外れるワケじゃない。

 それともハイウエストのドレスのせいだろうか?
 お腹や腰回りが目立たなくなる代わりに、大きい胸がやたらと目立つ。

 ん? さっきと少し、目の色が違う。

 視線の種類と感情色も変わった事に気づいた。


――山吹色? 好奇に変わった。


 さては……おもしれー女枠と取られたか?

 どの辺がそう受け止められたのか分からないけども、やかましい自覚のあるあたしには覚えがあった。
 お客さんに対してぐいぐい接客すると、こういう視線の変化になる事はたまにあった。

 息子さんが、あたしのどの辺りを見てそう感じたのかは、分からないけれど…… 

「……それでは侯爵閣下。 失礼いたします」

 そうこう考えている内に、お話は終わったようだ。

「ああ、励めよ、ゼオファルド卿。 ハルネ嬢も。 彼は非常に堅い男だが、是非よろしくやってくれたまえ」
「あ、はい! かしこまりました侯爵さま。 それでは失礼いたします」

 あたしとオジさまは、一礼をしてその場を辞した。

 去り際、息子さんがウインクをしてきた。

 あたしに? と思ったら後ろから「キャー!」という黄色い悲鳴が聞こえた。

 なんだ、あっちにか。



……………



 侯爵さまの場を離れてすぐ、縦も横も厚みも、何もかも大きい軍服姿の男性が話しかけてきた。

「おや珍しいな、ヴァルグレイ・ゼオファルドか?」

 低く、よく通る大きな声。

 筋骨隆々という言葉そのままの、とにかくデカイ人だった。

 グラスを片手に持ち、笑顔は朗らかなのに、立ってるだけで豪快さと圧を感じる人だ。
 軍人さんかな?

「……ギルトハルト・トラッド騎士爵。 ご無沙汰しております」
「かぁ~、相変わらずクソ堅いな、お前は。 舞踏会だぞ? もっと気楽に話せ。 しかも我々は同期ではないか」
「……公の場だからこそだ。 変わりないな、ギルトハルト」

 お?
 オジさまがちょっと言葉を崩すのは珍しい。

 同期って言ってるから、軍にいた時に仲良くしてた人かな?

「ハハハッ! 貴様はまた一段と痩せたな! どうだ? また軍の方へ戻らんか? ”鬼のヴァルグレイ”ほどの化け物には、ついぞ二人目に出会えなんだ! 我は退屈だぞ? ゼオファルド」
「……もう、軍には戻らん」
「ハッハッハ! お前は事務方としても有能だったからな!」

 見た目通り豪快で気安い人だ。
 こういう人は経験上、裏表がなく素直なハズだけど……

――感情色も、めっちゃオレンジ。 楽しそう。

 それにしても、やっぱりオジさまって軍でも最強だったんだ。

「ところでゼオファルド。 貴様と違って健康そうな、隣のご婦人は?」
「……ああ、紹介する。 妻……の、ハルネだ」

 オジさまが妻という単語をちょっと詰まらせたのは気になったけど、今はとりあえず……

「初めまして、ギルトハルトさま。 ゼオファルドの妻、ハルネと申します」

 あたしの方は、二度目だったおかげか、ちょっとスムーズに言えた。

 嘘じゃないよ?

 この場では妻。 そう、この場でのみ、妻。

 ドレスの裾を軽く摘まみ、そのまま会釈。

「ああ、これはご丁寧に! 王国軍で将軍職を拝命しているギルトハルト・トラッド騎士爵と申す。 いやー、やるではないか、ゼオファルド。 肌艶良し! 肉付きも良し! 実に健康そうな綺麗な娘だ!」
「お、恐れ入ります」

 やっぱり見た目通りギルトハルトさんは、ちょっとデリカシーの足りない人だ。
 でも真っ直ぐな褒め言葉は気持ちよくもある。

「女っ気の無かった貴様がいつの間にかこんな良い娘を捕まえて……うぅ、宿敵として我は嬉しい!」

 目元を拭うような動作で歓喜を伝えてくるギルトハルトさん。

 すっごい感情に素直な人。

 ところで宿敵って言葉は気になる。
 こんなデッカイ筋骨隆々の軍人さんに、誰が勝てるんだ?という気はするが、あたしはオジさまの人間離れした強さを知っている。

「そのうちに、また酒でも酌み交わそうではないか! ハルネ嬢との馴れ初めはその時に聞かせろ! ではな!」

 そう言い残し、片手を上げるとさっさと人の波へと消えていった。

「すっごく豪快な人だね」
「……ああ、昔から何故か私に対抗意識を向けられていたが、決して悪い男ではない」
「ふふっ……」
「……どうした?」
「オジさまが好かれてるのが嬉しいの」

 オジさまは一見冷たくてつっけんどんだけど、やっぱりみんなオジさまの良さを知ってる。

 それがなんだか嬉しくなってしまった。

「……そうか」

 そう言うと、ちょっとだけ照れくさそうに、そっぽを向いた。


 ……カワイイ。

 

―――――――

 

 侯爵さまへの挨拶が済んだオジさまは、早々と一人で調査に向かった。

 ギルトハルトさんの挨拶はイレギュラーだったみたい。

「……キミを一人にするのは忍びないが」
「大丈夫ですよオジ……ヴァルさま。 いってらっしゃい」

 そう。

 ここに来た目的はアルテノット男爵の調査なのだ。
 任務を忘れちゃいけない。

「……なるべく早く戻る。 この手の舞踏会では、端の方のテーブルに軽食の卓が用意されているはずだ。 そこを楽しんでいるといい」

 軽食の卓――つまり、ビュッフェ!

 オジさまはもうすっかり、あたしの扱い方を理解している。

 恥ずかしい性質ばかり覚えられているようで、居たたまれない。
 でも、それがなんか……嬉しい。

「……私が連れ回せば、かえってキミに注目を集めてしまう」
「うん」
「……少しの間、目立たない所にいてくれ。 人目の無い所には行かないように」
「はい」
「……すぐに戻る」
「はいはい」

 何度も確認するオジさま。
 そんなにあたしは頼りないのかと、少し思ってしまった。

 でも、心を配ってくれるのは単純に嬉しい。

 オジさまは、離れる際も二度ほどこちらを振り返りつつ、人の波へと消えていった。

 あたしは軽く手を振って見送った後、即座に踵を返し、ビュッフェテーブルへ真っ直ぐ足を向ける。


 ビュッフェ! ビュッフェ!



―――――――

 

 中央の舞踏の場から離れ、楽団の音楽も小さくなり、会話もしやすくなる端のテーブル。

 グラスを手に持った正装の貴族さまや、令嬢たちがお喋りに興じている。
 そう、ここが社交の場だ。

 あたしはそれらの人の様子に目もくれず、一直線でビュッフェテーブルへ。


「はわぁ……」


 そこには色とりどりのフィンガーフードが、行儀よく並んでいた。

 小さく切り分けた白身魚の香草焼き。

 ロースト肉の薄切りを乗せたカナッペ。

 白、青、黄色の鮮やかなチーズ。

 ナッツとベリー入りの小さなパイ。


 ロースト肉の赤味が、白い魚やチーズと鮮やかなコントラストを生んでいる。

 さすが侯爵家。
 こんな軽食でさえ色彩を考えられている。

 一口サイズのサンドイッチもある。
 燻製肉、卵、ハーブのみのレタスサンドのようなものまで。

 タンパク、ビタミン、炭水化物。
 なんてことだ……栄養面まで完璧じゃないの!

 極めつけは甘味。

 真っ赤なベリーのタルトに、ブルーベリーのタルト。

 クリーム多めのスポンジケーキ。

 果実に蜂蜜たっぷりのゼリーっぽいもの。

 うごご……ファンシーな可愛さまで整えてあるとは。

 至高だ。

 至高の軽食がここにあった!


「はぁはぁ…………じゅる」


 いかん。
 今のあたしはゼオファルド夫人。 威厳を保たねば。
 よだれを垂らしてる場合じゃない。

 んぐぐぐ……でも、これは……

 ふわりと香る甘い匂いに、とうとう我慢ができなくなる。

 気がつくと、ベリーのタルトを手に取っていた。

 初手デザートはビュッフェでは邪道。
 しかし……今のあたしはドレス姿。

 トリサちゃんの調整でお腹周りは多少のゆとりがあるとは言え、無節操に食べまくるワケにはいかない。

 戦略だ。 戦略を整える必要がある。

 一番食べたくて美味しそうなモノは初手に叩きこむ必要がある。

 それがあたしの正義だ。


「いただきます…………あむっ」
 

 衣装が汚れないよう、どの料理も一口サイズだ。

 ……美味い。

 焼き加減も完璧。

 サクサクのタルトが小さくともその存在感を忘れさせず、味の濃いベリーを上手に包み込んでいる。

 著名なグルメ評論家のハルネちゃんさんも感涙にむせていた。

 食べられる量は限られている。

 忘れるものか、無駄にしてなるものかと、しっかりと味を噛み締める。

 うめぇ~~。


「ふふっ、キミは、実に美味しそうに食べるね」
「ほふっ?」


 タルトの味をじっくり堪能しているあたしに話しかけてきたのは……

 笑顔がまばゆいイケメンの、侯爵の息子さんだった。


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