【第2部】 エモパレ ~舞踏会編~ ―偽装夫婦になった私が、オジさま副局長に本当に選ばれるまで―
第73話 ついに対決、黒幕と!
あれは、サフラン香房が襲われた日……
お姉ちゃんが懸命にわたしを守ってくれて、ヴァルグレイさんが犯人をやっつけてくれた。
でも、あんな薬の影響を受けた人が、あちこち出たらイヤだな、怖いなって、ずっと思ってた。
ところがその後さっぱりと、事件らしい事件は何も起きなかった。
あれは、作戦会議の日……
「……使うための”舞台”が用意された」
ヴァルグレイさんがそう言った時、わたしはピンときた。
ある時、お姉ちゃんがイベントセールを企画していた時に、商品の一部を取り置いているのに気が付いた。
それをお姉ちゃんに聞いてみると、
「ふっふっふ……来たるべきセールの”舞台”を整えているのよ」
なぜだか悪そうな顔でそう言っていたのを思い出した。
もしかして、あんな怖い事件が今まで全く無かったのは――あとで大量に使うため?
舞踏会の日、お姉ちゃんはドレスだ。
わたしが香房武器とかをいっぱい持っていけば、手助けになるんじゃない?
そう思ったわたしは、レルガさんに相談して、衣装とワゴンを用意してもらった。
そして、昨夜のこと……
夜通しでお姉ちゃんと一緒に、カモミールを濃縮したお薬をいっぱい作った。
「本当に効くかは分かんない。 でも、用意はしておかないとね!」
……お姉ちゃんはそう言ったけれど。
こんなに必死になって作ってるお姉ちゃんの薬が、効かないはずがない。
わたしは、そう思った。
「もし効いたら、この量じゃ足りないんじゃない?」
「その時はその時よ。 濃縮だけだから簡単には作れるけれど……どっちにせよ、香房にある材料分でしか作れないしね」
……足りない。
絶対、足りないよ。
作業している時も、なんだかずっと楽しそうだったお姉ちゃん。
そんなに舞踏会が楽しみなのかな?
その笑顔に、水を差せなかった。
だから……
舞踏会当日。
朝、お姉ちゃんが着付けの準備に調査局へ向かった後、わたしはリゼラっちの農場へ走った。
足りない材料を求めて……
お姉ちゃんにできない分は……わたしが、やるんだ!
―――――――
「これ、全部カモミールカーム!?」
シャリエナが、ワゴンに積んでいた大きな布袋の口を開く。
中には、見覚えのある小瓶がびっしりと詰め込まれていた。
「そうだよ。 お姉ちゃんの作った分だけじゃ足りないと思って、追加で作ったの」
「シャリエナがアタシの農場に来た時は驚いたよ。 「ありったけのカモミール頂戴!」って。 薬を作るのまで手伝わされてさ」
燭台を肩に担いだリゼラちゃん。
メイド姿にしては勇ましいが、長物を振り回す姿は何故か似合っていた。
リゼラちゃんもシャリエナも、揃って可愛らしいメイドさん姿。
あたしはその姿を見て、なんだか張りつめていたものが、一気に解けた気がした。
ヴァルさまにも頼れなくて、もうダメだって思って……
そんなあたしの目の前に、最高のおみやげ付きで、助けに飛び込んできてくれた。
安心した。 嬉しかった。
いろんな気持ちが込み上げてきて、目元がじんわり熱くなった。
「ごめんねお姉ちゃん。 ギリギリまで作ってたから遅くなっちゃった。 レルガさんに聞いたけど、やっぱりお薬は効いたんだね!」
二人からは、しっかりとカモミールの香りがした。
こんな危ない場所に妹を連れてくる手配をしたレルガさんに、ちょっと思うところはあった。
けれど、そんなのは後回しだ。
これだけの量があれば、なんとかなるかもしれない!
「肝心のレルガさんは? 調査局の人たちにも渡さないと!」
ノクスミアがまだ充満している一階のホール。
平常でいられる手段は、今のところ、このカモミールカームしかない。
燭台を肩に担いだリゼラちゃんが、ホールの奥を顎で示した。
「そのレルガさんって人も、すぐにこれが対抗手段って気づいたみたい。 何本か持っていったよ。 本隊と合流するって」
よしよしよしっ!
良い流れになってきたじゃないのさ!
ああ、もう……なんて頼りになる妹と親友なんだ!
「き、貴様らそこで何をしているっ!?」
声を聞きつけたのか、いつのまにか衛兵の一人があたし達に近寄っていた。
「シャリエナっ!」
「あいさっ!」
シャリエナが布袋から小瓶を取り出し、自慢の投擲術が火を噴いた。
見事に衛兵の顔に命中する。
「ぐわっ! なんだこの液体はっ!? …………な、オ、オレは、何を……?」
正気を取り戻した衛兵が、今の状況に混乱して立ちすくむ。
「なにしてんの衛兵さん! 事件だよ! お客さまを避難させて!」
「えっ? あっ?」
「衛兵なんでしょ! お客さまを守るの! このままじゃケガ人がたくさんでちゃうよ!」
「は、はいっ! 分かりました!」
彼は驚くほど素直に踵を返した。
「やるじゃないかハルネ! でも、なんであんなに素直に言うことを聞いたの?」
「さっきから考えてたんだ。 こんな罠、絶対に誰も望んでない。 衛兵さんたちも、きっと知らされてないよ」
今はノクスミアの影響下にあるから、命令に従わなきゃって感情に振り回されてしまっている。
少しでも冷静になれば、避難を優先するに違いない、と思った。
「これならカームで一階は立て直せるかも! シャリエナとゼラちゃんはこのまま避難誘導をお願い!」
「ああ、分かった!」
「ホールの入り口に、金髪のルシアン侯爵令息さまがいたと思うの。 合流して、お客さんをカームで正気に戻しながら、避難を手伝ってあげて!」
「お姉ちゃんはどうするの?」
「あたしは……」
少しだけ薄くなってきた薄紫色の霧。
吹き抜けホールの二階の回廊。
手すりの影から、白いドレスの影が見えた。
「あたしは……リセリーナさんを止めに行く!」
カモミールカームが使えるとは言っても、このまま何も起こらないはずがない。
もし、もう一度ノクスミアの霧トラップが発動したら、これだけあっても足りなくなる。
そうなったらもうおしまいだ。
その前に、あたしが彼女を、止めるんだ!
「待ってお姉ちゃん! これ持っていって!」
シャリエナが、こちらに何かを投げて渡してきた。
中央に葉っぱ型の小盾を備えた、見慣れた長杖。
ああ、もう……
さすエナ!
「ありがと! 頼んだよシャリエナ! ゼラちゃん!」
「まかしときな!」
「頑張ってね! お姉ちゃん!」
あたしは受け取ったリーフシールドステッキを握り直し、階段へと駆け出す。
ヴァルさまとギルトハルトさんは、変わらず互角の戦いを繰り広げている。
激しい剣戟が途切れた一瞬を狙い、あたしは階段へと駆け込んだ。
「……ハ、ハルネっ!」
「まかせてヴァルさま! あたしがリセリーナさんを止めてくる!」
敵についてしまったギルトハルトさん。
あの人間離れした強さを抑えられるのは、ヴァルさまだけだ。
だから……あたしが、なんとかするんだっ!
「余所見をするなゼオファルドォ!!」
「……ぐぅっ!」
鋼の打ち鳴らされる音を背中で聞きながら、
振り返ることなく、あたしは階段を駆け上がっていった。
……………
長い階段を登るにつれ、薄紫色の霧が徐々に晴れていく。
二階の回廊へ足を踏み入れる頃には、すっかり霧を抜けていた。
下の喧騒が嘘みたいに、人の気配を感じなかった。
右手へ進むと、ほどなく二つの人影が見えた。
一人は、手すりに手をつき、じっと階下を見下ろす白銀の女性。
その少し奥には、上等な礼装に身を包んだ、ふくよかな男性が立っていた。
男性は虚ろな目を伏せ、何を見ているのか分からない。
一方の女性は、場違いなほど優しく穏やかに微笑んでいた。
こちらに気付いた彼女が、あたしにゆっくりと視線を移す。
「最初にこちらに辿り着くのは」
真っ赤なルビーの瞳が、真っ直ぐにあたしを射抜く。
「アナタだと思っていました。 ハルネさん」
――享楽のマリーゴールドオレンジが、彼女を包んでいる。
「アレンジを加えたんですね。 今日のドレスも、可愛らしくてとってもステキよ」
あたしのドレスを示すように、左手を優雅に広げる。
感情色は、微塵も揺らがない。
「……ありがとう。 リセリーナさんのドレスも、白銀に輝いていて、とってもキレイ」
階下からは純白に見えたドレスは、近くで見ればプラチナ色に煌めいていた。
厳かで、聖女然とした彼女に、とてもよく似合っている。
あたしは、落ち着き払っている彼女へ、リーフシールドステッキを突きつけた。
「……もう、何もさせないよ。 リセリーナさん」
彼女は全く動じない。
逆に、後ろにいるアルテノット男爵は、恐怖と悔恨の感情色に染まり、分かりやすく動揺している。
「ウフフ……面白そうな武器を持っていますね」
リセリーナさんは、壁に向かって歩き出す。
おもむろに、壁に飾られていた細身のレイピアを手に取った。
装飾品に見えたその刃が、明かりを受けて鋭く光った。
「リ、リセリーナ……?」
アルテノット男爵の掠れた声が聞こえた。
……けれど、それどころじゃない。
え?
ちょっと待って?
彼女は、手に持ったレイピアをひゅん、と軽く空を薙いだ。
「ハルネさん。 わたくしと一曲……」
そのまま、優雅に胸の前に細剣を構える。
「踊りましょうか」
その言葉が終わるより早く、銀色の切っ先が、あたしの胸元へ走った。
~ 第7章 ―完― ~