【第2部】 エモパレ ~舞踏会編~ ―偽装夫婦になった私が、オジさま副局長に本当に選ばれるまで―
第8章

第74話 第8章・序幕 ハルネ vs リセリーナ



――キイィィンッ!

「あら」

 反射的に差し出したリーフシールドが、鋭い細剣の一撃を受け止めた。
 小盾がステッキの中央にあったのが、功を奏した。

 びっくりした。
 剣を構えた時点で、警戒はしていた。
 でも、何の迷いもなく、真っ直ぐに胸元を狙ってくるとは思わなかった。

「幸運でしたね。 では、これならどうでしょうか」

 口元に薄く笑みを浮かべながら、リセリーナさんが襲いかかる。

 払い、薙ぎ、突き。
 淀みない連撃は、明らかに鍛え上げられた剣術だった。

「わっ、たっ! とっ!」

 それを、かろうじて……本当にギリギリで捌いていく。

 いくらリセリーナさんの感情がおかしいと言っても、彼女は感情の無いロボットじゃない。
 そこには意志が存在する。

 あたしはエモパレで、その意志の”起こり”を読み取り、なんとか防いでいく。

 いつかのヒョロキモ戦での経験が生きたせいか。
 それとも、リセリーナさんが遊んでいるせいか。

 今のところ無傷でいられているのは、奇跡の所業かもしれなかった。

 キィイン、とステッキと剣が押し合う形になり、体重を生かして押し飛ばす。
 距離を取れたことで、一息つくことができた。

「はぁ、はぁ……」
「凄い。 本当に素晴らしいですわハルネさん。 わたくしの攻撃を防ぎきるとは」
「……リ、リセリーナさんこそ、ガチの剣捌きじゃないのさ。 こ、高貴なご令嬢さまじゃなかったの?」
「淑女の嗜みです」

 どんな淑女だよ! アグレッシヴ過ぎるでしょ!

 リセリーナさんが、見た目にそぐわぬ踏み込みで再び間合いを詰めてくる。
 突きを小盾で逸らし、返す横薙ぎをステッキの柄で受ける。

 集中力が持たない!
 このままじゃダメだ!

 相手の土俵に立ったら防戦一方だ。
 自分の強みを、押し付けるんだ!

 やや強引にリセリーナさんに肉薄し、小盾でレイピアの刀身を押さえ込む。

 とにかく、まずはくっつくんだ!
 何を言われようと、あたしにはこの形!

 下半身に力を入れ、体重を乗せて大きくリセリーナさんを弾き飛ばす。

「っ……」

 彼女が大きく体勢を崩す。

 その隙を逃さず、ドレスのポケットから灰色のボールを取り出した。
 そのまま、あたしたちの間の床へと叩きつける。

「えいっ! フワモコスモーク!」

 煙幕だ。
 狭い範囲だが、灰色の煙があたし達を包む。

 エモパレハックで、煙の向こうのリセリーナさんの感情色の輪郭は捉えている。
 死角に回り込み、足元への打撃の奇襲!

「えやっ!」

 もらったと思ったら、ガキィンっという手応え。
 しっかりと剣で防がれた。

 読まれた!?
 それとも、煙の動きで見切ったの!?

「あら、そこですね」

 ピュウンという細剣の払いが、あたしに襲い掛かる。

 向こうも、あたしの位置を正確には捉えられなかったらしい。
 払いの切っ先は逸れて、なんとか躱すことが出来た。

 防がれたのは釈然としないけど……

「えーいっ!」

 もう一度くっつくんだ!

 小盾を構えて、リセリーナさんの輪郭に向かってタックルを試みる。
 リセリーナさんはそれを……大きく後ろに飛びつつ、バク転で回避した。

 フワモコスモークの煙幕が晴れる。

「ウフフフ。 とってもユニークな攻撃。 やりますね」
「そっちこそどうなってんの!? その、淑女にあるまじき華麗な体捌き!」
「これも、淑女の嗜みです」
「どんだけ嗜んでんのさ! 淑女!」

 ツッコミどころは多いが、今のところあたしが必死なだけで、リセリーナさんは余裕で綽々だ。

 息を整えながら、次の手を考える。
 でも……

「……こうやってリセリーナさんが直接戦うって事は、もう手札が無いって事だよね!」
「ウフフ。 さて、それはどうでしょうか」

 レイピアの剣先を、指先で弄ぶリセリーナさん。

「しかし、本当に素晴らしいですわハルネさん。 わたくし、アナタの事がもっと好きになってしまいました」

――感情色は、相変わらずのオレンジゴールド。

 からかいや嘲りの色が一切出ていない。 本心だ。
 彼女は本当に、無邪気に楽しんでいる。

「信じていただかなくても結構ですが、わたくしは、アナタにも幸せをお裾分けしたくて、お招きしたのです」
「へっ? なにそれ? どういう事?」

 相変わらずリセリーナさんの言動は、突拍子もなく理解不能だ。
 彼女は、あたしの疑問に答えることはなかった。

 そして、剣先で弄ぶのを止め、再び優雅に戦闘態勢を取った。

「もう少々踊りましょうか、ハルネさん。 今度は、趣向を変えて」

 細剣を横薙ぎ。
 あたしは小盾を前へと出す。
 だけど、感情の起こりが変化したのに気が付いた。

 リセリーナさんは剣を途中で止め、身体を後ろに捻ったかと思うと……

「ま、回し蹴りっ!?」

 間一髪、しゃがんで躱せた。

 趣向を変えたって……こういう事!?

 彼女は、剣に加え、拳や蹴りまで織り交ぜてきた。
 体術を交えた連撃。

 あたしはなんとか必死で躱していく。
 しかし、攻撃の起こりが分かっても、回転の速い連撃全てを止められるはずもなく……

「んぐぅっ!」

 お腹に一発、肘打ちを食らってしまった。

 痛ったぁ……でも、ドレスとお腹のお肉が衝撃を受け止めてくれた。
 大丈夫、まだ動ける!

 でも……防戦はダメだ!
 自分のペースを作らないと!

 二度、三度とステッキを大きく振るう。
 リセリーナさんは、初撃こそレイピアで受け流したものの、長い杖の間合いを嫌って距離を取った。

 チャンスだっ!

 ポケットから取り出した青い小瓶。
 中身をリセリーナさんの足元へぶちまける。

「くらえ新兵器! パチパチポッピングソーダ!」

 床に撒かれた薬液が、空気と反応して激しく弾ける。

――パチパチパチパチっ!

「うっ……なんですかこれは」

 花火のように激しく弾ける薬液に、思わず顔を手で覆うリセリーナさん。
 足が止まった! やるしかない!!

 続けてあたしが取り出したのは、小さな布袋。

「マイクロフラワーパウダー!」

 目の前に撒いたそれは、白くて大きな粉塵の塊を作った。
 正体はただの細かく挽いた小麦粉。

「ウインドっ!」

 リーフシールドステッキに組み込んだ風の魔法が発動する。
 風の魔法とは言っても生活魔法程度の、小さなそよ風。

 でも、粉塵を相手に押し付けるには十分!
 巻き添えを食らわないように、体勢を低くして、ステッキを粉塵へと突き出す!


「くらえっ! 着火っ! フラワーブレイズ!」


 ステッキの先端から火花を散らす。
 着火された粉塵が、ボウッと巨大な炎の柱を生んだ。

「きゃっ!」

 リセリーナさんが、大きく後ろに仰け反る。

「どうだ!?」

 炎の柱とは言っても、燃え上がったのは一瞬だけ。
 直撃したと思った炎を、どうやらかろうじて躱していたらしい。

 腕で顔を庇ってはいたが、どう見ても無傷だった。
 何事も無かったかのように、再び自然体に構えるリセリーナさん。

 くそ~、これでもダメか。
 ……ん?

「あら」

 彼女のプラチナ色のドレスには、火がついていた。
 それを、ぼうっと見つめているリセリーナさん。

「リ、リセリーナっ!」

 背後で固まっていたアルテノット男爵が、慌てた様子で水魔法を唱える。
 裾に燃え移っていた火は、男爵さまが放った生活魔法程度の水で、すぐに消えた。

「助かりましたわ旦那様」

 感情がこもっているんだか、全然分からない淡々とした一言。
 同じ事を男爵さまも思ったようで、怪訝な顔でリセリーナさんを見つめていた。

 振り返ったリセリーナさんは、今度はあからさまに楽しそうな表情を見せる。

「フフッ……フフフフッ! とっても楽しい。 余興でこんなに胸が躍るとは思いませんでした。 ありがとうハルネさん」

 男爵さまに向けた言葉と違い、彼女にしては興奮冷めやらぬ様子が見てとれた。
 それよりも……!

「余興!? なによそれ! まだ何かするつもりなの!?」
「ノクスミアには、いくつか種類があるのです」
「……えっ?」

 急に話題を変えるリセリーナさん。
 相変わらず脈絡のない言動。

 ……ノクスミアの、種類?

「今ある感情を増幅するノクスミア――会場にも撒いたものですね。 そして、感情の昂ぶりを、肉体へと反映させるノクスミア”β”」
「ベータ? 感情の昂ぶりを、身体にって……まさか、それって……」

 瞬間的に恐怖が蘇った。
 思い出したのは、サフラン香房を散々破壊したアイツ。

 ヒョロキモの――変貌。

 背筋に、冷たいものが走った。

「フフフ。 調べましたよ、ハルネさん。 アナタのお店が犠牲となったようですね」
「くっ……なんで、あたしのお店を!?」
「それは偶然です。 狙ったワケではありません」
「…………」

――感情色に揺らぎはない。

 本当だろうか? と疑ってみても、この人の感情から心理を推測するのはとても難しい。
 ……っていうかムリ。

 でも、感情がおかしいとは言っても、リセリーナさんはとても素直な人とも言える。
 妙にその言葉が信じられた。

 ……いや、そうじゃなくて!

「ちょっと待って。 その話を今するって事は……」
「察しが良いですね、ウフフフ。 さて、ハルネさんに一つ問いかけをいたしましょうか」

 リセリーナさんは、左手の人差し指を立てながら、妙に子供っぽい様子でその言葉を告げた。

「わたくしがさきほどトラッド将軍に渡した小瓶。 なんだと思いますか」
「ま、ま、まさか……」

 ギルトハルトさんの強さは、ヴァルさまと、ほとんど互角のように見えた。
 そんな彼が……強さを求めて、異形の化け物に変貌したとしたら?

「ヴァルさまっ……!」

 後ろを、上がって来た階段の方を振り返る。
 思わずステッキをぎゅっと握る。

 ヴァルさまがやられてしまう姿を想像して、息が詰まった。
 目を背けるように首を振った。

 だけど……今はっ!
 視線を戻して、リセリーナさんを睨む。

 狼狽えたあたしの様子を見て、さぞ、ほくそ笑んでいるのだろう。
 そう思ったあたしの予想を裏切り、リセリーナさんは……


「ウフフ、フッフフフ……」


 くすくすと楽しそうに笑うリセリーナさんの視線は、

 あたしでもなく、

 階下でもなく、

 その楽しさの向く先は、あたしには分からなかった。


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