死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
「屋敷のことなら心配しなくていいのよ」
「そうよ! 女中たちもいるし、二、三日くらい、私とお義母様だけで大丈夫だから」

 お義母様と千草さんが、ウンウンとうなずきながら口を揃えた。

「母上、しかし会社のほうも忙しく……」
「そんなの部下に任せておきなさい。あなたは働きすぎなのよ」

 いつになく強い口調でそう言われ、篤志さんは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「ふたりで温泉にでも行ってらっしゃいよ」

 お義母様がそう言ってにっこりと微笑む。
 こうなると、私も彼も、ふたりで旅行しない理由が他に見つからない。

「あの、えっと……」
「そうだな。……たまにはゆっくりするのも悪くないか」

 篤志さんがポツリとそう言って、私へと視線を移した。
 その瞳には、いつかの百合園で見たような優しい色が浮かんでいる。

「琴乃は、どこか行きたい場所はあるか?」

 家族みんなの前だというのに、彼からそんなふうに尋ねられて、私は頬が熱くなるのを感じた。

「わ、私は……旦那様と一緒なら、どこでも」

 しどろもどろにそう答えると、篤志さんは目を細めて小さく笑った。

「そうか。じゃあ、決まりだな」

 その様子を見ていた千草さんが「もう、ふたりとも初々しいわね!」とはしゃぎ、居間には家族団らんの温かな笑い声が広がる。
 からかわれて恥ずかしいはずなのに、不思議と心は満たされていた。
< 150 / 151 >

この作品をシェア

pagetop