死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
「ああ、そうだ。母上が出かけてていないから、診療所に来客用のお茶を出してくれって、父上から伝言が」
「え! 早く言ってよ。来客ってどなた?」
「天澤様」

 母は女中を連れて買い物にでも行ったのだと思う。
 私はあわてて台所へ行き、お湯を沸かして来客用に購入してある茶葉を急須に入れた。
 そこへお湯を注ぎ、湯呑みと共にお盆にのせて廊下を渡る。

 天澤製薬株式会社は、桐ケ谷醫院に様々な薬を卸している会社だ。
 天澤家は伯爵の称号を持つ華族で、社長の天澤篤志さんは若き実業家としても有名な人。
 薬学だけでなく患者の治療法にも精通していて、とても研究熱心だなと密かに尊敬している。

 診療所につながる部屋の扉をノックして中へ入り、そっと会釈をした。

「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」

 応接セットの長椅子に腰を下ろしていた天澤さんが、私のほうへ顔を向けた。
 その視線に、心臓がドキンと跳ねる。何度顔を合わせても、この人を前にすると呼吸の仕方を忘れそうになるのはなぜだろう。

 紺色のネクタイを締め、三つ揃えの漆黒の背広を身にまとった彼は、いつ見ても気品が漂っている。
 ベストの合わせ目からのぞく銀時計の鎖が、伯爵家の品格と、実業家としての理知的な部分をいっそう際立たせていた。
 整えられた黒髪と眉、スッと通った鼻梁の持ち主で、ずいぶんと端整な顔立ちをしている。
 涼やかな瞳からは、自信がみなぎっているように見えた。
< 4 / 23 >

この作品をシェア

pagetop