死病の花嫁は薬商伯爵に溺愛される~大正政略結婚、不遇令嬢の幸福論~
第一章 不治の病
時は、大正五年三月。
私、桐ケ谷琴乃は父の書斎で本を捜していた。
(あの本……このあたりにあったはずなんだけど……)
私の家は、敷地を入ってすぐに診療所の平屋の建物、その奥には家族で住む男爵邸の屋敷が建っている。
ふたつの棟は渡り廊下でつながっていて、本邸の奥にいても、診療所のほうから人の話し声が聞こえてくるのは昔から変わらない。
廊下を渡るたびに鼻腔をくすぐる消毒液や漢方薬のにおい……それは私にとって、医者である父の香りそのものだ。
「こんなところにいたんだ」
書斎の扉が開き、声をかけてきたのは二歳年下の弟・千太だった。
「姉上は本当に本が好きだな」
「千太もたまには読んだら? お父様の書斎にはためになる本がたくさんあるんだから」
私は幼いころから父の仕事に興味があり、こうして書棚から本を借りて読んでいたけれど、千太は違った。医学に興味がないらしい。
女に学問は不要、良妻賢母たれ——世間ではそう言われているため、私はいずれどこかへ嫁ぐことになる。
だけど、父の跡を継ぎたいのは私のほうだ。何度もそう思ったが、口にしたことは一度もない。
言えばきっと、父を困らせるだけだから。
私たちはたったふたりの姉弟。そのため、千太が桐ケ谷醫院を継ぐしかないのだけれど……もしも「継ぎたくない」と言い出したら、父はどうするつもりなのだろう。
私、桐ケ谷琴乃は父の書斎で本を捜していた。
(あの本……このあたりにあったはずなんだけど……)
私の家は、敷地を入ってすぐに診療所の平屋の建物、その奥には家族で住む男爵邸の屋敷が建っている。
ふたつの棟は渡り廊下でつながっていて、本邸の奥にいても、診療所のほうから人の話し声が聞こえてくるのは昔から変わらない。
廊下を渡るたびに鼻腔をくすぐる消毒液や漢方薬のにおい……それは私にとって、医者である父の香りそのものだ。
「こんなところにいたんだ」
書斎の扉が開き、声をかけてきたのは二歳年下の弟・千太だった。
「姉上は本当に本が好きだな」
「千太もたまには読んだら? お父様の書斎にはためになる本がたくさんあるんだから」
私は幼いころから父の仕事に興味があり、こうして書棚から本を借りて読んでいたけれど、千太は違った。医学に興味がないらしい。
女に学問は不要、良妻賢母たれ——世間ではそう言われているため、私はいずれどこかへ嫁ぐことになる。
だけど、父の跡を継ぎたいのは私のほうだ。何度もそう思ったが、口にしたことは一度もない。
言えばきっと、父を困らせるだけだから。
私たちはたったふたりの姉弟。そのため、千太が桐ケ谷醫院を継ぐしかないのだけれど……もしも「継ぎたくない」と言い出したら、父はどうするつもりなのだろう。