この恋は、業務提携外につき。 ―最悪の相手と、最高の商品を。―

第二話 初めての工場見学

ーアカリside.ー




あの地獄のような会議から、たった二日後。


私は今。

レンタカーのハンドルを握っていた。




「……」

隣には、ハン・スヒョン。

…最悪だ。

ここへ来るまでだって、十分、最悪だった。

父の本当に本当に、本当に余計すぎる計らいによって。

新幹線の席まで隣同士だった。

…なんでそこまでしなくちゃいけないの。

別に現地集合でいいじゃない。

いや百歩譲って同じ新幹線でもいい。

でもなんで隣?

父に問い詰めたら、『せっかくだから移動中に交流を深めればいいだろう』

なんて満面の笑みで言われた。

深まるわけないでしょ。

むしろ、深まるのは溝ばかり。

「……」

新幹線に乗っていた間。

会話らしい会話は、ほぼなかった。

最初に「おはようございます」と私が言って。

「おはようございます」と返ってきた。

以上。

あとはお互い、好き勝手。

私は資料を見たり、スマホを触ったり、少し寝たり。

隣のスヒョンは、パソコンを開いて、ずっと何か仕事をしたり、たまに席を立って電話しに行ったり。

……いや、私だって話しかけてない。

それは分かってる。

分かってるけど。

なんか、それでも腹立つ。

少しくらい何か話しかけてくるもんじゃないの?

今日の工場について、とか、今回のプロジェクトについて、とか。

何でもあるでしょ。

なのにこの人は、本当に何も言わない。

新幹線を降りて、レンタカーを借りて、私が運転席に座る。

スヒョンが助手席。

そこから約一時間。

「……」

まだ無言。

私は前を向きながら、ちらっと横目で助手席を見る。

スヒョンは窓の外を見ていた。

……何なの。

別に私だって喋りたいわけじゃない。

むしろ喋ったらまた喧嘩しそうだし。

でもだからって、本当に一言も話さない?

「あの」

耐えきれず。

私から口を開いた。

「はい」

返事だけは早い。

「今日行く工場なんですけど」

「はい」

「白樹の中でも、かなり古い工場です」

「そうですか」

「……」




終わった。

会話。

三往復もしてない。

「でも設備自体は何度も更新してますし、品質管理もかなり厳しくやってます」

「そうなんですね」

「……はい」

また終わった。

…何これ。

私だけが、必死に会話繋ごうとしてるみたいじゃん。

……もういい。気を遣って損した。

私は前を向く。

そこからまた無言。

カーナビの案内音とタイヤが道路を走る音だけが、車内に響いていた。

本当に感じ悪い。

いや、会議で喧嘩した相手と仲良くお喋りしろと言う方が難しいと思う。

しかも二人きりで車内に閉じ込められて。

でも今日の目的は工場見学。

一応仕事なんだから、多少はコミュニケーション取るでしょ。

しばらくして、工場の大きな看板が見えてきた。

「あ」

私は少しだけ姿勢を変える。

「着きます」

スヒョンは相変わらず窓の外へ視線を向ける。

敷地内へ入り、来客用の駐車スペースへ車を停めた。

エンジンを切ると、私はシートベルトを外して、隣を見る。

「着きましたけど」

「……ああ」

……ああ?

それだけ?…ありがとうとかないの?

「……」

私は無言で自分側のドアを開ける。

バタン!!

勢いよく閉めた。

「……」

もう知らない。

私はそのまま一人で工場の入口へ向かって歩き出した。

後ろから少し遅れてスヒョンもついてくる。



「おはようございまーす!」

工場の自動ドアを抜けた瞬間。

さっきまでの苛立ちをいったん全部しまう。

さぁアカリ、切り替えて。

今日は白樹食品の代表として、ハンウ食品の事業本部長を案内する日。

この前みたいに取り乱して、私情を持ち込むわけにはいかないからね。

「おはようございます!」

受付にいた女性が、私を見るなり顔を明るくした。

「あっ、白樹部長!」

「お久しぶりです、田中さん」

「本当にお久しぶりですね!」

「この前来たの、三ヶ月前でしたっけ?」

「そうです、そうです。その時、検品ライン見て帰られましたよね」

「あ、そうかもしれません。ていうか田中さん」

私は笑う。

「髪切りました?」

「え?」

「短くなってる」

「分かります?」

「分かりますよ!短いの似合いますね」

「やだー、嬉しい!」

田中さんが笑う。

その隣にいた男性にも目を向ける。

「佐藤さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です!」

「腰、大丈夫ですか?」

「え」

「前来た時、痛めたって言ってたじゃないですか」

「ああ!」

佐藤さんが驚いたように笑った。

「覚えてたんですか?」

「覚えてますよ〜佐藤さん辛そうにしてましたもん」

「もう大丈夫です」

「本当ですか?無理しないでくださいね」



そんな会話をしていると。

後ろから。

スヒョンが入ってきた。

私は振り返る。

「こちら、ハンウ食品のハン・スヒョン本部長です」

「よろしくお願いします」

スヒョンが。

丁寧に頭を下げる。

「社長からお話は承っております。本日はよろしくお願いします!」

工場側も一斉に頭を下げた。

「じゃあ、まず製造ラインから案内しますね」

私は歩き出す。

通路を進みながら、白衣と帽子を受け取る。

スヒョンも後ろで無言でそれに従う。

手洗い、消毒、エアシャワー。

一通りの衛生工程を終えて、製造エリアへ入る。

機械音が一気に大きくなる。

ゴウン、ゴウンと、一定のリズムで設備が動いている。

「ここが製麺のラインです」

私は、少し声を張る。

「小麦の配合から始まって、練り、水分調整、圧延、切り出しまで一気に進みます」

スヒョンは設備をじっと見る。

何か適宜頷きながら見ている。

すると、スヒョンも少し声を張って質問をしてきた。

「速度は?」

「商品によります。定番商品は速め、新商品や限定品は調整することもあります」

「ロス率は」

「平均で一パーセント台です。さらなる低下を目指しています。」

質問が速い。

さっきの車内とは違って、やっぱり仕事の話になると違う。

「かなり低いですね」

「改善を積み重ねてきたので」

そう言って、私は少し先にいる男性へ声を掛ける。

「高橋さーん!」

作業確認をしていた男性が、こちらを見る。

「おっ、アカリちゃん!」

「久しぶりー!」

ワイワイと駆け寄っていく。

その時、私は一瞬だけ止まる。

その横でスヒョンの視線がほんの少し動いた。

…なんだろう?

とりあえず気にせず続けた。

「ちょっと、高橋さん」

「何?」

「もう!会社でアカリちゃんやめてくださいって毎回言ってますよね」

「いいじゃん。小さい頃から知ってるんだから」

「もう28歳なんです。あと今、仕事中です」

「はいはい。白樹部長」

周りの社員たちが笑う。

私は恥ずかしくなって、少し顔をしかめる。

「こちら、ハンウ食品のハン本部長です」

「ああ!どうもどうも!」

高橋さんが慌てて姿勢を正す。

「いつも白樹部長にはお世話になってます」

「こちらこそ」

スヒョンが答える。

「高橋さんは、この工場にもう何年でしたっけ」

「三十二年」

「三十二年?」

「そう」

私はスヒョンを見る。

「製麺については、私よりこの人の方が何百倍も詳しいです」

「何百倍は言いすぎだ」

「いや、本当ですよ」

高橋さんが笑う。

「この子は昔から、何でも聞いてくるんですよ。小さい頃から仕事もしてないのに熱心な子でね。」

「もう!そんな子供みたいに。」

「この機械は何してるんですか、何でこの温度なんですか、何で今日は麺が違うんですかって」

「勉強してたんですよ!」

「一日中ついて回ってたよな」

「……学生の時の話ですから」

また笑いが起きる。

ふと、スヒョンを見る。

「……」

特に、何も言わない。

表情もほとんど変わっていない。

でもさっきまで、設備しか見ていなかった目が。

今は少しだけ、私の方へ向いている気がした。

「次、こちらです」

私は気にせず歩き出した。

製麺、乾燥、検品。

それぞれの工程を順番に案内していく。

途中、すれ違うたびに。

「あ、山本さん!」

「お久しぶりです!」

「鈴木さん、娘さん受験どうでした?」

「受かりましたよ!」

「本当!?おめでとうございます!」

「伊藤さん、この前の改善案ありがとうございました」

「あれ採用されたんですか?」

「もちろん。来月から試験導入します」

そんなやり取りが何度も続いた。

役職も部署も、年齢も関係ない。

私はできる限り、名前を覚えるようにしている。

話しかける時は、なるべく名前を呼べるように。

もちろん全員完璧に、とはいかない。

でも商品は人が作るものだから。

機械だけ見ても、工場のことは分からない。

誰が何を考えて、どこを工夫して、どこを守っているのか。

それを知らないまま商品開発なんて、できるはずがない。

「……ずいぶん、覚えているんですね」

突然隣から声がした。

「え?」

スヒョンだった。

「社員の名前」

「ああ」

私は少し笑う。

「何回も来てるので」

「それだけで覚えますか?」

「覚えようとはしてます」

「なぜ」

なぜ…?

そんなことを、真顔で聞かれると思わなかった。

「……一緒に商品作ってる人だからです」

私は答える。

「うちの会社は、メーカーです。

メーカーってどうしても開発とか広報とかがフォーカスされがちですけど、作ってくれてる工場の人がいないと会社自体機能しません。

でも本社にいると、どうしても数字とか企画書ばっかりになりますけど」

動いているラインを見る。

「…実際に作ってくれてるのは、ここにいる人たちなので、彼らへの感謝は常に忘れないようにしています。」

私はチラッとスヒョンを見る。

でも、スヒョンは何も言わなかった。

ただほんの少しだけ。

私を見る目が、一瞬だけ柔らかくなったような気がした。

…ま、気のせいかもしれないけど。



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