軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜



 将臣が去った後の麒麟堂には、重い静寂と冷えた空気が残されていた。
 凪は一人、静かに箒で店を掃いていた。
(兄様は……将臣様の身代わりだった……。それを背負って、将臣様はずっと苦しまれていたのね……)
 箒を動かす手が、ぴたりと止まる。
(だから……また『罪悪感』から、私を迎えにきてくださったの……?)
 箒の柄を握る指に、ギュッと力が入った。
「凪。終わったか」
 源一郎が入ってきた。凪はすぐさま背を向け、掃き掃除を再開する。
「もう少しで終わります」
 源一郎はその強張った背中を見つめ、小さく温かいため息をついた。
「……安藤殿を、許してあげなさい」
 凪の肩が跳ね、動きが止まる。
「軍医という誇りも、地位も家も捨てて追ってきたのだ。簡単にできることではない。……信じてあげなさい」
 父の穏やかな声が胸に染み渡る。だが、それを振り払うように、凪は目をぎゅっと瞑った。
「私は……ここを継ぎます。この店から、離れることはしません」
 背後で、源一郎の寂しげな息遣いが聞こえた。
「……そうか。お前が決めることだな」
 父はそれだけ言うと、静かに奧の部屋へ戻っていった。



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