軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
木綿の着物に色褪せた前掛け。髪はきっちり結われているが、化粧っ気はない。右の袖口で手を隠している。
「……すみませんっ。薬を買いたいのですが」
買い物籠を下げて、焦るように早口だった。
「ええ。中へお入りください」
父が声をかけるのと同時に咳き込んでしまう。凪がすぐに背をさする。
「……私が接客します」
父は息を整えながら無言で頷いた。
凪は小さく息を吐き、客に向かい合う。
「どのようなお薬をお探しですか」
「時間がないのですが、火傷の薬が欲しくて……」
娘は落ち着かない様子で、何度も外へ目を向ける。
「傷を見せていただけますか」
娘は肩を震わせた。
「……見せないと、だめですか?」
「傷の具合で、お出しする薬が変わりますので」
娘は諦めたように右袖を捲った。
細い右手は荒れ、甲にかけて赤く爛れている。
「これは、火の始末で……」
娘の言葉が途切れる。
凪はそっと腕へ触れた。
──火鉢を押し当てられ、娘が苦しげに顔を歪める──
そんな映像が凪の脳裏を掠めた。凪は息を飲み、震える指をそっと離した。
「……少々、お待ちくださいませ」
壁一面に並ぶ薬箪笥から紫雲膏の壺を取り出し、包んで差し出した。
「毎日塗ってください。……跡も残りにくくなります」
『跡』という言葉に、娘の肩がびくりと震えた。
凪は何も聞かなかった。
娘は代金を置き、足早に店を出ていく。
(そこから逃げて。助けたい……)
けれど、凪は呼び止めることはできない。拳を握り締めた。
「……あのっ、お待ちくださいっ」
凪は駆け寄り、前掛けのポケットから一粒の菓子を取り出す。
「これは結菓子という、あんこ玉です」
娘の掌へそっと乗せた。
「甘いものです。少しだけ、楽になりますから」
娘は目を丸くし、小さく笑った。
「……ありがとう」
娘は深く頭を下げると、そのまま夕暮れの町へ消えていった。
凪はその後ろ姿をただ見送った。
夕暮れ、外壕の木々から流れてくるひぐらしの声を聞きながら。
凪はしばらくしてから暖簾を下ろし店へと戻る。
父は娘が置いたお金を苦しげな息でじっと見つめていた。
「……いろいろあるな」
「なんですか?」
「いや。そろそろ人を雇わないといけないな」
源一郎がぼそっと言う。
凪はそっと頷いた。
「父上の体調が良くなるまで、身の回りの世話をする方を探しましょう」
源一郎の体調が悪くなってからは店番と父の世話で凪の仕事量は増えていた。
「それは不要よ」
店から居間に繋がる廊下から、義母の翠が湯呑みを乗せたお盆を持ち入ってくる。