軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
11話 屈辱のお茶会
「いってらっしゃいませ」
朝、将臣を見送り、凪は掃除を始めようとたすきを掛けた。
桶に浸した雑巾をギュッと絞る。ふと、自分の指先のアカギレに目が留まった。
(少しは身だしなみも綺麗にしないといけないわね)
自ら調合した軟膏を、指先へ丁寧に擦り込んだ。蓋を閉めようとした時、軟膏の残りが少量しかないことに気がついた。
「紫根を仕入れないと」
(久々に、実家へ行ってみようかしら)
咳き込む父親の丸い背中、麒麟堂を改装する義母の冷たい顔。
思い出すだけで、凪の胸は一気に重く苦しくなった。
(だけど……一度、様子だけでも見てこよう)
凪は掃除を手早く済ませると、衣を整え出かけた。
商店街の坂を下っていくと、目の前から華やかな女性たちが歩いてきた。
「あら、凪さん」
その中の一人に声をかけられる。振り返るまでもなく、誰の声か分かった。
「……薫子さんっ」
「奇遇ですわね。どちらへ?」
「あ……買い物に……」
口籠る凪に、すかさず薫子が艶やかな笑みを向ける。
「お時間はあるかしら? ちょうどこれから、お茶会を開くのよ。凪さんも、ご一緒にいかが?」
落ち着いていて、親切な優しい声だった。だが、凪はすぐに返事ができなかった。
薫子が引き連れている女性たちも、絹の光沢が眩しい金糸の帯や、美しい刺繍の施された訪問着をまとい、髪には色鮮やかな簪が揺れていた。
(質素な着物しか持っていないわ。こんな私でも、受け入れてくださるかしら)
凪は肩を縮め、着物の袖をぎゅっと握った。
「凪さん。気軽にご参加なさって。同年代の子たちばかりの茶会ですのよ。きっと楽しい時間になるわ」
「そ、そうですか……」
連れの女性たちも、にこやかに微笑んでいる。
それでも凪が躊躇すると、薫子が静かな足取り近づき、そっと囁いた。
「交友をお広げになったほうが……将臣様のためにもよろしいかと存じますわ」
(た、確かに……! 私も、将臣様のために社交性を身につけないと!)
「薫子さん。お誘いありがとうございます。では、喜んでお邪魔させていただきます」
凪はまっすぐな笑顔で頭を下げた。
その後ろで、薫子に控える令嬢たちが浮かべた冷ややかな嘲笑に、気づくこともなく。