軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
 


 パシャパシャと水音が響く。
 庭先の井戸の前で、凪は水を張った桶で顔を洗っていた。
 顔を上げると、桶の水は土で濁っていた。
「汚れていたんだ。だから……」
 将臣が「顔を洗ってきなさい」と言った意味に、今さら気づいた。
 また、薫子の完璧な姿が脳裏によぎり、つい、桶の淵を強く握ってしまう。 
(将臣様……泥まみれの私に、呆れられたかしら)
 急に胸が締め付けられた。
「でも……あのお方はお優しいわ。食事の準備までやっていただいているじゃないの」
(ずっと奥座敷で薬を引いてた。おしゃれに縁がないのは仕方がないこと!)
 凪は桶の水を勢いよく流した。
「さあ、私も夕餉の準備を手伝わないと」
(将臣様を支えるって決めたのだから)
 凪は自分を鼓舞するように、たすきをするりと解いた。

 凪が食後の食器を下げていると、将臣が頬の傷を触っていた。
「傷が、痛むのですか?」
「たまにな。古傷の痛みは、ぶり返すんだな」
「空気が乾燥してきたからかもしれませんね。ちょうどヨモギを収穫したんです。炎症を抑える軟膏をお作りしますね」
 将臣は優しい笑顔を見せる。
「ああ。助かる」
(ほら、こんなに自然に笑ってくださる。だから、大丈夫!)
 皿を炊事場へと運び込み、桶の水につけいく。水面には、自分の顔が映っていた。凪はそれをじっと見つめて動けなくなる。 
(大丈夫、よね……?)
 胸の奥に生まれた小さな不安は、綺麗には消えてくれなかった。

(将臣様は……本当に、私との結婚を望んでいらっしゃったのかしら……)

 秋の風に木々がざわめく。その音に呼応するように、凪の胸の内もざわついていた。




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