軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
そんな時、隣の令嬢が茶器を下ろした着物の袖口から、手元が覗いた。
手の甲の皮膚が赤くなり、小さな湿疹ができている。彼女は無意識にそこを掻いていた。
(……皮膚湿疹だ。あれは、痒みが強いはず)
凪は目が離せなくなる。しかし、声をかける勇気が出ない。
(また、笑われたら……)
その時、頭の中で兄の強い声が蘇った。
『凪、もう奥座敷に隠れるな。お前は立派な薬師だ』
(そうよ……! 兄様や父上から、私だってずっと学んできたんだ。
令嬢たちが茶道を習ってきたように……)
すうっと心の中が透明になった。
(私のやり方で、接すればいい。兄様……やってみるわ!)
凪は、真っ直ぐな瞳でその令嬢を見つめた。
「手の甲がお辛そうですね」
彼女は目を丸くしてから、凪を睨みつけた。
「なっ、不躾ですわねっ!」
恥ずかしそうに手を隠し、眉を吊り上げる。
凪はじっと手元を観察した。
(高貴なお立場の方、水仕事で荒れたわけはないはず。だとしたら……)
「最近、新しい化粧品や香油を使われましたか?」
図星を突かれ、面食らったように驚く。
「……な、なぜお分かりに⁈ これは外国製の香油を……高価なものよ!」
顔を真っ赤にして取り乱す令嬢に、凪は冷静に語りかける。
「品質の問題ではありません。体質に合わなかったのかもしれません」
巾着から、自家製の紫根軟膏を取り出した。
「炎症と痒みをとる軟膏です。よろしかったら、どうぞ」
凪は両手でそれを差し出した。
令嬢は得体の知れないものを見る目で見つめ、「結構ですわっ」と断った。しかし、強い痒みで手が出そうになる。彼女は顔色を伺うように、チラリと薫子を見た。
黙っていた薫子が、にこりと微笑む。
「せっかくだから、お言葉に甘えたら?」
令嬢は安心して、おずおずと手を差し出した。
凪がその手になめらかに軟膏を伸ばす。
「……っ! 熱が引いていくわ……!」
令嬢の表情が見る見ると和らいでいく。それを目の当たりにした令嬢たちが、身を乗り出してきた。
「すごいわ! どこの薬なの?」
「私が自分で調合しております」
凪は照れながらも、ふっと誇らしく微笑んだ。
「まあ、素晴らしい特技をお持ちなのね! どちらで学ばれましたの? 獨逸、阿蘭陀?」
先ほどの蔑みが嘘のように、令嬢たちが尊敬の目で凪を取り囲む。
凪の頬がふっと緩んだ。