軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
※
「美しい着物……」
凪は袖を握って、鏡の前でくるりと一周した。
(この着物は将臣様の同情……違うでしょ)
すぐに頭を振った。
(大事にしてくれている証拠なのよ!)
凪はそう思い込むようにしていた。
慰労の宴が開かれる会場は、煉瓦造りの洋館だった。
礼装姿の将校たちが次々と馬車から降り立ち、その隣には色鮮やかな着物を纏った夫人たちが並ぶ。玄関の硝子窓からは煌々とした灯りが漏れ、軍楽隊の演奏が聞こえてきた。
凪は馬車から降りようとして、思わず足を止めた。
(こんな立派な場所……)
隣へ回った将臣が、静かに手を差し出した。
「足元に気をつけろ」
「……はい」
凪はそっと、その大きく温かな手に触れた。
将臣は自然な仕草で凪の歩幅に合わせて歩き始める。
入口では衛兵が将臣を見るなり姿勢を正し、敬礼した。
「安藤少佐、お待ちしておりました」
将臣も軽く会釈を返す。
その姿は、家で見る穏やかな姿とはまるで違っていた。
濃紺の礼装軍服に勲章が輝いていた。軍帽を手にした横顔には一切の隙がなく、凛とした空気を纏っていた。
(将臣様……)
思わず見惚れる。
(こんなにも立派なお方だったんだ)
傷跡さえ威厳の一部のように見えた。
将臣は凪の視線に気づくと、小さく首を傾げた。
「どうした」
「い、いえ……」
慌てて首を振る。
「……今日は、いつもと違って見えて」
そう言うと、将臣は少し照れたように視線を逸らした。
「礼装だからだ」
将臣の隣を歩く、それだけで凪の胸がいっぱいになる。
受付を済ませると、知り合いらしい将校たちが次々と歩み寄ってきた。
「安藤少佐、お久しぶりです」
「少佐、このたびはご結婚、おめでとうございます」
将臣は穏やかに頷き、隣の凪へ視線を向けた。
「紹介する。妻の凪です」
一言だけだった。
けれど、その言葉は凪の胸へ真っ直ぐ届いた。
「初めまして、桐谷……いえ、安藤凪と申します」
緊張しながら頭を下げる。
「これはこれは、美しい奥様ですな」
「少佐にはもったいないくらいですよ」
周囲から笑い声が上がる。
将臣は少し困ったように眉を下げながらも否定はしなかった。
(妻って……紹介してくださった。私は、将臣様の隣にいていいんだ)
藤色の着物の袖をそっと握りしめながら、凪は幸せを噛み締めた。
会場へ入ると、将臣は礼装の胸ポケットへ手を入れた。
「あ……」
取り出したのは、小さく折り畳まれた紙──結菓子を包んでいた包紙だった。将臣は思わず目を細める。
「それ、捨てましょうか」
副官が声をかける。
将臣は静かに首を横へ振った。
「いや。これも、大事なんだ」
包紙の皺を指先で丁寧に伸ばし、もう一度きれいに折り畳み、再び胸ポケットへしまった。
凪はそれをじっと見つめていた。
(そんなに大切に持っていてくださったんだ……嬉しい)