軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
15話 求婚の簪



「兄上!」
 学生服姿の晴臣が離れへと走り込んできて、出勤しようとする将臣を捕まえた。
「晴臣。これから学校か」
「ああ! 今日の帰りさ、例の簪を買いに行こうよ!」
 将臣は慌てて、凪のいる離れを振り返った。
「……もう少し小声で頼む」
「俺がセンスいいのを選んであげるからさ」
 片目をきゅっと瞑ってみせる晴臣。
「……晴臣が、か?」
 将臣は怪しげに目を細める。
「簪って求婚の印なんだろ? 兄上、凪さんの好みなんて選べんの?」
 耳元で囁かれ、将臣は口をへの字にして複雑な表情になった。
 それを見た晴臣はニンマリと笑った。
「じゃ、決まり! 帰り、店の前で待ち合わせな!」
「……わかった。気をつけて行けよ」
 将臣が柔らかい声で言う。
「うんっ。約束だぞ!」
 晴臣は家の門ではなく、なぜか離れの裏庭に向かって走り出した。
「おい、学校だろう!?」
「ちょっとした用事、思い出した!」
 晴臣はその足で、離れの裏庭へと向かった。


 離れの軒先では、凪が竹籠で薬草を乾燥させる作業をしていた。
「凪さん!」
 凪は手を止め、振り返る。
「今日、一緒に買い物に行こう! 荷物持ちしてあげるから」
「ええ。ありがとう。ではお願いしますね」
「学校帰りに、店の前で待ち合わせな!」
「はいはい」
 子どもをあやすように楽しそうに笑う凪。
(……余裕だな)
 晴臣の心が、意地悪な期待にやけに弾んだ。
「じゃ、学校行ってくる!」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
 凪は無邪気に手を振って見送った。

 通学の途中、晴臣は水筒を出そうと鞄を探り、凪からもらった結菓子を見つけた。
「こんなところに入れてたんだ……」
 指でつまみ、目を細める。
(一口食べて、不味かったら捨ててやろう)
 包紙を剥がし、怖々一口かじってみた。
 サクッと軽い音を立てて崩れ、中の餡がさらりと舌の上で溶けていく。
 小豆の優しい甘みと、ニッキの香ばしい香りが、一瞬で口いっぱいに広がった。
 晴臣は思わず足を止めた。
(うわぁ……うまっ……)
 ふっと心の奥の重苦しさが、軽くなっていく。
 鼻から抜けるニッキの香りに誘われ、気づけば夢中で全部食べていた。
 晴臣はくしゃくしゃになった包紙を固く握りしめたまま、顔を上げられずにいた。
「凪さん……こういう薬も、作れるんだ……」
 不思議と指先が温かくなっていった。
 晴臣は握りしめた手から、じわじわと力が抜けていくのが分かった。








 





< 72 / 83 >

この作品をシェア

pagetop