軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
凪は指差した。
晴臣が腕を軽く上げると、青紫のあざがはっきりと残っていた。
「どうせ……喧嘩だと思ってんだろ。これは柔道で出来ただけだ」
ふいっと顔を背ける。
「痛そうね。薬を塗ってあげるから、腕を出して」
「これくらいなんてことないっ! 日常茶飯事だよ」
「いいから。ほら、出して」
凪は晴臣の制止を聞かず、その腕をそっと取り、あざに優しく触れた。
傷ができた時の光景が、目の裏に映し出される。
──息を荒げ、真剣な表情で大柄な相手に挑む晴臣の姿。足をかけようとして相手の重さに身体がぐらつき、腕を強く打ち付けた瞬間、だった──
「……相手が予想より重かったのね。晴臣さん、諦めずに頑張ったわね」
凪は胸元から炎症止めの軟膏を取り出すと、あざにすうっと優しく塗り込んだ。
「……なんで分かんだよ? お前、何者なんだよ……っ」
「ふふ、初めて会った時、晴臣さんは私に似ていると思ったの。だから……気持ちが分かってしまうのかもしれません」
凪は少し眉を下げて、照れくさそうに微笑んだ。
晴臣はその顔に、思わず見入ってしまう。
「さあ、行きましょうか」
凪が簪屋へ続く道を歩き出した。
その背中を見つめていて、晴臣の胸が激しく痛んだ。
(俺は……凪さんに、何をしようとしてんだ……っ⁈)
晴臣は慌てて走り寄り、凪の腕を掴んだ。
「凪さん! 別の道から行こう!」
しかし、晴臣が引っ張るより先に、凪の足がピタリと止まった。
その瞳が、ある一点を凝視している。
晴臣が視線を追う──。
簪屋の店内から出てきた、長身の兄。そして、その隣で、弾けるような笑顔を向ける薫子の姿──。
その薫子の手には、細身の鼈甲に小さな金の蝶をあしらい、動くたびに揺れる華やかな簪。それを見ながら、嬉しそうに将臣へ話しかけている。
(──どう見ても、兄上が薫子さんに買い与えたようにしか見えない!)
はっと我に返り、晴臣は凪の顔を見た。
凪は顔色ひとつ変えず、ただじっとその光景を見つめていた。