軍医と傷読みの花嫁 ~閉じこもり薬師は、傷もちの旦那様に愛される〜
「凪さんっ、これは……っ!」
晴臣が焦って声をかけると、凪は突然、くるりと踵を返した。
「……帰りましょう。夕餉の準備をしないと」
凪、自ら背を向けた。その顔には、怒りも、焦りも、何も浮かんでいなかった。
晴臣には、それがたまらなく怖かった。
「凪さん、ちょっと待ってっ! あれは違うんだっ──」
「分かってるんですっ!」
強い拒絶の声に、晴臣の心臓がギュッと跳ねた。
凪が、ゆっくりと晴臣の方へ顔を向ける。
「私は……自分の身の程を知っているの」
「……え?」
「私は将臣様に……望まれてお嫁に選ばれたわけではない、ということ」
「な、何言ってんだよっ……!」
予想外の諦めきった反応に、晴臣は動揺して言葉を失う。
すっと、凪の肩から力が抜けた。そしてなぜか、うっすらと儚い笑みを浮かべた。
(……全部、繋がったわ)
「私なんて相応しくないってことくらい、分かっていますから……」
(私は、もう……あの方の隣に立つために、何かを頑張る必要はないの)
意地を張るように強がって、にっと笑ってみせる凪。
それを見た晴臣の顔が、大きく引きつった。
(……俺と同じ笑い方、するなよっ……!!)
胸が押し潰されそうに苦しくなり、晴臣は耐えきれずに目を逸らした。
だが、凪は俯かなかった。むしろ、憑き物が落ちたように清々しい表情になる。
(……私は、兄様の代わり。本当に将臣さんに愛されていたら……薫子さんなんて現れるはずがないもの)
「……だから、もういいの」
誰に言うでもなく、凪は空に向かってぽつりと呟いた。
晴臣は廊下ですれ違った時の、無言の父親の顔が蘇った。
ぐっと拳に力が入る。
(痩せ我慢すんなよ……っ! 本当は泣きたいくらい、寂しいくせに……っ!!)
晴臣は凪の手から買い出しの荷物を奪い取るように引き寄せた。
「持ってやるっ! 俺の方が、力はあるんだからな!」
怒り肩になり、前を向いて早足で歩き出す晴臣。
凪はきょとんとして、その背中を見つめた。
「……ありがとう、晴臣さん」
「……お、おう! 次の買い物も付き合ってやる!」
ぶっきらぼうな晴臣の優しさに、凪は目を細めて笑みを浮かべた。
その笑顔が、今にも砕けてしまいそうなほど儚いことに、晴臣だけが気づいていた。