禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。

リヒトの世界 ①

 気持ちよく晴れている。

 昼は空が高く青く、雲が美しく行き()っている。そして、夜は月が輝き星が(きら)めいている。お伽噺(とぎばなし)にでてきそうな美しい世界だ。

 まぁ、当然か。ここはお伽噺の大元の世界なのだから。

 リヒトはシャリッとりんごを噛んだ。夢のように美しい、絵画のような世界。この世界をなんと表現したらいいだろう? 

「…空気の濃さが違うと言ったらいいか?」

 おや? それこそ空気の質が変わった気がする。……異物がこの世界に迷い込んだか? 

 曇りのない美しい世界に、灰色の霧がもやもや広がり始める。これは外界からの侵入者を意味する。誰が侵入してきたのだろう? どうして、どうやって? なんの目的で? 

「ふむ? 久しぶりの来客だな」

 何年ぶりだろう? ……百年くらいか。いやもっと? 

 侵入者は十人ほどの男たちだった。レディがひとりもいないのが興醒めだが、仕方ないな。

「お前たち、何故ここにいる?」

 無礼な侵入者に対して、しごく穏当に話しかけてやったつもりなのに、こやつらは私を怖がって(ろく)な受け答えもしない。失礼にも程がある。私が知らないうちに、人間どものマナーは悪化の一途を辿(たど)っているようだ。ちっ。

 おまけにやつらは私のことを遠巻きにして
「……もしや、【魔の者】ではあるまいか?」
「怪しげな…」
「目が獣のように光って…」
などとひそひそ話している。

 なんなんだ、こいつらは! こちらの質問に答えろ、馬鹿者が! 

 すると、遠くからリヒトに【声】を掛けてきた者がいる。
《その人間たちは、狩りの途中で迷ったのではないか? 血の匂いがする……》

 一角獣(ユニコーン)の男性だった。ユニコーンは神経質で、ことに血の匂いには敏感だ。絶対にこちらには近づかないだろう。

「お前ら、狩りの途中で迷い込んだのか?」
 リヒトは男たちに再度声を掛ける。

「お、お前は何者だ?」

 一番年若い男が訊き返してくる。ふむ、質問に質問で返す…か。ますます失礼なやつらだ。面倒だから爪で引き裂いて話し合いを終わりにするか? 私が迷っている間に、少し霧が晴れてくる。



「……若い男ではないか?」
「ほぉ、ずいぶん美しい男ではないか?」
「たしかに、これは見目麗(みめうるわ)しい…」

 私の神々(こうごう)しい美貌に気がついた男たちが、またひそひそと相談を始めた。ふっ。人間とはたわいもなく、可愛いものだな。

「あ、あなた様は、どなたさまで?」

 一番年嵩(としかさ)らしい男が、恐る恐るという感じで話しかけてくる。お前→あなた様、か。私の人間離れした美しさに気がついて、あからさまに態度を変えてきたな? なかなか殊勝なやつだ。

「……この近くに居住する者です」

 まぁ、決して嘘ではないからな。この答えでよいだろう。この世界のすべてが私の住処(すみか)であることだし。

「わ、わたくしどもは道に迷いまして。怪我をしている者もおります」
 ふむ。ここに迷い込むということは、もしや怪我人は重症なのか? 

《……薬が必要か、人間どもに訊いてみてくれ》

 ユニコーンがまたリヒトに【声】を掛けてくる。ずいぶん弱々しい声だ。薬が必要なのは人間どもではなくて、ユニコーンの方ではないか? 

「…何かお薬が必要でしょうか?」

 リヒトの言葉に、男たちは顔を見合わせる。私の言葉が意外だったのだろう。……私だって意外だ。なぜ私がこいつらを助けなければならんのか。ユニコーンめ。

「ご用意いただけるのでしたら、ありがたい」


 食べ終わって芯だけになってしまったりんごを、リヒトはポイッと地面に投げ捨てる。大地にりんごが落ちると、そこから魔法のようにしゅるしゅると木が生えてきた。
 やがてその枝から青い葉が茂ると、みるみるうちに美しい白い花が咲き始めた。りんごの花が満開になり、さわさわと風にそよいでいる。

 リヒトはユニコーンのもとへ、大股で歩いていく。ユニコーンといっても、人型に化身している。彼は少し離れた大樹の陰に身を潜めていた。

〈…お前、人間にやる薬があるのか?〉
《怪我によく効く薬なら、持ち合わせがある。しかし、これは病気には効かぬ》
〈フン、お人好しだな! 人間など助けてどうするのだ?〉

 銀髪で青い目のユニコーンは、軽く首を振る。…おや、なかなか美しい男だ。

《別に人間を助けたいわけではない。私は血の匂いが、どうにもダメなのだ。頭痛がしてな》

 あぁ、なるほど。血の匂いが我慢できないから、薬をやろうということか。ユニコーンは(けが)れに敏感だから、仕方ないな。リヒトは銀髪ユニコーンが袖から取り出した薬を受け取る。

《…塗り薬だ。人間の血の匂いがついた薬など、私には使えないので全部やろう。残っても返さないでくれ》
 リヒトはうなずく。…だろうな。

 ゆっくりと歩いて人間たちのところに戻ると、なぜか彼らは震えあがっていた。…なんだ? 寒気でもするのか? 

「…どうかしましたか?」
 笑顔で訊くリヒトに、ぶるぶる震える男たちは口ぐちに言う。

「あ、あなた様は【聖なる者】でしょうか?」
「もしや、聖者さまで?」
「りんごの木が……! 見る見る大きく!」
「おぉ、何ということか! あなた様はいったい?」

 …なんたらかんたら、人間どもがうるさく言い始めたな。
 
 あぁ、りんごか。うっかりしていた。リヒトは顎に手をそえる。さて、なんと説明したものか。「最近は良い日和が続きますので、植物の生育が良好ですね!」ではどうだ? 

 ……この説明ではダメだろうな。この土地は特別なのだ。人間の世界とは根本が違う。りんごの木などはほんの数分で実をつけるぞ。

 ユニコーンから受け取った薬を人間に渡しながら言う。
「傷口に塗ってください、お薬です」

 面倒なので、りんごの木の説明は放棄した。男たちは薬を押しいただくように受け取ると、矢じりで怪我をしている男の足に塗り始めた。もしかして、狩猟用の弓矢に当たったのか? 

「泣きネズミを狩ろうとしていたのです」
「矢に毒を塗っておりまして…人間には効かない物なのですが」

 人間には効かない毒だと? フッ、怪しいものだな。いろいろと利害関係のあるやつらなのではないか。



 ユニコーンの塗り薬は実によく効いた。男たちは「まるで神薬(しんやく)でございますな!」とか、「これは素晴らしい!」と騒ぎ立てたが、私の用意した薬ではないのでどうでもよい。血の匂いが消えたので、ユニコーンもきっと満足だろう。

「この一本道を歩いて行けば、元居た場所に戻れると思いますよ。少し休まれてから出発なさっては?」
 リヒトが親切に右手で示してやると、何故かその場の空気が変わった。


「…実は、わたくしどもには『お願い』があるのです」
 リヒトはうなずく。……だろうな。

 人間がここまで来るのはそう簡単なことではない。ここは人間が簡単に迷い込める場所ではないからな。どういう手段を使って来たのか知らないが、それなりに〈願いごと〉があるのだろう。

 もともと、ここは人間が「叶えがたい願いごとを叶えに来る場所」だ。はるか昔からそうだった。何人もの人間が訪れて、取引をしては帰って行った。

 リヒトはにっこり笑った。
「皆さんが何を願われるのか存じませんが、願いを叶えるには無料(ただ)というわけにはいかないのです。ですから、あまりお勧めできません」

「もちろん、承知の上です!」

 一番年若の者が目を輝かせて言う。…… こいつ、自分の家族の命でも平気で売り渡しそうなヤツだな。リヒトはげんなりする。私はこういう(やから)が嫌いだ。大嫌いだ。

 リヒトは〈願いごと〉をしたいという四人の男たちに、ルールの説明を始める。他の人間たちはこの四人の従者らしい。

「皆さんにルールを説明いたします。願いを叶えるのは、私ではないのです。この世界にあるご神木です。あちらです」

 虹色に輝く一本のご神木をリヒトは指し示す。

 ここには太古の昔から存在しているような、たくさんの巨木がある。その中でも最も大きく霊力の高い古木が、ご神木である。ご神木は霊力の籠った木であり、人間の様々な願いを叶えてくれるのだ。

 まぁ、「本当に願いが叶うかどうか」リヒトは知らないのだが、人間たちが命懸けでやってくるので無碍(むげ)にもできない。百年に一度くらいの間隔で、人間どもはやってくる。そして、リヒトの大嫌いなゲームを始める。


 ご神木は人間の魂を喰らうのだ。それだからこそ、長きに(わた)って霊力を保ち、気高く存在していられる。ご神木が人の願いを叶えるのは、善意のボランティアではない。願いを叶えることを餌に、人間をおびき寄せては捕食している。

「まず、あなたの願いを叶えるために、赤の他人の命を差し出すことはできません」

 当然のルールだと思うのだが、ここでがっかりするクソ野郎もいる。かなりの人間がこの最初のルールで(つまず)くのだ。

「あなたの願いが叶った後で、契約を取り消すことはできません」

 これも当然だと思うのだが、自分の願いが叶った途端に、「やっぱり魂は渡せない」と言い出す人間もいる。だから、リヒトはこんな馬鹿馬鹿しいゲームはやめるべきだと思っている。

 しかし、ご神木も生きるためには食べなければならんのだ。生きとし生けるもの、すべてが何かを糧にして生きている。そして、この世界にはご神木の存在が必要だ。だからこの世界の住人は、持ち回りでこの「ガイド役」を務めている。

 今はこの私、リヒトがガイド役だ。不愉快で不本意だが、我慢して人間に対している。…あぁ、イヤだ。

「最後にもうひとつ、あなたは『不老不死』を願うことはできません」


 四人の人間がガヤガヤ言い始める。面倒くさい。文句があるなら今すぐに帰れ! 私はお前たちに頭を下げてまで、〈願いごと〉をしろなどと思っていない。 

「なぜ、不老不死を願うことはできないのでしょう?」

 出た、想定問答に載っている質問が。こいつらは馬鹿なのか? ご神木は人間の魂が欲しいのだから、人間に気安く不老不死なんぞを願われたら困るではないか! 

「不老不死を(あがな)うには、ひとりの魂では足りないのです」
 ……これが想定問答の答えだったな。リヒトは粛々(しゅくしゅく)と答える。

「なるほど…」

 おっ、納得してくれたか? お互いのためによかったぞ。昔、この答えに対して図々しくも
「それならば、我が国の民たちの命を差し出そう! いくら出せば不老不死を叶えてくれるのだ? 百人か? 千人か? いくらでも出すぞ!」
と答えた()れ者がいたらしい。

 自分の不老不死を叶えるために、無辜(むこ)の魂を売るなど狂気の沙汰だ。

 ガイド役をしていた者が気の短い者だったらしく、その痴れ者にはその場で呪いが掛けられ、男は治める国を失ったばかりか、魂も取り上げられてしまったそうだ。自業自得なので、可哀想でも何でもないな! 

 そもそも最初に「赤の他人の命は差し出せない」と断っているのに、自国の民たちを何だと思っているのだろう? 

「あの、赤の他人の命では契約できないとおっしゃいましたが……」
「はい」
 リヒトは眉をぴくりと上げる。…ほら、おいでなさった。
「血がつながっていれば、良いので?」

 その通りだ、大正解。本人および家族(親族)が取引の対象になる。

「そうですね。血が繋がっていることが大前提です」
「義理の家族ではムリですか?」
「血が繋がっておりませんと、無理です」
「赤ん坊でも大丈夫ですか?」

 おい、赤子の命を差し出す気か? 勘弁してくれ! 吐き気がするぞ。

「………年齢制限はございません」

 リヒトは苦虫を嚙み潰して、ようやく答える。だからガイド役はイヤなんだ。むかむかする! 私もこやつら全員に呪いを掛けて、魂を簒奪(さんだつ)してやろうか。くそっ! 
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