禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。

船争い ②

「おい、始まったな。船争いだ!」
「またか? 去年も見たぞ」
「面白がってケンカを仕掛ける者もいるから、タチが悪い…」

 タイタニック号の客たちがザワザワし始めた。多くはクリスティ家と縁のあるミニヨンの貴族たちだ。

「あれは貴族が商人の船をどかして、花見の場所を奪おうとしているんだろう」
 ユウキは腕を組んで、目を凝らして見物し始める。シャーロッテは不快そうに眉を(ひそ)めていた。

「わざわざ場所を奪わなくてもいいでしょうに。身分をひけらかして…。ああいうのは、我が国(アウソニア)でも見かけます。どこでも一緒ですわね!」

「どう見ても商人の船の方が先に(とま)っていたでしょう? ひどいことするなぁ!」
 オリバーがムッとして、非難するような声をあげる。オリバーは正義感が強い。

「貴族が身分を笠に着て、平民の船をどかすのは珍しくないんだ。花祭りでの場所取りトラブルは、貴族同士でも珍しくないからな! 毎年どこかでケンカが起きているんじゃないか?」

 ユウキがサイラスに「…こっちは身分制度のある世界だからな」と小声で説明して肩をすくめる。立派な身分を平和的に使えばいいのに、そうはならないんだな。


 陸での場所取りトラブルなら、加勢して助けてくれる者がいるかもしれない。けれども、花見船同士の〈船争い〉は、湖上でのやりとりなので孤立無援になりやすい。そして、毎回平民側が負けるのだ。


「おいおい、まさか〈船争い〉か? 初めての舟遊びで、こんなトラブルを目にするとは!」

 律儀に挨拶回りをしていたシオドアが、カクテルを片手にユウキたちのところに戻ってくる。シオドアの小姓サムも一緒だ。オリバーの小姓は留守番なのだが、シオドアは「めったにできない舟遊び」にサムを伴って来ている。

「酔っぱらって、気が大きくなっているんだろう。バカなことをするものだ」
 シオドアはハラハラした様子で争う船を見ている。温和な彼は争いが苦手だ。

「…シオドア様、胃腸薬をお飲みになりますか?」
 サムはいつもシオドアの胃腸薬を革袋に持ち歩いている。
「あぁ、そうだな。一服飲んでおこうか」 


 しばらくの間、ふたつの船は睨み合って「のけのけ!」と「困ります! どうぞお引きくださいませ!」を繰り返していた。

 しかし、商人の船はジリジリと場所を追いやられつつある。貴族側の船が近づきすぎて危険なので、商人側の船が場所を動かざるを得ない。貴族側は計算ずくで、船をぶつけかねない距離に近づいている。

「あれ?」

 サイラスは〈船争い〉を仕掛けられている商人の船に、見覚えのある紋章が(ひるがえ)っているのを見た。

(あの旗は「アルテミス商会」の旗じゃないか?)

 アルテミスでは獅子と一角獣、そして乙女の組み合わさった意匠が使われている。最近見たばかりの、見覚えのあるデザインだ。

「叔父上、船争いをしかけられているのは、アルテミス商会の船みたいです!」
 サイラスは指をさして、アルテミスの意匠を示す。

「…たしかに、あれはアルテミスの旗か?」
「うわぁ~? グレイスさま、あの船に乗っているのかな? 可哀想に…」

 ほんの十日ほど前に、サイラスはアルテミス商会に出かけてグレイス嬢と商談をしたばかりだった。

 

 グレイスは薄茶の髪に菫色の瞳を持った美しい少女である。肌は陶器のようにすべすべで、少し人形めいて見える。

「いらっしゃいませ、サイラス様」

 差し出されたグレイスの手はぽっちゃりして、つきたてのお餅みたいだった。…イヤ、決して太っているわけではない。

 グレイスはまだ十一歳の少女で、体格はかなり小柄で幼く見える。まだ〈ほんの子供〉のグレイスが、アルテミス商会の女主人だ。

「当家の『アルテミス』は、代々女主人が引き継ぐと決まっているのです。わたくしは赤ちゃんの頃にアルテミスを相続しました」
 グレイスはそんなふうにサイラスに説明した。

(なんだか格式の高そうなデパートだ…)

 おそらくアルテミスは、ミニヨンで一番大きなデパートメントに違いない。老舗デパートはいくつかあるが、アルテミスは王室御用達で、多くの高位貴族たちが利用している。

(下位貴族であるドイル家の御用達は、アルテミスじゃないけど)

 サイラスのドイル男爵家はアルテミスとのお付き合いはない。アルテミスはアトス寺院の御用達だ。アトス寺院はまったくもって裕福でないので、あまり良い客ではないだろう。

 サイラスがアルテミスを訪問するのは、このときが初めてだった。花祭りの定番である花見団子を注文に来ただけだ。

「高位貴族はアルテミスの執事を屋敷に呼びつけて注文したりするらしいけど、アトス寺院では考えられないな…。百貨店の外商を家に呼ぶような感じかな?」

 アルテミスの豪華な雰囲気に、サイラスはすっかり飲まれてしまった。

 アルテミスはまるで本物のお城みたいだ。高い天井にはシャンデリアがいくつも(きら)めき、外観は堅牢なレンガ造りで、豪華なバルコニーがいくつも突き出している。

 ヨーロッパのどこかに、こんな素敵なお城があったんじゃないか? 行ったことがないので名前はさっぱり思い出せないけれど…。

「こんなにキレイなところ、僕初めてですっ! 夢の世界みたいですね、サイラスさま~」
 アトス寺院でサイラスつきになった小姓のタママが興奮している。

「貴族の僕でもびっくりだよ。アルテミスはすごいお金持ちみたいだ!」
「サイラスさまでもびっくりですか?」

 さらに、グレイスの後ろに控える守り役のふたり組にもびっくりした。ひとりは赤毛のリヒト、もうひとりは銀髪のオプスキュリテ。
 
 まず背が高い。イヤ、これは別にいい。僕だって、前世のゆうき時代は高身長だった。

 だが、しかし。簡潔に言うと、このふたりが「信じられないくらいの美形」なのだ! 

リヒトは赤毛をポニーテールにして、金色の目をギラギラさせているし、オプスキュリテの方は銀色の長髪をゆるく三つ編みして、冷たいツンツンした青い目をしているし…。ふたりとも恐ろしく眼力の強いイケメンだ。

(こいつら、多分霊力持ちだろう…。グレイスさまの用心棒か)

 霊力を持っている人間には、同じく霊力のある者がわかる。サイラスは肌にピリピリする感じを覚えながら、ふたりは霊力持ちだと判断した。
 

 せっかく異世界転生したんだから、ユウキと僕こそこういう美形キャラになりたかったよ! それでも(サイラス)はまだ水色の髪にエメラルドグリーンの瞳でそこそこの容姿だけど、ユウキなんかは前世のままの容姿だよ? 

「…可哀想なユウキ! 異世界転生しても美形キャラにも美少女キャラにもなれなくて、前世とまったく同じルックスだよ?」

 僕がそう思って魂の片割れに深く同情していると、
「サイラスさま、どうかしましたか?」
 小姓のタママが心配そうな顔をしてくる。

「なんだか、お腹が痛そうな顔してますよ~?」
「だ、大丈夫だよ、タママ」

「初めてのお買い物で、サイラスさまも緊張しているんですね。大丈夫ですっ! 僕がついていますから!」
「あ、ありがとう。タママ…」

「…グレイスさまって、お城のお姫様みたいです!」
 タママが嬉しそうにニッコリ笑う。
「そ、そうだね」


 ユウキ推薦のタママは、たしかに性格のいい子だった…。そして、タママは一度会っただけですっかりグレイス嬢のファンになった。

 ……タママ、今グレイスさまが大ピンチだぞ! 

 今日の舟遊びにはタママは参加していない。オリバーの小姓ライとサイラスの小姓タママはお留守番だ。乗船人数にかぎりがあるだろうと、シオドアが気を遣って参加人数を絞ったのだ。これほど大きな船ならば、一緒に連れて来てあげても良かった気がする。


 アルテミスの旗を船首につけた船は、貴族の船に追い立てられるように場所を奪われつつあった。

 タイタニック号などは船体が大きいからいいが、中型船が大型船の陰に入ってしまうと、ろくに花見もできないのではないか? 

「ユウキ、うちの船を少しだけ動かしてあげましょうよ」

 シャーロッテは溜息をついた。せっかくの舟遊びなのに、意地悪な貴族のせいで不愉快この上ない。平民が貴族に逆らえるわけがないのに、わざわざ〈船争い〉などを仕掛けて…。

 シャーロッテの指示でタイタニック号が動かされる。アルテミスのものと(おぼ)しき船は、タイタニック号に庇われるように、争っていた船と引き離された。

「場所を盗られたあちらの船に、お見舞いを差し上げましょう!」

 シャーロッテは小舟をやって、お菓子と料理を届けさせるつもりだ。
「意地悪な貴族ばかりではないと知って欲しいわ」

 あぁ、〈船争い〉なんて見たくなかった。シャーロッテは頬に手を当てて、再び溜息をつく。八年ぶりの花祭りだというのに、興醒めでがっかりだこと! 
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