禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。
花祭りの前に
タママは今年九歳になる。貴族は十五歳で成人だが、平民にはハッキリした成人が決められていない。仰々しい成人式もお貴族様だけの行事だ。タママのような庶民は「一人前に稼げる」ようになったら、大人になったいうことらしい。
「女の子は結婚して子供を産むから、成人として認められやすいけど…」
平民の男子が一人前扱いされるのは、経済力がないとムリだ。成人を決めるのは自分ではない。周囲に一人前と認められて、初めて大人になれるのだ。
(僕はまだ成人には程遠いなぁ。孤児院ではお金を貯める機会も、使う機会もほとんどないし…。正直、お金なんか使ったことがほとんどないよ。こんな自分でも、いつか大人になれるのかな…。僕なんか、一生半人前かもしれないな)
タママは大きな箒を片手に、少し肩を落とした。
「ターママ、あっちを掃き清めてよ」
「…はい」
自分よりも年嵩の孤児に言われて、タママは素直にうなずく。孤児の年齢は正確でないことが多いので、実際にはタママとどちらが年上なのかよくわからないけれど。
……僕の名前は「タママ」だ。でも孤児院ではいつの間にか、「ターママ」と癖をつけて呼ばれるようになってしまった。ここでは僕の名前なんか、誰も気にとめない。記号みたいなものなんだ。
タママは自分の身長くらいある、大きな箒を持って中庭に移動する。早春なので、この季節は落ち葉はあまりない。近くの農地から飛んでくる藁やゴミを掃いたりする。
中庭にはこの春に入ったばかりの若い文官がいた。きれいな水色の髪に、明るい緑色の目をしている。中庭で一生懸命に錫杖を振り回す姿を、タママはときどき見かけていた。この文官は今日も熱心に錫杖を振り回している。
「あれは鍛錬だ」と、別の文官がタママに教えてくれた。
「…タンレンって何ですか?」
タママがおずおずと訊き返すと、その文官は
「貴族は成人する時に、自分の性質に合った武具が授与されるんだ。…私のは刀なんだけど、サイラス様は錫杖だ。賜った武具を使いこなせるように練習するのが鍛錬だよ」
と噛み砕いて教えてくれた。
自分の性質に合った武具…? 噛み砕いて教えてもらっても、タママには意味がよくわからない。それでも、「お貴族様って思ったよりも大変そうだなぁ~」ということだけはわかった。
水色の髪の文官は「サイラスさま」だ。彼はタママと違って貴族だから、名前を間違えたらとんでもなく失礼になる。だからタママは一生懸命「サイラスさま、サイラスさま…」と繰り返して覚えた。
今年入った「新人さん」はサイラスさまひとりなので、わりと楽に覚えられた。タママはホッとする。貴族相手に名前を間違えるような非礼は、いくら何でもおっかなすぎる。
サイラスさまは優し気なので、簡単に人をお手打ちにはしないだろうが、貴族は刀や錫杖を持っている。彼らの持つ武具は伊達ではない。貴族は偉くて、平民は偉くないのだ。それくらいは子供のタママだって知っている。
タママはサイラスさまのタンレンを何度か目にしたことがあるのだが、そりゃあとてもキレイなのだ。でもその話をミッチにしたら、思いっきり笑われてしまった。
「何がきれいなの?」
「なにって……その、タンレンの動きが?」
「錫杖を振るのがきれいなの? 変なの!」
タママとミッチはふたりで雑巾がけをしていたのだが、ミッチはわざわざ雑巾がけを止めてくすくす笑い出した。笑い上戸のミッチはタママよりみっつ年上の女の子だ。
うまく説明できない。あれは見なければわからないと思う。ミッチもサイラスさまのタンレンを見てみたらいいのに。何だか、モヤモヤした嫌なことを忘れさせてくれるような清々しさがあるんだ。
「サイラスさまのタンレンって、何かこう…すご~くきれいなんだよ!」
タママはがんばって身振り手振りでタンレンを説明しようとする。
「……サイラスさま、お顔はきれいだよね?」
ミッチはそう言った。ミッチはゆるいウェーブのある赤毛に、綺麗な青い瞳をしている。とても可愛い顔だちをした女の子で、いつも夢見るようなことばかり言っている。
「でも、サイラスさまのお兄様はもっと素敵なんだってよ?」
「………」
僕の言いたいことが、ミッチにはまったく通じていない。タママは少しがっかりした。
「サイラスさまのお兄様って、どこからそんな話を聞いたの?」
「文官の小姓になってる子。お貴族様の情報が入ってくるの!」
「へぇ…」
貴族の情報なんか知ってどうするのさ。タママはそう言おうとして、やめておいた。なんだかさらにがっかりする答えが返ってきそうな気がして…。
孤児の女の子たちは、貴族に憧れを抱いている子が多いのだ。ミッチもそのひとりなのかもしれない。孤児は天涯孤独で親の顔も知らない子供が多い。自分のルーツを知らないから、昔ながらの家門である貴族に憧れるのだ。
「ターママもがんばって、サイラスさまの小姓になったら?」
「ムリだよ」
小姓に選ばれるのは体の大きい男子だ。僕は歳よりも小さくて、ガリガリだから選ばれそうにない…。タママはミッチよりも現実的なので、自分は小姓になれっこないとあきらめている。
「あたしは女だから、サイラスさまの小姓にはなれないんだぁ。男は得だね~」
ミッチは頬っぺたを膨らめてそんなことを言った。男でも、僕だって選ばれないけど…。
今日もサイラスさまは中庭でタンレンしている。右手に錫杖を持って、ゆっくり動かす動作がとてもきれいだ。まるで空気をかき混ぜているみたいで。
(おつかいの途中で見た、大道芸人のダンスみたいだ…)
お貴族様のタンレンを大道芸人と比べたら怒られそうだけど、タンレンしているサイラスさまは、なんだか踊っているみたいだ。見かけるたびに、タママは「すごくきれいだなぁ~」と見とれてしまう。
僕はサイラスさまのタンレンを見るのがとても楽しみだ。庭掃除はあんまり好きじゃないけど、これからの季節は寒くも暑くもないし、あのタンレンが見られるから好きになれるかもしれない。
「ミッチや他の孤児たちも誘って、みんなでサイラスさまのタンレンを見たいのになぁ…」
あんなにきれいなもの、ひとりで見るのはもったいないよ。
「女の子は結婚して子供を産むから、成人として認められやすいけど…」
平民の男子が一人前扱いされるのは、経済力がないとムリだ。成人を決めるのは自分ではない。周囲に一人前と認められて、初めて大人になれるのだ。
(僕はまだ成人には程遠いなぁ。孤児院ではお金を貯める機会も、使う機会もほとんどないし…。正直、お金なんか使ったことがほとんどないよ。こんな自分でも、いつか大人になれるのかな…。僕なんか、一生半人前かもしれないな)
タママは大きな箒を片手に、少し肩を落とした。
「ターママ、あっちを掃き清めてよ」
「…はい」
自分よりも年嵩の孤児に言われて、タママは素直にうなずく。孤児の年齢は正確でないことが多いので、実際にはタママとどちらが年上なのかよくわからないけれど。
……僕の名前は「タママ」だ。でも孤児院ではいつの間にか、「ターママ」と癖をつけて呼ばれるようになってしまった。ここでは僕の名前なんか、誰も気にとめない。記号みたいなものなんだ。
タママは自分の身長くらいある、大きな箒を持って中庭に移動する。早春なので、この季節は落ち葉はあまりない。近くの農地から飛んでくる藁やゴミを掃いたりする。
中庭にはこの春に入ったばかりの若い文官がいた。きれいな水色の髪に、明るい緑色の目をしている。中庭で一生懸命に錫杖を振り回す姿を、タママはときどき見かけていた。この文官は今日も熱心に錫杖を振り回している。
「あれは鍛錬だ」と、別の文官がタママに教えてくれた。
「…タンレンって何ですか?」
タママがおずおずと訊き返すと、その文官は
「貴族は成人する時に、自分の性質に合った武具が授与されるんだ。…私のは刀なんだけど、サイラス様は錫杖だ。賜った武具を使いこなせるように練習するのが鍛錬だよ」
と噛み砕いて教えてくれた。
自分の性質に合った武具…? 噛み砕いて教えてもらっても、タママには意味がよくわからない。それでも、「お貴族様って思ったよりも大変そうだなぁ~」ということだけはわかった。
水色の髪の文官は「サイラスさま」だ。彼はタママと違って貴族だから、名前を間違えたらとんでもなく失礼になる。だからタママは一生懸命「サイラスさま、サイラスさま…」と繰り返して覚えた。
今年入った「新人さん」はサイラスさまひとりなので、わりと楽に覚えられた。タママはホッとする。貴族相手に名前を間違えるような非礼は、いくら何でもおっかなすぎる。
サイラスさまは優し気なので、簡単に人をお手打ちにはしないだろうが、貴族は刀や錫杖を持っている。彼らの持つ武具は伊達ではない。貴族は偉くて、平民は偉くないのだ。それくらいは子供のタママだって知っている。
タママはサイラスさまのタンレンを何度か目にしたことがあるのだが、そりゃあとてもキレイなのだ。でもその話をミッチにしたら、思いっきり笑われてしまった。
「何がきれいなの?」
「なにって……その、タンレンの動きが?」
「錫杖を振るのがきれいなの? 変なの!」
タママとミッチはふたりで雑巾がけをしていたのだが、ミッチはわざわざ雑巾がけを止めてくすくす笑い出した。笑い上戸のミッチはタママよりみっつ年上の女の子だ。
うまく説明できない。あれは見なければわからないと思う。ミッチもサイラスさまのタンレンを見てみたらいいのに。何だか、モヤモヤした嫌なことを忘れさせてくれるような清々しさがあるんだ。
「サイラスさまのタンレンって、何かこう…すご~くきれいなんだよ!」
タママはがんばって身振り手振りでタンレンを説明しようとする。
「……サイラスさま、お顔はきれいだよね?」
ミッチはそう言った。ミッチはゆるいウェーブのある赤毛に、綺麗な青い瞳をしている。とても可愛い顔だちをした女の子で、いつも夢見るようなことばかり言っている。
「でも、サイラスさまのお兄様はもっと素敵なんだってよ?」
「………」
僕の言いたいことが、ミッチにはまったく通じていない。タママは少しがっかりした。
「サイラスさまのお兄様って、どこからそんな話を聞いたの?」
「文官の小姓になってる子。お貴族様の情報が入ってくるの!」
「へぇ…」
貴族の情報なんか知ってどうするのさ。タママはそう言おうとして、やめておいた。なんだかさらにがっかりする答えが返ってきそうな気がして…。
孤児の女の子たちは、貴族に憧れを抱いている子が多いのだ。ミッチもそのひとりなのかもしれない。孤児は天涯孤独で親の顔も知らない子供が多い。自分のルーツを知らないから、昔ながらの家門である貴族に憧れるのだ。
「ターママもがんばって、サイラスさまの小姓になったら?」
「ムリだよ」
小姓に選ばれるのは体の大きい男子だ。僕は歳よりも小さくて、ガリガリだから選ばれそうにない…。タママはミッチよりも現実的なので、自分は小姓になれっこないとあきらめている。
「あたしは女だから、サイラスさまの小姓にはなれないんだぁ。男は得だね~」
ミッチは頬っぺたを膨らめてそんなことを言った。男でも、僕だって選ばれないけど…。
今日もサイラスさまは中庭でタンレンしている。右手に錫杖を持って、ゆっくり動かす動作がとてもきれいだ。まるで空気をかき混ぜているみたいで。
(おつかいの途中で見た、大道芸人のダンスみたいだ…)
お貴族様のタンレンを大道芸人と比べたら怒られそうだけど、タンレンしているサイラスさまは、なんだか踊っているみたいだ。見かけるたびに、タママは「すごくきれいだなぁ~」と見とれてしまう。
僕はサイラスさまのタンレンを見るのがとても楽しみだ。庭掃除はあんまり好きじゃないけど、これからの季節は寒くも暑くもないし、あのタンレンが見られるから好きになれるかもしれない。
「ミッチや他の孤児たちも誘って、みんなでサイラスさまのタンレンを見たいのになぁ…」
あんなにきれいなもの、ひとりで見るのはもったいないよ。