禁死篇 ~成人前に亡くなったけど、異世界で元気にがんばってます。

サイラスさまの小姓

 花祭りの近づいたある日、タママは寺院の主事に呼び出されて「今日からサイラスさまの小姓だ」と告げられた。

「……僕が?」
 どうして、僕が? 

「そうです。サイラスさまがあなたを選んだのです」
「ど、どうしてでしょうか?」

 小姓に選ばれるのは体格の良い男の子ばかりだ。まともな教育も受けていない孤児に、まず求められるのは肉体労働だから当然だろう。
 貴族の小姓に選ばれると、ミニヨンからささやかながら給与が支払われる。孤児にとって小姓に選ばれることは憧れだが、小柄なタママにとっては驚きだ。


 主事はタママをちらりと見やると、
「ターママ、お前に拒否権はないのですよ?」
 断固とした口調で告げる。

 タママへの呼びかけが「あなた」から「お前」に変わっている。タママはどうやら主事のご機嫌を損ねたらしい。

「い、いえ。あの、うれしいんです。でも、どうして僕が選んでもらえたのか…」
 主事は小首をかしげる。年の頃は三十少し手前くらい、苦労性なのか頭髪が薄い。

「わたくしは言ったのですけれどね、小姓を選ぶなら大柄で力のある子の方が良いと」
「…はい」

 主事はフンと鼻を鳴らす。「…ドイル家の方たちは、とにかくお優しいから…」主事は口の中で何事か小さくつぶやく。

「わたくしは言ったのですよ、サイラスさまに。大柄な小姓の方がお役に立ちますよと」
 二回もしつこく同じことを繰り返す。自分のアドバイスが受け入れられなかったせいか、主事はちょっぴり気分を害しているみたいだ。

「は、はい、すみません」
 とりあえず、タママはサイラスに代わって主事にぺこぺこ謝っておく。

「本来選ばれるはずもないお前が選ばれたのです。サイラスさまに感謝して、死に物狂いでお仕えしなさい。よろしいですね?」

「か、かしこまりました!」
 タママは床に顔を押しつけんばかりに平伏した。その姿を見ると、主事はようやく満足したように頷く。


 タママは寮内にあるサイラスの部屋に移ることになる。コネクティングルームのような「次の間」があって、小姓はそこで寝泊りするようになる。
 貴族であるサイラスの部屋は二間の広さがあるのだが、小姓のタママは一間の部屋に住むことになる。

 それでも自分だけの部屋ができるのは、タママにはたいした出世だと思える。今までは孤児院でみんなと相部屋、雑魚寝で暮らしていたのだから。

 タママの荷物は服が数枚と布団一式程度のもので、ほとんど荷物がない。自分の荷物を部屋に入れると、タママはさっそくサイラスに挨拶に向かった。



「えーっと、きみがタママ? 時々中庭で会うよね?」

 サイラスの気さくな第一声に、タママは度肝を抜かれる。肩より短く切り揃えた水色の髪と、きれいな緑色の瞳。中肉中背のさっぱりした青年だ。

 ミッチがサイラスの顔を「きれい」と言っていたのを思い出す。整った顔というよりも、すっきりと感じのいい顔だった。美形ではないが、どことなく品がある顔だ。

「しゅ、主事さまから、死に物狂いでサイラスさまにお仕えするようにと…」
 タママが緊張しながら挨拶すると、サイラスが目を丸くした。
「えっ、死に物狂い?」

 サイラスは身体をふたつに折ってハハハッと笑い出した。
「死に物狂いって! 主事さん、ホント面白いよね?」

 クスクス笑うサイラスを眺めながら、タママは「サイラスさまの笑い声は、すごく心地のいい声だな…」と思った。

(そうか。あの厳しい主事さまは、貴族のサイラスさまから見ると面白いのか?)

 タママは驚いていた。孤児から見たら「おっかない主事さま」でも、サイラスからはまったく違って見えるらしい。不思議なものだな。


「ところで、きみのことをみんなターママって呼んでるみたいだけど、ニックネームか何か?」

 にっくねーむという言葉の意味がわからない。タママは自分の名前がタママであること、いつの間にか周囲に変な呼び癖をつけられていたことを答える。

「あぁ、なるほど。じゃ、タママで統一した方がいいね?」
「は、はい」
「じゃあ主事さんにお願いしておくよ! 孤児院のことはすべて取り仕切っております、って言ってたからね。僕らのために『死に物狂い』で改善してくれるさ」

 サイラスは「死に物狂い」という言葉にハマったらしく、再びくすくす笑っている。それからタママに向かって
「叔父上がタママに会いたがっているから、週末うちについてきてもらえる?」
と言った。


 おじうえ? サイラスさまのおじさんなら、立派なお貴族様だろう。どうして僕なんかに会いたがるのだろう? 

「……かしこまりました」
 疑問をぐっと飲み込んで、タママは了承した。



 サイラスの実家に同伴する当日、タママは主事に報告する。
「本日はサイラスさまのご実家にお供しますので、今夜は外泊になりますっ!」

 主事に外泊を届け出ないと、孤児院を脱走したことになってしまう。タママがいなくなっても孤児院は困らないだろうが、孤児院に籍がなくなるとタママはとても困る。

 主事はチラッとタママを見やると、不安そうな顔になる。
「……タママ。お前、食事のマナーは大丈夫だろうね?」

 しょ、食事のマナー? 


「お前は寺院のつけた小姓なので、サイラスさまのご実家に伺うと『食客扱い』になるのです。お茶も食事も皆さんと同じテーブルで取ることになるのだよ。孤児院では貴族のサイラスさまとは別のテーブルだけれど、あちらでは同じテーブルでいただくのだよ」
「そうなのですか?」

 タママは目をぱちくりさせる。しょくきゃく扱いってなんだろう? と思いながら、今ここで質問したら主事に怒られそうだな…という打算も浮かぶ。


「マナーに気をつけなさい。わからないことがあれば、サイラスさまやオリバーさまの真似をすればいいんだよ。あとでサイラスさまにマナーを確認して、しっかり覚えるようにしなさい。貴族と同じテーブルでお食事できるのだから、良い機会だと思って勉強しなければいけません」

 主事はくどくどとお説教を始めてしまった。普段から読み書きの練習やマナーにうるさい人なのだ。よほどタママが心配らしい。

「が、がんばってきます!」
 タママはがんばって、主事の長ったらしいお説教を切り上げる。

「サイラスさまはお優しいから、大丈夫だと思うけれど…本当にがんばりなさい」
 主事はまだ心配そうな顔をしていた。


 タママは生まれて初めて馬車に乗った! 馬車を外から見たことはあったけれど、自分が乗れるとは思わなかった。馬車は意外と高い。値段ではなくて(きっと値段も高いだろうけど)、目の高さがとても高い! 

 馬車に乗るときにステップを使うくらいだから、少し考えればわかることだけれど。サイラスとタママが馬車に乗り込むところを見て、ミッチが頬を赤らめている。ミッチはきっと「タママいいなぁ~」と思っているだろう。

「タママ、ミッチが手を振ってるよ! 仲良しなんだろう?」
 サイラスの言葉にタママはびっくりする。

(…サイラスさまはミッチの顔と名前を知っているのか?)

 馬車から気さくに手を振り返すサイラスに驚いて、タママは自分も遠慮がちに小さく手を振る。サイラスとタママに手を振り返されたミッチは、顔を真っ赤にして窓掃除の時の三倍速くらいの速さで手を振り返していた。

 

 サイラスさまのおうちは大きくて立派だった! 

 それなのに、当の本人は「あんまり貴族の家らしくないんだけどね~」とぶつぶつ言っている。よその貴族を知らないので、タママには比較ができない。

「タママさん、サイラス坊ちゃまがお世話になります。私はお料理係兼女中をしております。ノラです」
 ニコニコ出迎えてくれたノラは、タママには気の良さそうなおばさんに見えた。

「我が家は人手が少ないんだ。うちが貧しいばっかりに、ノラには苦労をかけるなぁ」

 サイラスは軽く頭を振りながらボヤく。タママを応接間に通してくれるようだ。マナーがよくわからないので、サイラスの後ろをちょこちょことついて行く。歩くだけなので、いくら僕でも大丈夫だろう。

 応接に入ると、大柄な男性と金髪の青年がソファに腰かけていた。大柄な男性は黒髪に黒い瞳、金髪の青年はサイラスと同じ緑色の瞳だ。ふたりともきれいな短髪に切り揃えている。

 ミッチは「ビンボーな下位貴族はだいたい長髪だ」という感じのことをおしゃべりしていた。髪を切る料金は信じられないくらい高いのだ。それに、伸びたら定期的に切らなければならない。家計の負担は大きいだろう。

(…みんなが綺麗な短髪だなんて、サイラスさまのおうちはちっとも貧しくないんじゃないか?)


「おかえり、サイラス!」
「ただいま戻りました」

 サイラスと家族は貴族らしい丁寧な挨拶を交わした。タママも何か挨拶を述べなくては…と思ったが、何を言ったらいいかさっぱりわからない! 

 タママの脳裏に、主事の渋い顔が浮かんできた。「マナーに気をつけなさい」とあれだけ念を押されたのに…。どうしよう…? 

(主事さま、こんなときは何というべきでしょうか? 僕を助けてください!)

「さ、サイラスさまにお仕えすることになりました、タママです。せ、誠心誠意お仕えいたします…」
 タママは冷や汗を掻きながら、ぺこりと頭を下げた。せいしんせいい…というのは、主事の好きな言葉だ。主事は小姓が命がけであるじにお仕えするべきだと信じている。


 黒髪の男性がソファから立ち上がって、タママのところに歩いて来る。なんと、男性はタママをひょいと抱き上げた。

「ふふ、主事が『誠心誠意』サイラスにお仕えしろと言ったか? あいつは相変わらずだなぁ!」
「えっ…」
「タママ、大きくなったな! 私を覚えていないか?」
「………」

 この人は誰だろう? 僕のことを知っている人? タママは首を傾げて考えてみた。

「……もしかして、僕の本当のお父さんですか?」
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