そこに愛は?


 **
 
 ……昨夜もやってしまった。

 開けっ放しのカーテンから容赦なく入ってきた朝に、夏樹は目を擦った。
 ソファの上から起き上がる。
 ゆるいウエーブのロングヘアをくいっとまとめた。
 床に転がっている缶ビールをいくつか持ってキッチンへ向かう。
 ……片付けてる暇はない。
 シャワーを浴びないと。
 夏樹は壁の時計を見ながら時間配分を組み立てる。
 朝ごはんは――うん、間に合わないな。
 身支度を優先した。
 
 光琉に振られてから、夏樹の夜はアルコールと映画に埋め尽くされた。 

 ――「周りには俺から話すよ……俺が悪いから、なっちゃんに迷惑掛からないようにするから」
 その言葉を受け入れたものの、光琉はなかなか自分たちの破局を口にしなかった。
 夏樹から周囲に告げてもよかった。
 けれど誰も彼も、夏樹と光琉を“おしどり夫婦”のような目で見ていたし、『別れた』のひと言で納得してもらえるはずがなかった。
 別れた理由を、振られた本人が語らなければならないなんて、想像しただけで憂鬱になる。
 そうやって一日一日、別れた事実が引き延ばされ、夏樹はひとりの部屋でアルコールに頼るようになっていた。
 
 “隠し続けているのはつらい”
 “早く楽になりたい”
 その気持ちの一方で、いつもと変わらない毎日が夏樹に希望を抱かせることもあった。
 “もしかしたら光琉は後悔しているのかもしれない”
 “やり直そうと言い出したいのかも”

 けれど、それは単なる妄想に過ぎないことも分かっていた。
 別れてから、光琉からの連絡は一度もない。
 部屋のそこかしこにあった光琉の私物はすべて光琉が持ち帰った。夏樹も、手元に残っていた思い出――ふたりの写真から一緒に買った枕カバーまで――すべてゴミの日に捨てた。
 そう、『別れ』は現実だ。
 夏樹は今も、何度でも思い返す。
 『他に好きな子が出来た』と言われたあの日のことを。
 なのに、それと同じくらい、これまで浴び続けた愛の言葉も思い出した。

 ……やめ、やめ!
 夏樹は片手で頭の横を払った。
 ようやく光琉が別れについて話したのだ。正直、待ちくたびれたけれど、これで前へ進める。進まなければ。
 
 玄関の鏡で身だしなみをチェックし、夏樹はドアを開けた。
  
 

**

 「おはよう、結城さん」
「!」
 雑踏の中、ふいに挨拶を受けた。
 足を緩めて声の方へ顔を向けた。 
「日向君、おはよう。寝坊?」
 ……と聞いてはみたものの、日向は高級そうなロングシャツを軽やかに羽織って、サラサラの黒髪を風に揺らしている。
「いや、いつも通りだよ」 
 日向は爽やかに笑った。
 そんなはずはない。自分が職場へ着く時間帯、日向はすでに制服姿でフロアにいる。
 ……でも、どっちでもいいか、と引いた。
 
 日向が横に並んだ。先に行く気配はない。
「……なかなか涼しくなんないね」
 気まずさから、雑談を向けた。
「早くエアコン使わない季節になるといいね、結城さんのためにも」
「?」
「席、エアコンの正面でしょう。時々、腕さすってるから」
 といって日向は手のひらで腕を上下して見せた。
 
「おはよう!」
 警察署の通りで舞華が手を振っていた。
 夏樹は足早に近寄った。なぜか日向もついてくる。
「昨日ごめん。寝落ちしちゃってメール返せなかった」
 片手で謝った。
 酔っぱらったことまでは言わなくてもいいだろう。

 舞華は昨日、退社と同時に駆けて行った。
「あいつに吐かせるからねっ」と言い残して。  

「日向君も一緒だったんだ」
「山口さん、おはよう」
 日向は丁寧に言って一緒に足を止める。
 舞華は一瞬不思議そうにしたが、それどころではないらしく、すぐに声が向かってきた。

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