そこに愛は?
「そうなの?」
「飲み会とかでも女性陣にめっちゃ冷たいんですよ」
琴音は有名絵画のように叫ぶジェスチャーをした。
それから、職場の飲み会で目にした一部始終をひそひそ声で話し出した。
甲斐甲斐しく世話を焼き始めた女の子に一言の言葉も掛けないとか、『酔っちゃった』と、しなだれかかる寸前の女の子の横からすっと立ち上がるとか、強制参加の一次会でさっさと帰るなど、次々にエピソードが出てきた。
「だからみんな悔しがってますよ、優良物件なのに」
「ふうん」
夏樹は日向のデータを頭の中に呼び出した。
父親は警視監、母親は元女優、兄は刑事で、本人もキャリア組。今は平の巡査だが、来年は幹部になっているだろう。
――『俺は高卒だから、出世はできないと思う』
警察の縦社会を目の当たりにし、光琉は時々卑屈になった。
自分が着ている制服の、細い銀色の横線が1本入った階級章を眺めて溜息をつくことも。
夏樹は何度でも慰めた。
光琉はその数だけ縋るように夏樹を見て、真剣に言った。
「でも、生涯、なっちゃんを苦労させないって誓うよ」
そんな言葉で将来をちらつかせたくせに、こんなにあっけなく心変わりされるなんてね……。
……はっ、また思い出してる。
夏樹はまた脳内からあふれ始めた記憶を片手で払った。
琴音が「?」と言う顔をする。
「とにかく」
夏樹は咳払いをした。
「琴音ちゃんは日向君が気になるのね」
「私ですかっ?」
琴音は身震いしながら否定した。
「まさか! 私は平凡至上主義なんであんな華々しい方は恐れ多いです。ただ他人が振られたり振ったりするのを見ているのが好きで」
「あらら」
……悪趣味ね。
心の中だけで言った。
「ここだけの話、日向さんが『勘違い女』をばっさり切るの爽快ですよ」
ふむ。
琴音の言う『勘違い女』は不特定多数ではなさそうだ、と思いつつ、他人が振られたり振ったりすることに気まずさしかない夏樹は、深掘りしないことにした。
「でも日向さんって市民にはめちゃめちゃ優しいですよね」
琴音は指の腹を唇に当てて、斜め上を見ながら言った。
「そうね」
夏樹も同意した。
落とし物をした、盗難に遭った、怖い思いをしている――いろんな問題を抱えて飛び込んでくる市民に、日向は親身になっている。
「たからだぶん、“いい人”なんですよ」
琴音は雑に結論づけた。
そして、にい、っと口の端を上げた。
「とにかく、失恋を癒すには新しい恋ですよ、先輩!」
琴音が知った風に頷いて、夏樹の肩に手を置いた。
そうして言うだけ言って、来た時と同じように、椅子のまま移動して自分のデスクへ戻っていった。
「……」
……あ、慰めてくれたのか。
夏樹はすぐにそこに行き着いた。
舞華とは違うからからっとしたその励まし方も、夏樹の中で横たわっている失恋の傷口をそっと撫でてくれた。
**
外回りから戻ってきた日向が一直線に夏樹のデスクにやってきた。
「さっき、話が途中になっちゃって、ごめん」
汗を拭っている。
筋張った前腕筋が目に入った。
「……」
夏樹にとって同じ年で同期入社の日向は、琴音が言うほど冷たい相手ではなかった。会えば爽やかな挨拶が向かってくるし、時々目が合っても感じがいい。だからこそ本音が見えない――とも言えるが、喜怒哀楽が分かりやすかった光琉と比べるからそう感じるだけかもしれない。
……って、別れた男を思い出してどうする。
夏樹は、記憶を払い落とすみたいに頭を振って、目の前の日向の『頼み事』に集中した。
「……日曜日、って言った?」
さっきは聞き間違えたのかもしれないとも思った。
だが日向は「そうそう」と頷いた。
「なにかあるの?」
慎重に聞いた。
日向がアンニュイな目元を伏せた。
「……」
「ん? 言いにくいこと?」
それには答えず、日向は両手を合わせた。
「俺を助けてくれない?」
「!」
夏樹のセンサーがピコン、と作動した。
助けを求めているなら、助けないと。
……なんだか話が見えないけれど、
「わかったよ」
夏樹は引き受けた。
――日向の要求が何かも分からずに。