そこに愛は?
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人の波に乗って歩き続けること十分――
日向が指先を書店に向け、足を止めた。
「あ、ここ?」
『店』というからカフェか何かかと思ったら、『大型書店』だった。
入ってすぐ、日向が視線を動かした。
こういう瞬間は、眼光が鋭い。
職業病だろうか。
「――いないみたいだ」
少し動いてみたが、日向の従姉妹は現れなかった。
日向が申し訳なさそうにしてきた。
「立ち読みしながら待ってみる?」
「そうしよう」
集中して本を選ぶ人たちの静寂に紛れ、雑誌、文芸、実用、漫画……移動しながら、四方八方に注意を向ける。けれど時間は過ぎていき、そのうちに夏樹は好きな生命科学者の本に本気になってしまった。
「そういうの好きなの? ――細胞と……」
「あっ」
どのくらいページを捲っていたのか、軽く意識が飛んでいた。慌てて閉じた。
「ごめん。“デート”中に」
設定を思い出して謝った。
日向は笑っている。
「全然だよ。そっか。T大の農学部だったよね。勉強大変だっただろ」
「大変だったけど、実験やフィードワークが多くて楽しかったよ」
高校卒業後は地元から出たかった。
親に交渉したらT大に受かったら認めようと、無理難題を突きつけられた。
こうでも言えば娘があきらめると思ったのだろうが、生命現象や森林生物に興味があって農学部を目指したら、運良く合格できた。
……両親は最後まで苦い顔をしていたっけ。
「日向君……じゃなかった、“宗一郎”はK大だよね?」
「そうだよ。よく知ってるね」
「あは……」
ちょっと嬉しそうな日向に、笑顔でごまかした。
『情報管理課』にいた時、派閥を整理するためキャリアの警察官を脳内で紐づけしたのだ。
また少しずつ移動しながら、書店内にとどまった。
どのくらい滞在しただろうか、「今日はいないみたいだな」と日向があきらめを口にした。
「もしかしたら、どこかからこっそり見ている……とかはないよなあ」
夏樹もその可能性を考慮して、日向のそばを離れずにいた。
「ごめんね、せっかくつきあってもらったのに」
「……私は大丈夫だよ。どうせ暇だったし」
恐縮する日向にそっと言った。
突発的な事情でバイトに来られなかったのかもしれないし、別の場所で作業しているのかもしれないし、それらは日向のせいではない。
空気を変えるために、お腹空かない? と話題を変えた。
時計を見る。
中途半端な時間帯だった。
けれど日向も乗ってくれた。
「近くに知り合いの“和食ダイニング”の店があるんだ――好き嫌い大丈夫?」
「うん、なんでも食べるよ」
夏樹は食べることも、飲むことも好きだった。
「日向君は?」
「俺もなんでも大丈夫だよ」
それを聞いただけで楽しくなっていた。
「じゃ、決まり。そこへ連れて行って」
その店は雑居ビルの中にあった。
夜はバーになるようだが、ちょうど切り替え前の時間帯で、そのせいか店内に客はほとんどいなかった。
カウンターに進んだ。
横並びに座り、日向と顔見知りらしい料理人からおすすめのメニューを提案された。
刺身定食が人気だと言われ、夏樹は喜んで言った。
「お刺身好きです」
「海老しんじょうも付いてますよ」
「最高!」
夏樹は親指を立てた。
日向が声を立てて笑った。
美味しい料理を前に会話も弾んだ。
日向は聞き上手で、そして聞き出し上手だった。
「ねえ、こういう会話術は警察学校で教えるの?」
尋ねながら、……光琉は常に自分のことを語りたがったから、これは日向の資質なんだろう、と分かっていて聞いた。
「なんだか私、さっきからぼろぼろ、プライベートの話しちゃってる気がするんだけど」
冗談にして、責めた。
「私が犯人だったらあっさり自供してるね」
日向は笑って、そして夏樹を窺うように言った。
「まあ――正直、今、結城さんのこと探ってるから」
「ええ、私は何を探られてるのよ?」
「うん――もう一日、“彼女”を続けてもらえないかな、って」
「!」
日向は上目遣いになった。
「だめかな?」
「……」
確かに、問題は解決してない。
夏樹は日向に顔を向けた。
「いいよ。乗り掛かった舟だから。最後までつきあうよ」
同期だからなのか、それとも日向といると友達みたいで楽しいせいか、この時間が続くことが嫌ではなかった。
日向がほっとしたように、緊張を解いた。