そこに愛は?



**
 
 人の波に乗って歩き続けること十分――
 日向が指先を書店に向け、足を止めた。
「あ、ここ?」
 『店』というからカフェか何かかと思ったら、『大型書店』だった。

 入ってすぐ、日向が視線を動かした。
 こういう瞬間は、眼光が鋭い。
 職業病だろうか。

「――いないみたいだ」
 少し動いてみたが、日向の従姉妹は現れなかった。
 日向が申し訳なさそうにしてきた。
「立ち読みしながら待ってみる?」
「そうしよう」
 集中して本を選ぶ人たちの静寂に紛れ、雑誌、文芸、実用、漫画……移動しながら、四方八方に注意を向ける。けれど時間は過ぎていき、そのうちに夏樹は好きな生命科学者の本に本気になってしまった。

「そういうの好きなの? ――細胞と……」
「あっ」
 どのくらいページを捲っていたのか、軽く意識が飛んでいた。慌てて閉じた。
「ごめん。“デート”中に」
 設定を思い出して謝った。
 日向は笑っている。
「全然だよ。そっか。T大の農学部だったよね。勉強大変だっただろ」  
「大変だったけど、実験やフィードワークが多くて楽しかったよ」
 高校卒業後は地元から出たかった。
 親に交渉したらT大に受かったら認めようと、無理難題を突きつけられた。
 こうでも言えば娘があきらめると思ったのだろうが、生命現象や森林生物に興味があって農学部を目指したら、運良く合格できた。
 ……両親は最後まで苦い顔をしていたっけ。

「日向君……じゃなかった、“宗一郎”はK大だよね?」
「そうだよ。よく知ってるね」
「あは……」
 ちょっと嬉しそうな日向に、笑顔でごまかした。
 『情報管理課』にいた時、派閥を整理するためキャリアの警察官を脳内で紐づけしたのだ。

 また少しずつ移動しながら、書店内にとどまった。
 どのくらい滞在しただろうか、「今日はいないみたいだな」と日向があきらめを口にした。
「もしかしたら、どこかからこっそり見ている……とかはないよなあ」
 夏樹もその可能性を考慮して、日向のそばを離れずにいた。

「ごめんね、せっかくつきあってもらったのに」
「……私は大丈夫だよ。どうせ暇だったし」
 恐縮する日向にそっと言った。
 突発的な事情でバイトに来られなかったのかもしれないし、別の場所で作業しているのかもしれないし、それらは日向のせいではない。

 空気を変えるために、お腹空かない? と話題を変えた。
 時計を見る。
 中途半端な時間帯だった。
 けれど日向も乗ってくれた。
「近くに知り合いの“和食ダイニング”の店があるんだ――好き嫌い大丈夫?」
「うん、なんでも食べるよ」
 夏樹は食べることも、飲むことも好きだった。
「日向君は?」
「俺もなんでも大丈夫だよ」
 それを聞いただけで楽しくなっていた。
「じゃ、決まり。そこへ連れて行って」

 その店は雑居ビルの中にあった。   
 夜はバーになるようだが、ちょうど切り替え前の時間帯で、そのせいか店内に客はほとんどいなかった。

 カウンターに進んだ。
 横並びに座り、日向と顔見知りらしい料理人からおすすめのメニューを提案された。
 刺身定食が人気だと言われ、夏樹は喜んで言った。
「お刺身好きです」
「海老しんじょうも付いてますよ」
「最高!」
 夏樹は親指を立てた。
 日向が声を立てて笑った。

 美味しい料理を前に会話も弾んだ。
 日向は聞き上手で、そして聞き出し上手だった。
「ねえ、こういう会話術は警察学校で教えるの?」
 尋ねながら、……光琉は常に自分のことを語りたがったから、これは日向の資質なんだろう、と分かっていて聞いた。
「なんだか私、さっきからぼろぼろ、プライベートの話しちゃってる気がするんだけど」
 冗談にして、責めた。
「私が犯人だったらあっさり自供してるね」
 日向は笑って、そして夏樹を窺うように言った。
「まあ――正直、今、結城さんのこと探ってるから」
「ええ、私は何を探られてるのよ?」
「うん――もう一日、“彼女”を続けてもらえないかな、って」
「!」 
 日向は上目遣いになった。
「だめかな?」
「……」
 確かに、問題は解決してない。
 夏樹は日向に顔を向けた。
「いいよ。乗り掛かった舟だから。最後までつきあうよ」
 同期だからなのか、それとも日向といると友達みたいで楽しいせいか、この時間が続くことが嫌ではなかった。

 日向がほっとしたように、緊張を解いた。

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