そこに愛は?


   
「――いらっしゃい。宗か。この時間帯に珍しいじゃん」
 外から店内へ入ってきたスーツ姿の男性が、日向に気づいて話しかけてきた。
「なんだよ、いないかと思った」
 日向の砕けた口調から、この男が日向の知り合いのようだと、夏樹は居住まいを正した。
 男は、日向の隣に座る夏樹に分かりやすく好奇心を向けてきた。
 日向が夏樹に向かって言った。
「結――夏樹、彼は田島。“タジー”。俺の友達」
 夏樹は「はじめまして、タジーさん」と律儀に挨拶した。
「タジーの親が複数店舗の飲食店を経営してて、タジーはこの店をまかされてるんだよ」
 簡単に説明してくれた。
 そしてタジーにも「この人は結城夏樹さん」と紹介してくれた。
「はじめまして。――で、宗とはどういった……」 
 興味津々の圧に焦り、日向に目で助けを求めた。
 日向がやや力んで、答えた。
「彼女に決まってるだろ」 
 タジーが仰け反った。
「いつからっ、聞いてないけど?」
 本気で驚いているみたいだった。
 夏樹は日向に合わせて、にこにこ、と微笑みつつ――友人の前で『恋人同士』のふりをする必要があるのか疑問を持った。従姉妹の件が片付いたら「別れた」と言わなければならないのだから、面倒なんじゃ……。

「なんで報告しなかったんだよ」
 タジーが恨めしげに文句を言い始めた。
「俺はちゃんと、彼女が出来たら紹介してるのに」
「だから、今してるだろ」 
「まさか俺だけ知らなかったわけじゃないだろうな」
「そうじゃないって。つき合い始めたところなんだよ」
「あ。そうなの?」
 タジーの表情が緩んだ。
「そっか。それで連れてきたのか、俺のところに」
 みるみる、まんざらでもない顔つきになった。
「ふふ」
 夏樹は笑みを漏らした。急に男同士のやりとりが微笑ましくなった。
 ……日向君って、友達の前だとこんな感じになるんだ。

「夏樹さん」
「あっ、はい!」
 タジーに呼びかけられて、夏樹は背筋を伸ばした。
「宗のことよろしくお願いします。見た目よりわかりやすいヤツですから」
「あー、それ以上言うなよ」
 日向が止めるも、タジーはさらに絡んでくる。
「宗のトラウマ癒してくれて感謝です」
 ……え、
 控えめに日向を見た。
 ……トラウマ? 何事?
「いつの話してんだよ。中学生の頃の話だろ……」
 日向が呆れている。
 夏樹に向かって「タジーの昔話は話半分で聞いて」と言っている。
「はは。うん」
 頷きながらも、気になっている自分に、夏樹はちょっと不思議な気持ちになっていた。

「――店長、ちょっといいですか」 
 レジの方から従業員がタジーを呼んでいる。
「ほら。呼ばれてる。早く行け」
 日向が追い払うような手つきをして、タジーがじれったそうにしながらも離れていった。 
 自分たちのそばに誰もいなくなると日向がメニュー表を目の前に立てた。その中でそっと耳打ちされた。
「タジーは、従姉妹とも繋がってるから既成事実を作っておきたくて」
「!」
 なんだ、そういうこと。
 先に言ってほしかった――とちょっと不満に思ったが、気を引きしめた。
「じゃあ、タジーさんの前では『彼女っぽく』した方がいいってことよね」
「そうしてもらえると助かる」
「了解」
 そうして夏樹は、自分をカノジョ扱いする日向の横で、負けじと日向をカレシ扱いした。
 

 **

 店に出ると空はまだ明るかった。

「結城さん、今日はごめんね」
 日向が口調を同僚に戻した。
 夏樹もすぐに切り替えた。
「いいよいいよ。おかげで美味しいお刺身定食食べられたもん。また来てみようかな。別のものも食べたくなっちゃった」
「もちろん。また誘うよ」
「……あ、うん」
 夏樹は、誰かを誘って――と思って口にしたのだが、日向はそう受け取らなかったようだ。

「また連絡しても大丈夫?」
「うん」
「次こそは、確実な日を狙うからさ」  
「うん」

 駅まで一緒に歩いた。
 その間も、とりとめのない会話は途切れずに続いた。


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