わすれもの

 私は最近、酒が飲めない。
 飲みたいと思わなくなってしまった。
 医者からは止められてはいないけど、なにより自分の気が進まない。
 飲む時は、酒の席くらいだ。
 酒なんて飲めても、大人であることに何も関係がないと思う。

 先日、後輩を飲みに連れて行った。
 後輩の方が酒に詳しいんじゃないのだろうか。
 人生の楽しみが多くなる分、やっぱり良いかもしれない。
 私は中ジョッキ、またはウーロン茶やオレンジジュースを飲む。
 私はジュースでも気にしない。
 後輩が美味そうにしてくれると嬉しい。
 私も先輩になって、おごる立場になってしまった。

 喫茶店に入り、彼女は僕の目の前に座る。
 きれいなお姉さんが前にいて、ふわふわとして現実感がなくなる。
 僕があまりうまく話せなくなると、彼女は静かに笑ってくれる。
 彼女は横文字の何かを頼んだ。
 今思えば、エスプレッソとか、そのあたりだったんじゃないのかなと思う。
 僕は短い時間でうんと考えた。
 無難にオレンジジュースにしたいけど、彼女に子供と思われてしまうんじゃないだろうか。
 かと言って、コーヒーは飲まないし、好きじゃないし。
 だけど、知ってる言葉がメニュー表にほとんどない。
 僕は思い切って、「ブラックで!」と頼んだ。
 彼女は「飲めるの?」——いや、「大丈夫?」だったかもしれない――って聞いてきたけど、僕は頼んだ。
 実際に、コーヒーのブラックが来た。
 僕は頑張って飲もうとしたけど、熱いし苦いしで、ひどい顔になったと思う。

 彼女は笑いながら、黙ってミルクと砂糖を入れてくれた。
 優しいお姉さんだな、と思ったし、僕はこの時に好きになっていたと思う。
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