未完成のワンフレーズ



「紗綾ちゃんが、紗綾ちゃんが病室からいなくなりました⋯⋯っ!」



そんな水野先生の声が俺とタケちゃんのいるカウンセリングルームに響いたのは、

朝から大雨が降る日のことだった。


「なんだと!? あのガキ、こんな大雨の中何処に行ったってんだ⋯」


紗綾ちゃん、どういうつもりなんだ。

集中治療室の前で君が本音を打ち明けた日から、まるで魂が抜けたようにベッドに横たわる日が続いていた。


返事はあるから解離性昏迷ではないだろうけど、君が君じゃないみたいで。


俺は、ずっと君が一人で何処か遠くに行ってしまうんじゃないかと恐れていたんだよ。


「タケちゃん、俺が行く」

「は!? 行くって何処にだ!?」

「⋯君だって分かっているはずだ。紗綾ちゃんが何処に行くのか」


紗綾ちゃん、君のことだからきっとあそこにいるんだろう。


一緒に行く人は、今は眠っているから。

一人で行くしかなくて苦しいだろう。悲しいだろう。


行きたいなら、俺に言ってくれれば良かったんだ。


今の俺は、雨だから我慢しなさいなんて言わない。

傘を持って、一緒に行ってあげるから。



「君はもう⋯⋯独りで苦しまなくていいんだよ⋯っ」



もっと早くに君の心からの言葉を聞けていたら、何か変わっていたのだろうか。

これじゃあ、俺はカウンセラー失格だ。



「紗綾ちゃん⋯⋯っ」



貸出用の傘を握り締めて中庭に続く勝手口を開ける。

外から強風と共に大粒の雨が飛んできて、傘をさす前に俺の頬を濡らしていった。


これだけ雨が強かったら、傘をさしても意味がない。


傘を放り出して中庭の中心に向かって走り出す。


「紗綾ちゃん⋯⋯!」


どうして君は、そんなに悲しげな背中を向けるんだ。

どうして君が、自分のこと以外で泣いてしまうんだ。

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