未完成のワンフレーズ


「だから⋯起きてってばっ」


少しずつ薄くなっていく酸素濃度。不整脈? ってやつがずっと続いてる。


せんせー達、仕事に戻るって言ってたけど、今も病室の前にいるよ。

李仁が起きるのを、皆待ってるんだよ。


「⋯⋯や、⋯⋯⋯さ⋯」

「っ⋯⋯! 李仁っ」


声が聞こえた気がして、慌てて顔を上げれば、

薄っすらと開いた目が私のことを見ている。


「⋯⋯が、と⋯」

「何? なんて言ってるの? 私、ここにいるから」


握っていた手をぎゅっと握って何かを伝えようとしている。

私は一文字も聞き逃したくなくて、そっと顔を近づけた。


「⋯⋯ありがと、紗綾」


先、越されちゃったなぁ。


「俺、今度こそ――紗綾を笑わせられた」


笑うって、こんなにも胸の奥が暖かくなるんだね。

今までずっと、笑っても何かが違う気がして。私じゃない誰かが笑っている気がして。


この瞬間、私は心の底から笑えたんだ。


「ずっる⋯⋯ずるいよ、李仁」


なんで最後の最後でカッコつけちゃうかなぁ。


私は笑わせてほしいんじゃなくて、笑ってほしかったのに。


李仁は、寂しかった?

ずっとずっと、寂しかった?


貴方のお母さんも、お見舞い来てくれなかったね。

私達って、嫌なとこばっかり似てる。


「⋯⋯しあわせだ⋯⋯⋯」


ずっと、李仁はそう言ってくれていたんだね。

私が見ていない所で、聞いてない所でそう言っていたんだ。


「私も幸せだよ」


李仁に出会えて、最期まで一緒にいられて。


楽しかったよ。

ギター教えてくれて、ありがとね。


このアコースティックギター私がもらってもいいかな。弾ける曲、全然ないけど。


「―――⋯⋯」


ピーーーーーー。


病室に心肺停止を告げる発信音が鳴り響く。

繋いでいたはずの手も一方的に私が握るだけで。


私は病室に入ってきたみっちゃん達に引き剥がされるまで、ずっと李仁の手を握っていた―――。


< 108 / 113 >

この作品をシェア

pagetop