未完成のワンフレーズ
「り、ひ⋯とぉ⋯⋯」
「何?」
ごめん、ごめん李仁。
約束守れなくてさ。
まだ、練習できてないのに。李仁が作った曲、弾けないのに。
李仁の顔を見ると、我が儘を言いたくなっちゃうんだ。
「うた、ききたい⋯⋯っ」
さっちゃん、ごめんね。
私は貴方を利用してしまう最低な女だよ。
貴方を利用しないと、言いたいことも言えない愚か者だから。
「いーよ」
私は布団を握り締めていた手を離して、李仁に向かって伸ばした。
そうすれば、
李仁はしっかりと握ってくれる。
「後は俺が見ておく」
「⋯⋯分かった」
タケちゃん達が病室を出ていくと、久々に静かな時間が流れ出す。
パイプ椅子に李仁が座って、
その背後で四宮せんせーが護衛みたいに立っている。
私は、さっきまで暴れてた心臓が落ち着いて、ほんの少し微睡みの中に入ろうとしていた。
「―――」
やっぱり好きだなぁ、李仁の歌。
いつか、さっちゃんとしてじゃなくて紗綾として、
貴方の歌が好きだって言えるかな。
「……りひと」
「ん?」
「うた、すき」
「……そっか」
「ずっと、うたってね」
ぎゅうっと離れないように強く握れば、
李仁もまた強く握り返す。
変わっちゃったね。私も、あんたも。
出会った頃の私達だったら、こうして手なんて握らない。
むしろ、殴り合って、罵り合って、それから――。
馬鹿みたいに笑うの。
「紗綾ちゃんはな、育児放棄を受けていたんだ」
「⋯⋯っ」
「五歳の頃、ウイルス性脳炎を発症して、ここの小児科に入院していた。始めの頃は両親が見舞いに来ていたんだが、いつからか来なくなってな。周囲に話を聞いてみれば、入院する前からかなりの扱いをされていたらしい」
「それで⋯?」
「脳炎の治療が終わって退院した後、父親が母親を殺して、その父親も自殺した。紗綾ちゃんはそれを目の前で見ていたんだ。その時の衝撃が主な原因で、解離性障害を発症した」
私の過去なんて碌でもない。
だから一生李仁には教えてやらないって、思っていたのにな――。