冷遇された闇王女は、隣国の王に愛される
魔物討伐
出陣の準備は驚くほど迅速だった。
王城の中は先ほどまでの穏やかな空気が嘘のように張り詰め、騎士達が慌ただしく行き交う。
部屋に戻ってルシアンは軽装の鎧を身に着け、瞳と同じ紫のマントを付けた。ルシアンの瞳と同じ色のマントを付けるのは彼だけだった。一本の飾りが少ない剣を、一人の騎士が捧げ持つ。王には似つかわしくないほどに質素な剣を受け取り、ルシアンは腰に下げた。代々ノクティス王家に伝わるその剣は、華美な装飾を一切持たない。ただ一つ、「王は民を守る剣であれ」という祖王の教えだけを今に伝えていた。
彼の雰囲気が柔らかななものから鋭いものへと変わる。それは戦場へ向かう戦士の覇気だった。
「ライラ王女殿下かいらっしゃっています」
「陛下、お待たせいたしました」
「いや、俺も今、準備ができたところだよ」
乗馬服を纏ったライラに、ルシアンは鋭さを隠して微笑んで、手を差し伸べた。
ルシアンとライラを先頭にカイル、セレーヌを含めた遠征隊が城内を急ぐ。てっきり馬で移動するのだろうと思っていたライラがたどり着いたのは王宮の南にある一室だった。大きな扉が開かれると、白い壁の部屋が現れた。その部屋の床には薄らと光複雑な模様が描かれていた。
その床にルシアンとセレーヌを含めた何名かが跪き触れた。すると床の模様は光を増した。その後、全員が部屋に入ると、今度は闇属性を持つカイルたち魔法師が床に手を置いた。
「少し辛いかもしれないから、俺に捕まっていて、ライラ王女」
「はい」
何も分からないままライラがルシアンに捕まっていてるとグニャリと部屋の壁が歪んだ。その変化は一瞬で終わり、気づいた時には壁の色が漆黒に変わっていた。驚いているライラにルシアンが微笑む。
「移動魔術だよ。光属性と闇属性を使う魔術だ。ようこそ南境の街フォルテリアへ」
ライラ達が部屋を出ると、そこは先ほどの王城の廊下ではなかった。ルシアンを疑う気持ちはなかったが、初めて魔術を知ったライラには、驚くことばかりだった。
「移動、魔術? 魔法ではなく? それに光属性と闇属性を使うのですか? ……それなら私も、お役に立てるでしょうか?」
「君が望むなら訓練して、いずれ一緒に移動魔術を使いたいね」
ライラの言葉に少し驚いた顔をした後、ルシアンは嬉しそうに微笑んで、そう言う。そんなルシアンにライラも微笑みを返した。
フォルテリアの城には馬が用意されていた。ライラ一人では馬に乗れないので、セレーヌと一緒の馬に乗る。
ルシアンが率いる一団は、そのまま魔の森に向かった。魔の森に近づくに連れて、嫌でも緊張感は高まった。ライラもソワソワと気が落ち着かない。
「あれが……魔の森……」
思わずライラが零した呟きに、隣を歩くセレーヌが静かに頷く。
「この森には闇の魔力が溜まり、魔物が現れるのです。フォルテリアには光魔法の結界があるので、そこを越えることは滅多にないのですけれど。それでも絶対とは言えませんし、今回は数が多いようです」
やがて開けた場所へ出ると、戦いはすでに始まっていた。セレーヌの馬は一団の中程で足を止めた。ルシアンは、そのまま騎士達とともに先に進む。騎士が魔法の宿る剣を振るい、魔法師達が次々と魔法を放つ。
炎が走り、風が唸り、土の槍が魔物を貫く。
ライラは初めて見る光景に息を呑んだ。
魔物たちは人よりも二回りほど大きな獣の姿をしていた。
漆黒の毛並みに赤い瞳がギラギラと輝いていた。
低く唸りながら騎士へ牙や爪で攻撃を繰り出す。
(ルシアン陛下は……大丈夫かしら?)
彼は先陣で舞うように剣を翻していた。心配などいらないと思うのに、ライラの心は騒めく。何の力にもなれない自分がもどかしかった。
(……私も、あの方の力になりたい)
その時だった。
「……っ」
ライラは喉を押さえた。
苦しくて息が浅くなる。
まるで口から何かを流し込まれるようなような感覚だった。
「ライラ殿下?」
セレーヌが心配そうに声を掛ける。
「だ、大丈夫……です」
そう答えながらも、視線は魔物から離せなかった。
魔物達の身体から、黒い靄のようなものが立ち上って見える。
(あれは……何?)
他の誰も気付いていない。
黒い靄は揺らめきながら、ライラの体へと吸い込まれていく。
セレーヌの近く、ライラたちを守るために中団にいたカイルは驚いたようにライラを見た。
彼の目には、魔物達から溢れ出た闇の魔力が、ライラへ吸い込まれていく光景がはっきりと映っていた。
(何だ……あれは)
次の瞬間だった。
「グォォォォ……!」
魔物達が一斉に苦しみ始める。
その巨体が大きく揺れ、動きが目に見えて鈍くなった。
「魔物が弱っているぞ!」
「今だ!」
騎士達が一気に攻勢へ転じる。
ルシアンも異変に気付いたように眉を寄せたが、考えるより先に剣を振るった。
「今だ、かかれ!」
騎士達の雄叫びが響き渡る。
一方、ライラの視界は急速に霞み始めていた。
(苦しい……)
身体から力が抜けていく。
耳鳴りが響き、立っていることさえできない。
「ライラ殿下!」
セレーヌの悲鳴が聞こえた気がした。
それに応えることが出来ないまま、ライラの意識は闇に落ちた。
王城の中は先ほどまでの穏やかな空気が嘘のように張り詰め、騎士達が慌ただしく行き交う。
部屋に戻ってルシアンは軽装の鎧を身に着け、瞳と同じ紫のマントを付けた。ルシアンの瞳と同じ色のマントを付けるのは彼だけだった。一本の飾りが少ない剣を、一人の騎士が捧げ持つ。王には似つかわしくないほどに質素な剣を受け取り、ルシアンは腰に下げた。代々ノクティス王家に伝わるその剣は、華美な装飾を一切持たない。ただ一つ、「王は民を守る剣であれ」という祖王の教えだけを今に伝えていた。
彼の雰囲気が柔らかななものから鋭いものへと変わる。それは戦場へ向かう戦士の覇気だった。
「ライラ王女殿下かいらっしゃっています」
「陛下、お待たせいたしました」
「いや、俺も今、準備ができたところだよ」
乗馬服を纏ったライラに、ルシアンは鋭さを隠して微笑んで、手を差し伸べた。
ルシアンとライラを先頭にカイル、セレーヌを含めた遠征隊が城内を急ぐ。てっきり馬で移動するのだろうと思っていたライラがたどり着いたのは王宮の南にある一室だった。大きな扉が開かれると、白い壁の部屋が現れた。その部屋の床には薄らと光複雑な模様が描かれていた。
その床にルシアンとセレーヌを含めた何名かが跪き触れた。すると床の模様は光を増した。その後、全員が部屋に入ると、今度は闇属性を持つカイルたち魔法師が床に手を置いた。
「少し辛いかもしれないから、俺に捕まっていて、ライラ王女」
「はい」
何も分からないままライラがルシアンに捕まっていてるとグニャリと部屋の壁が歪んだ。その変化は一瞬で終わり、気づいた時には壁の色が漆黒に変わっていた。驚いているライラにルシアンが微笑む。
「移動魔術だよ。光属性と闇属性を使う魔術だ。ようこそ南境の街フォルテリアへ」
ライラ達が部屋を出ると、そこは先ほどの王城の廊下ではなかった。ルシアンを疑う気持ちはなかったが、初めて魔術を知ったライラには、驚くことばかりだった。
「移動、魔術? 魔法ではなく? それに光属性と闇属性を使うのですか? ……それなら私も、お役に立てるでしょうか?」
「君が望むなら訓練して、いずれ一緒に移動魔術を使いたいね」
ライラの言葉に少し驚いた顔をした後、ルシアンは嬉しそうに微笑んで、そう言う。そんなルシアンにライラも微笑みを返した。
フォルテリアの城には馬が用意されていた。ライラ一人では馬に乗れないので、セレーヌと一緒の馬に乗る。
ルシアンが率いる一団は、そのまま魔の森に向かった。魔の森に近づくに連れて、嫌でも緊張感は高まった。ライラもソワソワと気が落ち着かない。
「あれが……魔の森……」
思わずライラが零した呟きに、隣を歩くセレーヌが静かに頷く。
「この森には闇の魔力が溜まり、魔物が現れるのです。フォルテリアには光魔法の結界があるので、そこを越えることは滅多にないのですけれど。それでも絶対とは言えませんし、今回は数が多いようです」
やがて開けた場所へ出ると、戦いはすでに始まっていた。セレーヌの馬は一団の中程で足を止めた。ルシアンは、そのまま騎士達とともに先に進む。騎士が魔法の宿る剣を振るい、魔法師達が次々と魔法を放つ。
炎が走り、風が唸り、土の槍が魔物を貫く。
ライラは初めて見る光景に息を呑んだ。
魔物たちは人よりも二回りほど大きな獣の姿をしていた。
漆黒の毛並みに赤い瞳がギラギラと輝いていた。
低く唸りながら騎士へ牙や爪で攻撃を繰り出す。
(ルシアン陛下は……大丈夫かしら?)
彼は先陣で舞うように剣を翻していた。心配などいらないと思うのに、ライラの心は騒めく。何の力にもなれない自分がもどかしかった。
(……私も、あの方の力になりたい)
その時だった。
「……っ」
ライラは喉を押さえた。
苦しくて息が浅くなる。
まるで口から何かを流し込まれるようなような感覚だった。
「ライラ殿下?」
セレーヌが心配そうに声を掛ける。
「だ、大丈夫……です」
そう答えながらも、視線は魔物から離せなかった。
魔物達の身体から、黒い靄のようなものが立ち上って見える。
(あれは……何?)
他の誰も気付いていない。
黒い靄は揺らめきながら、ライラの体へと吸い込まれていく。
セレーヌの近く、ライラたちを守るために中団にいたカイルは驚いたようにライラを見た。
彼の目には、魔物達から溢れ出た闇の魔力が、ライラへ吸い込まれていく光景がはっきりと映っていた。
(何だ……あれは)
次の瞬間だった。
「グォォォォ……!」
魔物達が一斉に苦しみ始める。
その巨体が大きく揺れ、動きが目に見えて鈍くなった。
「魔物が弱っているぞ!」
「今だ!」
騎士達が一気に攻勢へ転じる。
ルシアンも異変に気付いたように眉を寄せたが、考えるより先に剣を振るった。
「今だ、かかれ!」
騎士達の雄叫びが響き渡る。
一方、ライラの視界は急速に霞み始めていた。
(苦しい……)
身体から力が抜けていく。
耳鳴りが響き、立っていることさえできない。
「ライラ殿下!」
セレーヌの悲鳴が聞こえた気がした。
それに応えることが出来ないまま、ライラの意識は闇に落ちた。