冷遇された闇王女は、隣国の王に愛される
闇の力
ライラの身体が力なく崩れ落ちるのをセレーヌは必死に馬上で受け止めた。
異変に気づいたカイルが馬を降りライラを抱き止めた。
「ライラ殿下!お気を確かに……!」
「ライラ殿下、我々の声が聞こえますか?」
マントを外しライラを地面に横たえる。肩を叩きながら声をかけても返事はなかった。ただ、苦しげに上下していた胸は少しずつ落ち着きを取り戻しているようだった。それでも、その瞳が開くことはない。
一方で、先陣ではルシアンがいち早く魔物たちの異変に気づいた。
(魔物が弱っている?)
「この好機を逃すな!」
ルシアンの声に騎士たちが雄叫びを上げ、一斉に武器を振るった。
つい先ほどまで猛威を振るっていた魔物たちは、まるで飢えに苦しんだ獣のように足取りを鈍らせていた。
黒い毛並みは艶を失い、赤く爛々としていた瞳からも力が消えていく。
騎士たちの剣が、魔法師たちの魔法が。次々と魔物を討ち倒した。
ルシアンは最後の一体の喉元へ剣を走らせた。
一際大きなな体をした漆黒の獣は断末魔を上げ、その巨体を地へ横たえた。辺りは急速に静けさを取り戻していく。
「警戒を怠るな。まだ生き残りがいるかもしれない」
騎士たちへ指示してから、ルシアンはセレーヌたちの元へと戻った。
「ライラ王女!」
横たわる彼女に馬を降り、迷うことなく膝をつく。
青白い顔に閉じられた瞼。
規則正しくはあるが、浅い呼吸。
首元へ手を当てると、酷く身体が冷たかった。
「何があった?」
ルシアンの問いに、セレーヌは唇を噛んだ。
「突然、お苦しそうに喉を押さえられて……そのまま倒れられました」
「魔物の攻撃は?」
「いいえ、こちらまで届いてはおりませんでした」
ルシアンは力なく横たわるライラを見つめた。
(死力を尽くすと約束した。なのに、この有様か)
つい先ほどまで、自分の力になりたいと言ってくれた少女。昨日より少し柔らかく微笑んでくれた彼女に安堵していたというのに。
(反省は後だ)
「ライラ王女を連れてフォルテリアに戻る。カイル、セレーヌは供に来い。ローデリック、この場を任せる」
「しかと承りました、陛下」
第一騎士団長のローデリックに、その場を任せる。セレーヌとカイルはルシアンの意を得て、動き出す。ルシアンがライラを抱き上げると、セレーヌが移動魔術のための簡易陣を作る。そこにカイルが闇の魔力を注ぎ込んだ。
グニャリと景色が歪んで、ルシアンたちはフォルテリア城に戻ってきていた。
「御前を失礼いたします。部屋を整えてまいります」
「頼む」
城に着くと同時にセレーヌが駆けるように去っていった。ルシアンはライラを抱き抱えたまま、その後を追う。その様子を見つめながら、カイルだけは別のことを考えていた。
(見間違いではない)
魔物から溢れ出した闇の魔力。あれは間違いなくライラへ流れ込んだ。
まるで濁流が低い場所へ流れ落ちるように。泥水が大河へ吸い込まれるように。全てがライラへ集まっていた。
そして――。
その瞬間から魔物は弱ったように見えた。
(だが、そんなことが……あり得るのか?)
闇属性を持つものは少ない。けれど、その強力さゆえにノクティス王国では重用され、大抵がカイルのように魔法師団に所属する。だからカイルは闇属性の力を誰よりも知っている自負があった。
けれど、そのカイルでさえ闇の魔力そのものを取り込む者など聞いたこともなかった。
まして魔物の魔力を、だ。
カイルはゆっくりと目を閉じ、自らの魔力感知を研ぎ澄ませる。
フォルテリア周囲に漂う、魔の森から流れてくる闇の魔力。それが薄くなっているように思えた。
カイルの背筋へ冷たいものが走る。
視線は自然とライラへ向いた。
血の気を失った青白い顔。その胸の奥には今、本来なら魔物の中にあるはずだった闇の魔力に満ちているのではないか。
そんな考えが頭を過る。
(いや……だが、根拠がない)
思考を振り払うように首を振る。推測だけでルシアンを混乱させるわけにはいかないと開きかけた口を閉ざした。
だが、それでもカイルの脳裏にはライラが倒れた瞬間が蘇った。
あの時、確かに戦場の流れは変わった。
――偶然で片付けるには、出来過ぎている
「カイル」
「何か気付いたことはあるかい?」
「……魔物たちの魔力が、王女殿下に流れたように見えました」
「お前にも、そう見えたか?」
光属性を持つルシアンの目も、あの時魔物たちの持つ黒い魔力がライラに流れていったように見えた。
「……王女殿下の体内の魔力を一度詳しく調べた方がよろしいかと」
「そうだね」
ルシアンは静かに頷く。
けれど、その紫の瞳には隠しきれない憂いが宿っていた。
異変に気づいたカイルが馬を降りライラを抱き止めた。
「ライラ殿下!お気を確かに……!」
「ライラ殿下、我々の声が聞こえますか?」
マントを外しライラを地面に横たえる。肩を叩きながら声をかけても返事はなかった。ただ、苦しげに上下していた胸は少しずつ落ち着きを取り戻しているようだった。それでも、その瞳が開くことはない。
一方で、先陣ではルシアンがいち早く魔物たちの異変に気づいた。
(魔物が弱っている?)
「この好機を逃すな!」
ルシアンの声に騎士たちが雄叫びを上げ、一斉に武器を振るった。
つい先ほどまで猛威を振るっていた魔物たちは、まるで飢えに苦しんだ獣のように足取りを鈍らせていた。
黒い毛並みは艶を失い、赤く爛々としていた瞳からも力が消えていく。
騎士たちの剣が、魔法師たちの魔法が。次々と魔物を討ち倒した。
ルシアンは最後の一体の喉元へ剣を走らせた。
一際大きなな体をした漆黒の獣は断末魔を上げ、その巨体を地へ横たえた。辺りは急速に静けさを取り戻していく。
「警戒を怠るな。まだ生き残りがいるかもしれない」
騎士たちへ指示してから、ルシアンはセレーヌたちの元へと戻った。
「ライラ王女!」
横たわる彼女に馬を降り、迷うことなく膝をつく。
青白い顔に閉じられた瞼。
規則正しくはあるが、浅い呼吸。
首元へ手を当てると、酷く身体が冷たかった。
「何があった?」
ルシアンの問いに、セレーヌは唇を噛んだ。
「突然、お苦しそうに喉を押さえられて……そのまま倒れられました」
「魔物の攻撃は?」
「いいえ、こちらまで届いてはおりませんでした」
ルシアンは力なく横たわるライラを見つめた。
(死力を尽くすと約束した。なのに、この有様か)
つい先ほどまで、自分の力になりたいと言ってくれた少女。昨日より少し柔らかく微笑んでくれた彼女に安堵していたというのに。
(反省は後だ)
「ライラ王女を連れてフォルテリアに戻る。カイル、セレーヌは供に来い。ローデリック、この場を任せる」
「しかと承りました、陛下」
第一騎士団長のローデリックに、その場を任せる。セレーヌとカイルはルシアンの意を得て、動き出す。ルシアンがライラを抱き上げると、セレーヌが移動魔術のための簡易陣を作る。そこにカイルが闇の魔力を注ぎ込んだ。
グニャリと景色が歪んで、ルシアンたちはフォルテリア城に戻ってきていた。
「御前を失礼いたします。部屋を整えてまいります」
「頼む」
城に着くと同時にセレーヌが駆けるように去っていった。ルシアンはライラを抱き抱えたまま、その後を追う。その様子を見つめながら、カイルだけは別のことを考えていた。
(見間違いではない)
魔物から溢れ出した闇の魔力。あれは間違いなくライラへ流れ込んだ。
まるで濁流が低い場所へ流れ落ちるように。泥水が大河へ吸い込まれるように。全てがライラへ集まっていた。
そして――。
その瞬間から魔物は弱ったように見えた。
(だが、そんなことが……あり得るのか?)
闇属性を持つものは少ない。けれど、その強力さゆえにノクティス王国では重用され、大抵がカイルのように魔法師団に所属する。だからカイルは闇属性の力を誰よりも知っている自負があった。
けれど、そのカイルでさえ闇の魔力そのものを取り込む者など聞いたこともなかった。
まして魔物の魔力を、だ。
カイルはゆっくりと目を閉じ、自らの魔力感知を研ぎ澄ませる。
フォルテリア周囲に漂う、魔の森から流れてくる闇の魔力。それが薄くなっているように思えた。
カイルの背筋へ冷たいものが走る。
視線は自然とライラへ向いた。
血の気を失った青白い顔。その胸の奥には今、本来なら魔物の中にあるはずだった闇の魔力に満ちているのではないか。
そんな考えが頭を過る。
(いや……だが、根拠がない)
思考を振り払うように首を振る。推測だけでルシアンを混乱させるわけにはいかないと開きかけた口を閉ざした。
だが、それでもカイルの脳裏にはライラが倒れた瞬間が蘇った。
あの時、確かに戦場の流れは変わった。
――偶然で片付けるには、出来過ぎている
「カイル」
「何か気付いたことはあるかい?」
「……魔物たちの魔力が、王女殿下に流れたように見えました」
「お前にも、そう見えたか?」
光属性を持つルシアンの目も、あの時魔物たちの持つ黒い魔力がライラに流れていったように見えた。
「……王女殿下の体内の魔力を一度詳しく調べた方がよろしいかと」
「そうだね」
ルシアンは静かに頷く。
けれど、その紫の瞳には隠しきれない憂いが宿っていた。