冷遇された闇王女は、隣国の王に愛される

芽吹き

 翌朝、ライラは目を覚ますと、見慣れない天井をしばらく眺めていた。
 柔らかな朝の光が窓から差し込み、白いカーテンを揺らしている。
 昨日の出来事が、少しずつ蘇ってきた。

 魔の森。
 魔物との戦い。
 身体を満たしていく、重く濁った何か。

「……」

 ライラはゆっくりと自分の手を見る。

 何も変わっていない。
 少し荒れた指先も、柔らかくはない手も、いつも通りの自分の身体だった。

 けれど、あの感覚だけは鮮明に残っていた。

 まるで濁流を飲まされるかのような、あるいは深い水の底へ沈んでいくような感覚。

 苦しくて、怖かった。
 それでも。

(あの力は……私のものだったのかしら?)

 考えれば考えるほど、不安が胸に広がっていく。

 不吉な闇属性……それは、ソレイユ光国で何度も聞かされた言葉だった。

 闇は危険なもの。
 人を惑わせるもの。
 忌むべきもの。

 そんな言葉が、幼い頃からライラの中に染み付いていた。

「……私は、やっぱり危険な存在なのかしら……」

 小さく呟いた瞬間。

「そのようなことはありません」

 返事が聞こえて、ライラは驚いて顔を上げた。
 いつの間にか部屋の入口にセレーヌが立っていた。

「セレーヌ様……」
「ライラ殿下、どうか私のことはセレーヌとお呼びください。お目覚めになられて安心しました。お加減はいかがですか?」
「大丈夫です」

 そう答えてから、ライラは少し迷う。

「……あの」
「はい」
「昨日のこと……」

 セレーヌは静かにライラを見る。
 責めるような視線ではない。
 ただ、話を聞こうとしてくれている目だった。

「私……何か、おかしなことをしましたか?」
「いいえ」
 
 セレーヌはすぐに首を振って答えた。

「でも……魔物が……」
「何が起こったのか、まだ、陛下すら掴みかねています。けれど、これだけは断言できます。ライラ殿下は何も悪いことをされていません」

 ライラは言葉に詰まる。
 自分でも何をしたのか分からない。
 不吉な闇属性……故国で言われ続けた言葉が呪いのように、彼女を不安にさせる。
 あの得体の知れない力が自分のものだと思うと怖かった。

「ライラ殿下」

 セレーヌは優しく声を掛ける。

「陛下も、カイル様も、あなたを恐れてはいません」
「……本当に?」
「はい」

 迷いのない返答だった。

「むしろ、お二人とも心配しておられます」

 その言葉にライラは目を瞬く。

「心配……?」
「はい」

 セレーヌは微笑む。

「ライラ殿下がご自身のことを責めているのではないか、と」

 胸の奥を見透かされたようで、ライラは俯いた。

 否定できなかった。

 倒れたこと。
 迷惑をかけたこと。
 自分の知らない力があること。

 全部、自分のせいなのではないかと思っていた。

「……どうして」
「え?」
「どうして、皆さんはそんなに優しいのでしょうか?」

 ライラの声は小さかった。

「私は……何もお役に立てず、迷惑しかかけていないのに……」

 セレーヌは悲しそうに目を細める。
 きっと、この少女は本当にそう思っているのだろう。
 何かを与えられる価値がなければ、優しくされることはない。
 そんな環境で生きてきたのだ。

「ライラ殿下」
「はい」
「人は、何か役に立つからといって大切にされるわけではありません」

 セレーヌはゆっくりと言葉を選ぶ。

「優しいあなたを大切にしたいと思う者もいるのです」

 ライラは目を見開いた。
 そんな考え方を、今まで知らなかった。

 
――――


 その頃、フォルテリア城の執務室では、ルシアンとカイルが向かい合っていた。カイルが口を開く。

「王女殿下の魔力についてですが、現状、危険性は確認されていません」
「そうか」
「ですが……」

 カイルは僅かに言葉を止める。
 珍しいことだった。
 普段、必要なこと以外を口に出さない彼が迷っている様を見せる。

「何かあるなら言ってくれ」

 ルシアンの声に、カイルは頷いた。

「王女殿下の魔力は、通常の闇属性とは異なるように思えます」
「異なる?」
「はい」

 カイルは自身の手を見る。

「魔力とは本来は外から取り込むものではありません。自身の魔力として生まれ、成長するものです。闇属性も光属性も、その他の属性も同じで、例え同属性でも異なる魔力は反発し、吸収などはできません」
「あぁ」
「そこで、考えてみたのですが……王女殿下は、魔力そのものが特殊なのかもしれません。王女殿下の魔力は、他者と違い他の魔力を吸収できる……魔物を弱体化できるのではないでしょうか?」

 ルシアンは黙って頷いた。
 脳裏に昨日の光景が蘇る。

 黒い靄のような、魔物から流れ出た闇。
 それを受け止めるライラ。
 もしカイルの仮定が真実ならば、ノクティス王国にとって彼女は至宝となる。

――だが

「……彼女の身体は耐えられるのか?」

ルシアンがまず心配したのはライラの体のことだった。
 
「分かりません。ですが、王女殿下自身が、闇の魔力によって傷ついた様子はありませんでした」

 ルシアンは目を伏せる。安堵と打算が脳裏を過ぎる。王としては当然の打算だ。けれど、そんな打算さえ、今のルシアンには、やましく思えてしまう。

「……不思議な子だね」
「はい」
「自分が倒れたのに、最初に心配したのは周囲の人間だった」

 カイルは何も答えない。けれど、カイルにもライラの優しい気質は伝わっていた。

 昨日、ライラは自分の身体が限界だったはずなのに、倒れる寸前まで魔物に襲われる騎士たちを見ていた。
 恐怖より先に、誰かを助けたいと思っていた。

「詳しく調べる必要があるね」
「はい」
「ただし」

 ルシアンの声が少し低くなる。

「彼女を傷つけるようなことは絶対にしない」
「承知しました」

 ルシアンの決意に、カイルは静かに頷いた。
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